- 作者: 生島治郎
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 1999/02
- メディア: 単行本
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天使と悪魔のあいだ〈上〉―さようならそしてこんにちは『片翼だけの天使』 角川文庫 い 37-10
- 作者: 生島治郎
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2002/08
- メディア: 文庫
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装丁 鈴木成一デザイン室
装画 石橋富士子
週刊ポスト連載。1996年夏から1998年十月までを再構成し、上下巻に。
上巻だけで七百ページを超えるのですが、例の原稿料稼ぎのテクの、句点ごとに改行する技が使われていて、活字もこの通り大きいので、読みやすさは格別です。これで内容がギッシリだったら、21世紀のインターネット時代の読者として、ギブアップしてしまいそうで。
で、やっとこれで読み終えることが出来るかと思うと、感無量です。先に飛ばして下巻のラストシーンを読んでしまったのですが、よりを戻すような描写で終わるんですね。書き終えてから離婚したのはしたのでしょうけれど、七十歳で逝去の葬儀のときに財産がほとんど残ってなかったというのが、なんとも。
生島治郎 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E5%B3%B6%E6%B2%BB%E9%83%8E
講談社現代ビジネス 2014.12.26 島地勝彦の対談記事
第6回ゲスト:大沢在昌さん (後編)
「『生島治郎の後を継いで、日本にハードボイルドを根付かせるのはおれだ!』と本気で思っていました」
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/41523?page=4
こう言ってる新宿鮫は、何故かこの巻では、これまでの「在原のナリヒラ」とは別の名前になっています。単行本には解説がありませんが、この小説の解説読みてえなあ、この人以外書かないだろうし、と思って角川文庫も開きましたが、この小説は文庫にも解説がありませんでした。みな逃げた。
一作目がスポーツ新聞合同、二作目が初出不明、三冊目がオール読物。四冊目は公明新聞日曜版、五作目は小説すばる、さまよえるオランダ人のように掲載紙を八艘飛びしつつ続いた不定期連載のラスボスが週ポス。これを集大成と意気込んだのか、これまで書いてないことを書き始めてます。ヒロインである旧赤城現景子の韓国時代の仕事について、これまでは水商売としか書いてませんでしたが、今回は頁130ほかで、キーセン妓生とちゃんと書いてます。これまでも読んでて、この子のソウルの仕事は、ミアリコゲとかそんなとこなんだろーなー、と漠然と思っていたので、ちゃんと書いてくれてありがとう、という感じです。出身地方が全羅南道であることは、前冊で分かっているので、ああ… という感じ。チョルラナムド出身で赤線というひとつの規格。もっと早くから出してくれればよかったのに。そしたらこれを読んでた在日社会とかも意見がぶんれ…まあ風評で分かってはいたことなんでしょうけれど。赤坂とかでは。
母国での職業を明記したことで、破産ギリギリまで金を使わないとおさまらない、金はどこからか湧いてくるもので、必死に稼ぐ感覚に乏しい、という記述に凄みが出ます。その一方で、生島治郎というか主人公越路への仕え方も細かく書かれます。飲み物は絶えずグラスで冷えたのとか常温とか考えて机に置くとこまで用意するとか、靴下まで履かせるとか、二階への階段が急なので、ものを二階に持って来たり下げたりはぜんぶ生島の声一つで景子がやるとか、性行為は騎乗位ばっかしとか、爪まで自分で切らず景子に切らせてるとか。やりすぎでしょう。そこまでいたれりつくせりだったのか、あるいはそういうふうにヒロインが越路を逆調教したのか。これは家事労働を賃金換算するフェミニズムから見てどうであろう、作者には考えも出来なかったかもしれないが、前世紀最後の十年には、もう十分アカデミズムの世界などで、そういった家事労働の賃金計算という頭の体操は広まっていたです。莫大な高給取りになれますよ。ここまで尽くしたら。あー悩ましい。普通の女性は宿六とそういう役割分担をしない。作者はしょっちゅう上海育ちの懐旧を書きますが、中国人女性とでそんな世話ばっかしたりさせたりは、アブノーマルだと思います。上海なら、莫邦富に怒られるだよ。これはおかしいよ。
