『もう一杯だけ飲んで帰ろう。』読了

もう一杯だけ飲んで帰ろう。

もう一杯だけ飲んで帰ろう。

装画・挿画 得地直美
本文 写真 著者
装   幀 新潮社装幀室

古典酒場Vol.11(2012),12(2013)掲載を、
芸術清朝新潮が引き継いで2014.May〜2017.Mayまで連載。
連載時のタイトルは「もう一杯だけんで帰ろう」
ドンがイン「んで」になった理由は未記載。

「はじめに」角田「おわりに」河野。
「おわりに」で、各編集、イラストレーター、装幀への謝辞に加え、校閲部への謝辞があって、唸りました。何故かというと、妻と夫で知名度に差があるし、文筆業で直木賞作家の妻に対し、音楽の仕事してる夫にとってこの文章仕事はアウェーだから。専門家にこうべを垂れ、指摘を真摯に受け止めそれを文章に反映させ、あとがきで謝辞を述べるという行為そのものは「おとな」だと思います。最初のほうの文章は、ケレンミを狙ってなのか、萩原朔太郎を引用してみたり、トルコとクルドの挨拶の違いに言及してみたりしてますが、そんなことより、スタジオ抜け出して妻と四杯飲んでまたスタジオに帰る(妻が体を心配して居酒屋セッティングしてくれたので行かざるを得ず、また、深酒しないで仕事にもどらざるを得ない。どのみち心配されてるとおり過剰労働で体調がアレであまり食べれなかった)話とか、独立して最初に貰った仕事が劇團關係とあり、手弁当持ち出しのキモチわるい中央線人間関係かと思いきや鴻上尚史の仕事ということで、ちゃんとギャラ貰えるだろうのでよかったねと読者的に安心したり、という記述が始まり、曲芸的なネタはその後も散見されますが、でももう慣れてずんずん読めるので、よかったなと思いました。正直そういうところばっか読んでたので妻角田の文章は斜め読みです。

中央線青春群像も、トウがたつと、淘汰されて、残れる人しか残れないものだ、と、読んでて思いました。西武新宿線とか、たそがれの色が、濃いです。中央線のような新陳代謝と淘汰の結果のキラキラした活気はおそろしいです。ほとんど西荻と阿佐ヶ谷。西端は三鷹(ホンコンと大阪除く)。三鷹は銭湯スタンプラリーに行きたいので、出てこなくていいと思いましたが、二回も出た。しかも二回目はアスカねたで、角田光代ASKAというミュージシャンを、知らないふうに書いてますが、読みかけて中座してる『酔って言いたい夜もある』ではいろんなミュージシャンの名前が出てくるので(出て来なくても)、知らないわけはないだろうと。はいと言いなさいを訳してセイ、イエス。神田の羊とトルコ料理は行ってみたいと思いました。私が知ってる店は、シャン族料理の店いっけんだけ。何故か知っていた。さいごのほうになると、ネタがなくなるのか、まるますが出てきますが、別に私の知ってる店でもなし。あちこちで読むというだけ。

追える範囲でその後のお店の移転情報とかも載ってるのは、大竹病と命名したい気分です。

連載時は本文にもいろいろイラストがあったのかもしれませんが、本書の本文イラストはアイコンとしての負債の似顔絵、レモンサワーとビールジョッキ、ビール瓶、レモン、お銚子。なぜレモンなのか。すべての中央線が(この連載も倉嶋経由で)大竹方向に集約されてるとしたらおそろしいです。

夫妻で食べ物の好みが違うことが、改めて分かったと「はじめに」にありますが、外食の連載なので、特にそれは、と思いました。それがより際立ってくるのは、自炊で、かつ共同調理とか、調理の場に立ち合いとか、そういう場面かと。なんで生姜の皮をむかないんだとか、そんなことだけで断絶を感じたりする。

検印は石器時代に廃止されたはずだが、ハンコを印刷し始めた新潮社。
以上