『東京居酒屋はしご酒 今夜の一軒が見つかる・厳選166軒』 (光文社新書)読了

東京居酒屋はしご酒 今夜の一軒が見つかる・厳選166軒 (光文社新書)

東京居酒屋はしご酒 今夜の一軒が見つかる・厳選166軒 (光文社新書)

たまたま手に取った本。作者の名前は、
かつてビッグコミックオリジナルのエッセーで見ていたのですが、
どんな内容だったかも忘れており、今回検索して、
2012年秋にお亡くなりになっていたことを知りました。
Wikipediaに項目がない方で、ホームページはなく、
略歴のないブログ(ライブドア)のみが現在も残っている状態で、
(FBはログインしてないので、本人なのか分からないです)
必死こいて検索しましたが、複数のペンネームのまとめとか、
生年や享年など、分からないまま終わりました。
正確にいうと、山口観光大使や著者経歴などのオフィシャルっぽいところで、
作者自身が年齢や生年を書いておらず、Twitterをこまめに見ると、
ほかの方が享年や本名を書いていたりしたのですが、
公表しないのが故人の意志(遺志ではなく)だったのだろうなと思い、
Twitter情報によると六十代前半でしたが、あくまで、
分からないまま終わったということにしたいと思います。

ブログは、お亡くなりになる直前まで更新されていて、
医者に行っても原因不明の眩暈に悩まされていたようです。
散歩中多摩川神社で昏倒してそれが死因になったことは、
ほかの方のブログなどで読めました。
ビッグコミックオリジナルのエッセーは、
お店の住所や連絡先をわざと明記しない、ぼかして読者に探させる、
うまい形式のお店紹介の連載だったと、
これはほかの方のmixiに書いてあって思い出しました。
単行本が小学館でなく何故か別の出版社というのも、
Amazonだけ見てると気付かないものだなあ、と思いました。

で、そちらの単行本もこの本も、不親切なお店案内でなく、
ちゃんと連絡先まで明記していて、それはいらない気がしました。
不親切なお店案内だと、問い合わせが激しすぎるんでしょうか。
勿論、不愉快なお店、紹介したくないお店は匿名です。
当然そういう良識は作者に備わっている。
データが2004年10月現在のもので、最新情報は自己確認で、
という箇所は、もっと分かりやすく大書したほうがよいと思います。

この本のアマゾンレビューは当然ですが著者生前、
お亡くなりになる数年前に書かれたものばかりですので、
特に何かに斟酌とか忖度とかいうことはなく、直球で辛辣です。
所謂居酒屋本と違い、作者はエネルギッシュで自信満々で、諧謔が少ないです。
その辺が距離を置かれた気がします。
有名人の知り合いを自慢してるとか、自分語りが多いとか、そういう理由はうわべ。
作者は自らROCK(カタカナのロックではない)な生き方を
この時点でも自分に課して成功していて、
自営業だから当然弱みは見せない、ハリネズミみたいにちくちくしてて、
そのへんはビッグコミックオリジナルでは全然分かりませんでしたが、
この本では全開バリバリ飛ばしていて、所謂居酒屋本の、
独り静かに飲みたい、よくこんなにこんなふうに飲んでアル中にもならずに、
とオータケさんのようにアマゾンレビューで感嘆されたりもする、
その世界と相容れなかった、その辺が光文社新書編集部と作者の読み違いだった、
と思います。毎日新聞の『今夜も赤ちょうちん*1で、
また居酒屋ガイドか、と言われそうな本。
上記のように作者は当時精力絶倫パール・ジャム大好きなので、
こういう、クールダウンが必要な我の強さってあるなあ、と思いました。
この当時の居酒屋は、スナックのカラオケなんかについていけなかった、
中高年のための逃げ場としての一面もあったわけですから、
場を自分中心に出来るタイプの人間が居酒屋荒らしに来るんじゃねーよ、
みたいなひがみも、多少は読者にあったかな?スナック行けよ、みたいな。
でも作者は当時業界人としてスナック衰退と居酒屋ブームを実感していたから、
スナックには行かない。居酒屋本を書いた。そういうことかと。
そして最近、私はスナック巻き返しの本を何冊か読みました。

福島香織の『中国の女』*2に出てくる、中国のホストやお笑い芸人の話で、
彼らは絶対に弱みをみせない、自虐的なネタはやらない、というのを、
作者のこの本に対する姿勢を見て思い出しました。
ある意味自分が頼れるのは自分一人、自分だけという世界だと、
そうなるのではないかと思います。
そして居酒屋はその反対のサラリーマンの安息地。