酒も、これまで飲めないということでしたが、頁196、寝酒はやるということです。飲むとすぐ寝てしまうので、外では飲まないのだとか。しかしスナックやバーには行くので、吞めるのに飲まずに素面でネーチャンとはしゃぐとか、そういう楽しみ方が出来るものなのかと思うばかりです。寝酒はブランデーのシングルを一杯だけ、しかも炭酸水とかでなく、サイダーで割って飲むのだとか。さらにはつまみが必要で、それをヒロインが大量に作る習慣があり、独身四十代後半時点で六十キロだった体重が、七十八キロくらいまでになったとか。
単行本巻末の筆者の写真。文庫の写真はもう少し痩せて、眼鏡してないです。
寝酒の習慣は、歯を磨かなくなりやすいと思うのですが(ゲームの寝落ち常習者も同様)案の定主人公は一本以外総入れ歯で、ヒロインがコリアン関係の人脈から紹介されて赤坂に開いた居抜きの店、主人公が金銭面で支えることで大赤字なのに回ってしまう、オーバーステイばっかりツケでたむろするのでまともな客がどんどん入らなくなる悪循環韓国居酒屋、こんな店潰した方がいいのに、で豚足を食べる場面など、かぶりつけずに、ナイフで切って口に入れています。
さっぱり分からないのですが、頁218、ヒロインはボーヴォワールを愛読しています。ついつい、ボーヴォワール名言集みたいなよりぬきを、擦り切れるまで読むパターンではないかと邪推してしまいます。
これまでの巻では小泉喜美子は登場しませんでしたが、この巻では、頁236ほか、「前妻の由美子」が出てきます。回想の小泉喜美子はやはり酒乱で、内藤陳らしき人物も出ます。
頁302、やはりこれまで書いていないことで、酒は飲まない主人公も、小説家として独立した頃、自営業としての不安もあってか、睡眠薬に依存したとあります。薬品名は書いてません。
頁303
越路が薬に溺れているのを見て、まわりから、あいつは駄目だという声が上がった。
しかし、それでも越路は薬に溺れつづけた。こうしていると、しまいにはどうなってしまうのか、それを見極めたいという心境もあった。
もの書きとしての業のような取材精神である。そして、薬の中で死の扉が見えたあたりから、もう分かったと思った。
あとはそこを開けるか開けないかの問題である。
越路は開けないことにして、現実へ戻った。つまり、薬をやめる決心をしたのである。
薬をやめ、病院で検査してもらったが、別に異常はないという診断を受けた。
そして、完全に薬を断った。
自分で薬を断ったことが良かったのである。他人の手で薬を断たれると、自殺願望が強くなる。すでに死の扉が身近にあることを知っており、その扉を開けることに苦痛は伴わないと実感しているから自殺に走る。
川端康成や有馬頼義が自殺を計ったのは、まわりから薬を断たれたからではないかと越路は考えている。
薬を欲する願望は強烈なもので、それをまわりから断たれれば、死に逃れるしかない。
幸い、越路は自分で薬をやめたから、まだ生きつづけている。
しかし、死が隣り合わせにあるという甘美な思いはまだ消えていず、現実が苦しすぎると、つい死を想ってしまう。
ヒロインがたかってきてるせいで、ヒロインを食わせなければいけないとの思いがあって馬車馬のように書き散らしてるうちは、そういう考えは遠ざかってるんだそうです。でもこの巻でヒロインはほかのオトコに走りながら、金銭面と奉仕だけは主人公への依存を保つ(読み進むと、奉仕もお手伝いさんが来て、どんどんラクになるというか、別居の方向へ行く)
頁354で、阪神淡路大震災が起こり、被災者の頑張ろう神戸を見て、主人公も励まされ、自分もやらねばと思います。
頁193、軽石ということばが出ます。踵擦るばかり、カカトスルバカリ、かかあとするばっかり、女房以外の女性を知らない男性だとか。
主人公の同世代の友人が、つぎつぎ亡くなっていく様子をたんねんに描写していて、残された家族もさまざま、死に方もさまざま、主人公越路やほかの友人たちの関わり合い方もさまざまですが、頁279、末期がんの友人で、肝臓は悪くないはずですが、酒を飲んでもうまくないという描写など、はっとします。
下記は、二人目の不倫相手をヒロインが語る場面。
頁634
「お酒を吞むと、Pさんはお婆ちゃんそっくりになるんだよ」
意味不明のことを、景子はぽつりとつぶやいた。
