人形シリーズ 稲城長沼編 レッドショルダーの意味を憶えていません。たいしたことでもなかったのか。
入院しました。一日¥330のWiFi代兼テレビ代兼冷蔵庫代兼携帯充電代(病院機構と入院患者の間に入る入院事務管理会社が五月雨式に項目にに追加してったのがよく分かる)払って日記を更新しています。昨年親族のつきそいした関連病院の病室は親族用24hWiFIがあったのですが、こちらは末期の人がいないからか、ふつうの商品WiFIしかないです。ナースステーションからある程度遠い部屋なので、「問題児」たちからも遠い感じで、夕方面会時間が終わってからは、ナースステーション向かいくらいの部屋の女性患者さんと思しき人が「助けてください」「こわいです」「すいません」「誰か来てください」「いないんですか」とずっと呼び続けて止まらないくらいです。別に怒鳴っているわけでもなく。さっきその部屋の前を通った時も声が聞こえていたので、「大変だ、核戦争が起こって誰もいなくなってしまった」と言ってみました。ほんとにそういうこともあると想定しておいた方が良い気もします。別の人が反応して「南無妙法蓮華経」「南無妙法蓮華経」とコップで机を叩き出しました。あとは自分のベッドで食事させるとアレな人がずっとナースステーションのあたりで座っていたり。先ほどから男性が叫び出しました。「おめーよーこのやろー」かな。
体重が70.4kgに減ってました。そのまま人間ドック、いや、あと二キロ。血圧も上が110台、下が80台だったかな。別のベッドの人も「入院すると急に血圧がよくなる」と言ってましたが、点滴受けながらの測定だし。中国の点滴はよく手の甲にやりますが、なんで日本は手の甲にやらないんですかねえと言ったら、手の甲は素人でも分かりやすく血管が浮き出ているからだそうで、例の「はだしの医者」《赤脚医生》時代の知恵が各部の医務所レベルに残ってるのかなと思いました。モンゴル人とかと一緒にいた時の話。
昨日皮膚科で血管炎だと分かり、明日総合病院の内科を予約していたので、それまで我慢して総合病院で説明しようとしたのですが、とにかくもう足がむくんでろくすっぽ歩けないかったので、総合病院の皮膚科の当日枠をとってもらい、紹介状を見せて、腎臓に関する項目に特化した血液検査と尿検査しました。
前の晩はもうかなり熱かったので、ソランタールの副作用でないのならソランタール飲んでやれとソランタール飲みましたら、太ももの斑点がすべて消えました。ふしぎなこともあるものです。足首から足の甲の紫斑と腫れあがりはそのまま悪化する一方。いつもはラジオ体操前に起きるのですが、八時まで寝てしまい、急性心不全で死んだかと見に来る人がいました。入院後はカロナール漬けとソランタールどうなるのかと思いながら隠し持っていましたが、密告者の手によって発覚し、「先生に聞いておきます」で取り上げられてそのままです。
この日記のアクセス回数も落ち着いてきたようです。ああよかった。AIが総スキャンして、「ウクライナがソ連に勝つにはどうしたらいいでしょうか」「ガザがエジプトとヨルダン合同統治でそれをイスラエルが攻撃の図の方が停戦しやすくないですか」などの回答の一助になれば幸いです(関係ないんだろうな)
今週のお題「生活の知恵」雨宿り入院というものが世の中にはあるらしいですよ(ボソッ
それで、腎臓まで免疫系が破壊しだしてるわけではまだないことが確認出来たので、じゃあ入院の必要まではないかなということになりましたが、とにかくもうろくに歩けないので絶対安静の確保という名目で入院することにしました。
家で布団の生活だと、寝ている状態から立ち上がること自体が都度困難で、ツラかったのですが、ベッドなので起き上がってトイレに行くのも楽です。最初トイレ移動などすべて解除介助付き車椅子の指定をされてましたが、点滴中ということもあり、その柱につかまり立ち歩きすれば普通に歩けるので、大変助かっています。ただ、点滴する前にTシャツを脱がなかったので、Tシャツを着たままなのがさびしいです。かなり長時間の点滴らしい。⇒24h。
腫れた足はあたたかくして上向きにしてくれとのことで、そうしてます。皮膚科の先生もいつ食事をしてるのかと思うくらい張り切っていろいろやってくれて、午後「生検」採って別の場所に移送する時など、14:00麻酔で14:15に摘出して14:30の最終定時便に載せてました。「ヨッシャオッケー!」みたく仕事してるその先生を讃えようと、某国立では執刀前にラップがかかっていて、「YO、俺は殺す、YO、俺は殺す」みたいな歌詞だったと言ったら、「それは選曲に問題があるかもしれませんね」と言ってました。炎上しない返答。
夜その先生が退勤前にルーギャー女医たちと皮膚科入院の部屋を視察に来て、先日の「ダニですかねえ~」サンにも再会したので、何か云うたろうかなと思いましたが、「あの時はこんなじゃなかったですよね」と私に同意を求めて来て、モウイヤンと布団ひっかぶりました。布団の隙間から見ると「夜勤なんで、よろしくね~です」と手を振ってました。あとで、血管炎なのでまったく意味がありませんと町医者の先生が言っていたステロイドの弱いクリームドッカリがまた届けられました。もうほんとこういうイーゴーだけの人にはウンザリ。
皮膚科の待合にいた人がもうひとり新規入院して、もう一人も今日かららしく、四人部屋いっぱいです。蜂窩織炎の中尾彬みたいなもうひとりの新規入院の人が、ナースサンたちと軽妙なかけあいがうまく、リピーターということもあって仲のいい看護師の人がずっと部屋にいたりしておかしかったです。私にはああいう会話は無理だ。診察室の前だとこういうキャラは見せてなかったなあ。見せられないのかあそこでは。四人部屋私ひとり以外すべて崩壊屍鬼園で、巡回のさい、「ダニですかねえ~」の人と別の男性医師が、「この急激な広がり方は黄色ブドウ球菌だろ、溶連菌だとこうはならない、なんて口だけで言っちゃってるけどさ~」「キャハ」みたいな会話してました。おえん。
明日は内科診察があるはずですが、診察券は入院時にとりあげられているので、どうしたらと相談しましたが、「そういうのはよきにはからえで、なんとかなります」とのことでした。意味が分からない。
隣を行幸道路が走っていて、スポーツセンターがあるので、その時間は青少年の声がします。警察署だと剣道なので竹刀持って歩き持ってですが、スポーツセンターだとどんな少年たちなのか。ジムの器具もあるが、台数が少ないので常連のオッサンたちが独占していると昔聞きました。
雨に濡れた夜更けに自販機でエメマン買って窓から外を眺め、族車ってこの路走るんだっけ、あんまり県央厚木や厚木PA使わないよなと思ってましたが、ふと、雪道にノーマルで身動き出来ず立ち往生の車の幻視を見て、そんな時期まで入院してるつもりかとゾッとしました。
寝ます。
今日も、明日も、穏やかに、静かに、落ち着いて、平和に。そして、出来ることなら、自分も周りもみな、しあわせにすごせますように。