『サンフレッチェ情熱史 降格・経営危機を乗り越えた「逆境のヒストリー」』読了

サンフレッチェ情熱史 降格・経営危機を乗り越えた「逆境のヒストリー」

サンフレッチェ情熱史 降格・経営危機を乗り越えた「逆境のヒストリー」

湘南社長の本とかから、アマゾンが勧めてきた本。
正直広島はマツダだから貧乏クラブではないし、
(むしろカープのほうが市民球団
 湘南もよく「市民クラブって何?」と聞かれた時、
 カープを引き合いに出す)
カープを別とすれば県単位の支援やマスコミ報道を一手に受けられる立場なので、
全県単位で盛り上がれない貧乏クラブの参考にはならないだろうな、
と思いました。そして、そのとおりの内容でした。

サンフレッチェにごく近い位置にいるライターの方の本なので、
経営とかはあまり書いてません。降格も、焼肉決起集会的なゴタゴタ記事が多いです。
「情熱史」というよりは、「戦記」って感じかな。
湘南も、近い位置のライターさんとかはいる(と思います)けど、
どこでどんな記事を書いてるか、流動的な気がします。下記とか、流浪の足跡みたいな。

風の先の終わり 海の波の続き
http://www.bellmare.co.jp/category/topics/kazeumi
俺たち放送部
http://www.bellmare.co.jp/category/topics/weare

ひょっとこのほうの久保って、ついつい広島出身と思ってしまうけど、
もともと筑紫の人間なんでしたね。
だから長崎出身の作者は、ほかの人より言葉を引き出せたのかも。

すいません、そろそろアレなんで、あとは後報です。
【後報】
ドラゴンのエピソードを、まず。

頁88
篠塚利夫(巨人)にあこがれ、内野手として野球に打ち込んだ少年が、小指を切断しそうになった大けがのためグローブがはめられなくなったことによって、野球からサッカーに転身した。

頁96
 彼は私生活でも、規格外れだった。毎日毎日、流川(広島一の繁華街)に出歩き、酒を飲み、酔っぱらって知り合いの寿司屋の2階で寝て、そこから練習に行っていたこともあった。「もっと、しっかりせい」とその寿司屋のご主人からきつく叱られ、時には手を上げられたこともあった。

頁97
 高校時代、突然呼び出されて、「オレと付き合え」と告白された。
 初デートの時に一言も口を聞いてくれなかった。
 プロになって1年間、クリスマスまで電話の一つもくれなかった。

http://www.soccer-futsal.com/main/images/capture42.jpg
(2014/1/6)

【後報】
公式に発表された資料を見ると、サンフレッチェの予算は決して少なくないです。ふつう。
http://www.j-league.or.jp/aboutj/document/pdf/club-h24kaiji.pdf
http://www.consadole.net/sca25/tb_ping/202
札幌のブログでもそれはしっかり言及されている。
本の煽りにある経営危機は1998年頃ですが、
その時社長になったデオデオの人が逆に資本投下を続けたこと、
かつてカープを支えた「広島力」がじりじりとサンフレッチェにも及んだこと、
などがこの本に書かれています。
1966年から日本リーグ4連覇という、いまだに破られていないマツダの大記録にも言及。
それは知りませんでした。
経営危機なのに豪華な吉田サッカー公園を整備した財力など、
プレハブの平塚には何の参考にもならないと思いました。少ない予算をどう使うか。
ただ、マンガのフットボールネーションで、Jのジュニアユースやユースは、
親が送迎出来る金持ちの子ども中心になりつつあるという箇所があり、
広島市内から車で一時間十分かかるというこの練習場にどうやって行くなら、
と思いました。送迎バスとかがあるんですかね。どうでしょう。

あと、ライターとしての作者の葛藤を綴った箇所を引用します。

1999年優勝争い脱落時 頁134
自分はただ目先の結果にとらわれ、一喜一憂して、メルマガに書き散らしていただけ。当時の原稿を読み返しても、本当に恥ずかしい。情けない。読者にもクラブにも、申し訳ない。

第一回降格時、昇格争いの山場アウェイ新潟戦敗戦後 頁215
 試合が終わり、何気なくサポーターの方に向かった。当時、新潟までやってくる広島のサポーターはごく少数。いまのようにスタンドの一角を紫で染め上げることもなかった。それでも、4万人以上の新潟サポに混じり、数十人の広島サポが必死に声を張り上げていた。完敗に打ちひしがれた自分と同じ想いを共有するはずの彼らと、傷をなめ合いたかったのかもしれない。
 だが、サポーターは怒っていた。激していた。口から泡を飛ばさんばかりにして。
 僕の姿を見かけたあるサポーターは、いきなり喧嘩越し
(←原文ママでつっかかってきた。
「なんで、走れねぇんだよ」
「J1に戻る気は、あんのかよ」
 古い記憶である。もしかしたら、もっと丁寧な言葉だったかもしれないが、勢いとしては、まさにこれだ。ゴール裏の2階席に陣取っていたサポーターから僕が罵声を浴びた。
 驚いた。そして、心の底から憤りが湧いてきた。
 俺に野次を飛ばして、選手が走れるようになるのか。
 みんな、必死で頑張っている。
 でも、勝てないんだ。
 どうすればいいか、お前が教えてくれよ。
 ホテルに戻り、ベッドに腰をおろす。仕事をする気にはなれなかった。
 ただ、冷静になって考えれば、サポーターが怒る気持ちもわかるのだ。彼らも戦っていた。圧倒的な新潟サポの「量」を前にしても、選手たちを勝たせるために、心に響く声を、拍手を。90分間、彼らは戦い抜いた。でも、勝てない。完敗。
 サポートすることが、これほど苦しいとは。降格した時も、それは感じていた。だが、当時よりもさらに、厳しかった。降格したくないという想いより「1年でJ1へ」の重圧は、遥かに重い。みんな、それはわかっている。わかっているからこそ、敗戦がつらい。

この後勝つための戦術変更とホーム3万人動員計画、焼き肉が語られます。

再降格 頁234
 おまえのせいで、負けた。
 おまえのぬるい論調の記事が、チームを甘やかせた。
 おまえが、J2に落としたんだ。
 2007年、僕が書いた記事に対して投げつけられた厳しい言葉の羅列。
 巻き起こったネット上での強烈な批判は真摯に受け止めるしかない。

同 頁234
 だが、胸に突き刺さったのは、サポーターの涙だ。

確か、湘南のスタジアムナビゲーターがアウェイ行脚するようになったのも、
サポーターから負け要因扱いされたりなんだりがあったのもあってのこと、
とサカマガかサカダイで読んだ記憶があります。前回昇格時。

この本は作者と国王が語るシーンで終わっていますが、
国王に幸多かれとも思いました。おしまい
(2014/1/19)