「お婆ちゃんもお酒が好きで、お酒を吞むと、頭をガンガン壁にぶつけたけど、Pさんも自分の身体をいじめるんだよ。煙草の火を自分の腕に押しつけたりして。そして、世間を呪うんだ。切ないよ、それを見ると、お婆ちゃんを思い出すの」
一人目も二人目も、たよりないのが特徴で、そして普通に考えて、男の方が口説いたんだろうなあと思います。アメリカ人ならこういう時亭主はマオトコに決闘挑んだりして、なぐりあうし、ピストル持ち出すかもしれないですが、主人公はなんか大人を装ってるので(六十歳)ケンカしないで、どういうつもりなんだとか間男に言うのですが、当然へらへらと逃げられます。間男も主人公のふところを当てにしてるわけなので。
頁643、主人公が現在、寝酒といっしょに、睡眠導入剤を飲んでることが分かります。どういう医者が、どういう病名で処方してるんだろうか。
頁676、ヒロインの友人のバツイチシングルマザーがお手伝いとして月二十万円の給与で来るのですが(仕事は昼前から夕方遅くくらいかな)、その女性も、妻としてのヒロインはひどいと言うわけで、しかしお手伝いさんの彼女は主人公の好みではないとはっきり書かれてしまう残念さです。
現在でも、死ぬまでセックスとかの老人向け性記事で持ってる週ポスですから、この連載も、作者はサービスしないといけないわけで、銀座の若くてすっごい美人のホステスと映画観て食事して、気の効いたと大人の男女の駆け引きやじゃれ合いの会話をします。作者はこういう描写こんなにうまいのかと舌を巻きました。こういう文はほんと一行改行が似合います。
でも読者が納得しなかったのか、作家は何事も取材ですから、この巻の最後は高級ソープです。主人公が飛び込みで電話かけて行きます。ボーイも嬢も『片翼だけの天使』を読んでいて(あるいは秋野暢子の映画を見ていて)作者は偽名を使って予約したのですが顔バレしていて、嬢に「お相手出来て光栄です」なんて言われてしまいます。
そこまではいいのですが、身体は売っても心は売らないからキスはしないと巷間半ば常識化してるはずのソープ嬢とベロチューから始めて、ナマで中田氏という(ピル飲んでるから大丈夫だとか)、週ポス読者の何人が真似して元ボクサーにどつかれて出禁になったのだろう、作者悪い奴っちゃ、と思う展開で終わりました。なんだこれ。そこで主人公が、ナマでしちゃったけど、自分の前回の性体験はバンコクで五年前、タイのソープだから、自分は性病大丈夫だ、むしろ相手が… と脳内確認する場面があり、さらに、なんだこれ、とすっごくげんなりしました。これはしょうもない方向に書きすぎではないかと。
これで、元さやみたいなオチの下巻に続いて、現実の離婚になると思うと、下巻風雲急というか、読書もまた、ひとつ罪作りな行為なのか、と考えてしまったりします。私小説。
<これまでの片翼シリーズ読書感想>
2018-05-21『片翼だけの天使』読了
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20180521/1526914214
2018-05-30『続・片翼だけの天使』読了
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20180530/1527683580
2018-07-11『片翼だけの結婚』読了
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20180711/1531287322
2018-07-18『片翼だけの女房どの』読了
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20180718/1531919742
2018-09-03『ホームシック・ベイビー Homesick baby ー片翼だけの韓国ー』読了
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20180903/1535975192
2018-06-06『片翼だけの青春』読了 番外。小泉喜美子と出会うまで?の作者自伝。
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20180606/1528231151
以上
【後報】
あと、作者は連載時のタイムリーな話題として、オウムの幹部と戦前の日本軍将校は考え方が似ているとしてます。あと、銀座の姉ちゃんとレオンを観て、自分をジャン・レノ、景子をナタリー・ポートマンになぞらえて夢想に耽ります。無駄なことを。
(2018/11/12)