『「いらっしゃいませ」と言えない国: 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂』 (新潮文庫)読了

単行本の時のタイトルのほうがよかったと思いますが、
想定読者層は、もはや巨龍とすら呼びたくないんでしょうか。気持ちは分かりますが。
巨龍に挑む―中国の流通を変えたイトーヨーカ堂のサムライたち?

巨龍に挑む―中国の流通を変えたイトーヨーカ堂のサムライたち?

作者のお名前になぜ羊がついてるのか、そこから知りたいです。
知らずに買ってから、オムロンのほうも読んでたことに気付きました。
『「できません」と云うな』ってすごいタイトルだなって思って読んだんだった。
「できません」と云うな―オムロン創業者立石一真 (新潮文庫)

「できません」と云うな―オムロン創業者立石一真 (新潮文庫)

オムロンのほうのパワーポイントは高齢現役指導者の強み、でしたかね。
こちらのほうの特色は、ノウハウ完全移植成功経営陣現地化成功の驚異、でしょうか。
最終章時点で、北京は競争相手が多くなかなか大変だが、
成都は完全に勝ち組(死語)とのことでした。「小商圏寡占化」達成。

サッカーアジア大会成都では、ライバル外資の中国人社員が対戦相手国の旗を配って
反日扇動に励んでいたと聞いたことがあります。本書でも頁301に、
新規オープン店の向かいの国営商場が南京大屠殺展を開店時にぶつけてきたと記述あります。
中国進出時は社員研修で「日本鬼、死ね、帰れ」と書かれ、2004年も襲撃に遭う。
それが、2012年の反日デモでは、社員が交代でデモに潜入し逐次情報収集、
同時に潜入した公安も扇動者がヨーカドー進軍を使嗾するとそれをズラす。
SARSでも四川地震でも閉めなかった店舗は、お客様を暴徒から守るため、
お客様に漢奸レッテルを貼らせないため、臨時休業する。そして、勝つ。
ここがこの本のクライマックスと思いました。現地化が反日に勝った瞬間です。
ただの現地化でない、たんなる日式移植でもないと理解しました。

頁69で、給与明細に社会制度変更の説明を折り込むやり方は、
日本のヨーカドーに逆輸入したとあります。
頁71では、システム担当のNEC野村総研が、中国は税制がまるで違うのに、
日本のシステムをヨーカドーの日中社員にそのまま使わせようとする場面があります。
結局現地で新しいシステムを試行錯誤模索したわけで、
ITゼネコンはあまり役に立たなかったわけですね。
頁280で、ヘッドハンティングされた人間の復職の申し出は、
どうしてもというなら2ランクダウンで再雇用、雇用後はペナルティなし、
というルールが紹介されてますが、これ、日本でもないですよ、たぶん。
かつての満鉄みたく、日本人スタッフが中国で自分の理想を実現させてるんじゃないかな、
と思いました。

どういう理想理念かというと、頁108の、
「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば、人は動かじ」という山本五十六の言葉とか、
頁191の、「三感の実践」ということだ。三感とは、
①感動する商品・売場、②感激する接客・サービス、③感謝する心情・礼節
です。

死屍累々、甚大な犠牲の中からこれを築き上げてきたんだろうなあ、と、
前半の惨憺たる描写の数々をみて思いました。
流通はとにかく体力重視で人を獲る印象がありますし、
その中で出世競争に勝ち抜いてきたつわもの達の中で、
さらに意欲ある志願者を集めて中国に送り込んだのだからこそなんとか出来たのでしょう。
本書には体を壊した人の名前はひとりくらいしか書かれてませんが、
名もなき犠牲が多々あることは行間から伺えます。
資金面でもメンツ剥き出しで援助したのかな。

ただ、頁205で、土用のウナギやクリスマス商戦はヨーカドーが中国に持ち込んだとあり、
ほかの頁で、冷たい飲み物や冬のアイスもヨーカドーが先鞭みたいにありましたが、
それはちょっと言い過ぎじゃないかなっと思いました。
成都に持ち込んだのはヨーカドーでいいと思いますが、
例えば広州のウナギはダイエーが広めたと聞いたことありますし。

あと、前半の阿鼻叫喚生き地獄シーンの中で、ケロっと正反対に訳す通訳が出てきますが、
確か、以前、日中首脳共同声明かなんかでもそんなシーンありましたね。
日本側首脳が中国の愛国教育で耳タコの慣用文句と逆の未来志向発言したので、
ついうっかり肯定文を否定文に誤訳したのをNHKラジオで聞いた覚えあります。ナマ。