頁25
 大したこともない料理に、いちいち能書きがつく。聞いてる私は、オヤジの能書きの約79%が『美味しんぼ』からの引用と分かり、胃がカユクなる。誤った強引な理屈が多いのは、何度も喋っていて、混乱したものだろう。他の客達は、「なるほど」「さすがご主人!」などと持ち上げている。バカめ。話すバカに、聞いてるバカめ!
 そのバカオヤジが「大体、料理の話を書くライターなんて、物を知らないのもはなはだしい」と、珍しく正しいことを言う。当ってるだけに口惜しくて「こら、オヤジ!他人の意見と他人の女房を盗むと、地獄に墜ちるって諺を知ってるか!?」、腹立ちまぎれに啖呵を切ると、「一盗二婢」とオヤジは笑い、「他人の女房も盗めないヤツに物が書けるか!」「ウッ!」「お前、北大路魯山人の息子が北大路欣也だってことを知ってたか!?」と切り返される。クソッ、負けた……。

いまはスマホがあるから早々負けないと思いますが…
昨日も駅で自営業とおぼしき方が、スマホに話しかけて、
「東京から東海道線茅ヶ崎の一つ前の駅」と音声検索して結果が出ず、
舎弟みたいな人に、午後2時くらいだったのですが「おはよう」と電話して、
説教がてら駅名を尋ねてました。人力検索はてな。作者とイメージダブりました。

頁59
だから一番嫌いなのは「料理の能書きを言う人。グルメだか東久留米だか知らないけど、遊び方を知らないと飲み屋では嫌われるよって言いたいね」。な・る・ほ・ど!

遊び方を知らないから酒に逃げてる人にとっては耳が痛いかも。
でもそういう人は酒からも逃げたほうがいいかもしれませんし、
つかまってどうにもならなくなったあとに、素面での遊び方を覚えるかもしれない。

頁94
 人間は喧嘩するのが当たり前である。最近の若者は喧嘩しない。昔は、駅とか歌舞伎町を歩くと、しょっちゅう喧嘩している人達を見たけど、最近は滅多に見ない。「悪人ほど喧嘩をしない」という教訓は、現在でも正しいと思う。

頁125
通常、昼酒だけは飲まない主義だが、野球と葬式の後の酒は例外。

野球は分かりますが、葬式が分からない。

頁133
「あのう……お伺いしたいのですが、家賃人件費と儲けを除いた本当のお値段はいくらですか?」という言葉が、喉まで出掛るほどヒドイ料理に、怒りを抑え、「半分素人の板前でこの値段はフトイよなあ」、笑ってごまかす。しかし、隣のテーブルでは、オバサンたちが、「おいしいわねえ」「ホント、素敵なお店ねえ」、金歯を光らせながら、舞い上がっている。そんな時「私は悪人である」という思いが頭をよぎる。
 気分を変えようとタクシーを飛ばす。
(中略)「これなら、気分を変えて楽しめるぞ」と思い、飲み始める。
 少し経って、追加のおつまみが出るのが遅いので、軽く催促した。その瞬間である。牛のような主人の顔が突然河馬に変わり、小声で「分かってるよ。手間のかかるもんばっかり注文して……」。瞬間、私の顔が、横顔から左の尻までみるみる蒼くなってゆくのを自覚する。「無礼者、手討ちに致す!」日本刀を取り出すのをグッと我慢する。
 主人の心が透けるように読み取れる。(初めて来て、安いもんばっかり頼むんじゃねえよ。ウチは常連だけで充分なんだよ、ふん)。「シバいたろか!」この店を選んだ自分の愚かさを罵りながら即、五千円札をテーブルに叩きつけて店を出る。
 青い月を眺めながら、本当は一万円札を叩きつけたかったのだが、五千円札を選んだ自分のセコさを自嘲する。こんな夜もあるさ。

数少ない自虐的な箇所ですが、妄想入ってる気がします。
酒のほそ道』初期の巻にも悪い店のパターンが載ってましたが、
こういうのは続かないんですよね。怒りを持続するのが難しい。
より正しくコレクティヴに言うと、多数に共感理解される形で怒りを持続するのが難しい。
エスカレーションし、ひとりよがりへの道に進み、孤立して、
何言ってるか分からないと冷めた目で見られ始める。
だから、新陳代謝というか、絶えず新しいライターが書いた方がいい気もします。

死んじゃった人ですけど、この本の居酒屋ファン層のあいだでの立ち位置は、
あとアマゾンのレビュー読めばいいと思います。
フードライターって、やっぱ寿命ちぢむのかなあ、と少し思いましたが、
そういうことではないのでしょう。

頁76の山形飲酒名物さくらんぼの紫蘇漬けは食べてみたいと思いました。
頁69の飲み干すまで、マッチ棒が泡に立っている生ビールは、無理かな。以上