図書館で手当たりしだい「ラマダン」で検索して出て来た本。2024年2月に出た、ホヤホヤの新刊です。
ラマダーン – WORLDLIBRARY ONLINE SHOP
ワールドライブラリー初のアラブ首長国連邦の絵本を発売!『ラマダーン』 WORLDLIBRARY
上の自社ニュースは2月22日にうpされているのですが、その中の文章ではバレンタイン、14日に出たことになっており、さらに奥付を見るとついたちの刊行です。いかにも鷹揚。出版社の所在地、大田区のその辺のあたりは知人が住んでいて、毎年年賀状を送っているのですが、行ったことはありません。
下記は奥付(一部)
原題のアラビア文字はグーグル翻訳すると「エミレーツのラマダーン」となり、UAEのラマダンの話であることがよりハッキリ分かります。パキスタンのラマダンでもインドネシアのラマダンでもない。UAEの余裕あるラマダン。
下記も奥付(一部)
装丁・デザイン 株式会社アサヒ・エディグラフィ
作者のファティマ・シャラフェッディーンサンはリバノン、レバノンの人。
イラストのエストレリータ・カラコルサンはアルゼンチン人。ムスリムではなさそうです。
片桐早織サンはアラビア語のみならずペルシャ語とトルコ語も訳せるそうで、ちがう言語なのにスゲエと思いました。イラン人やトルコ人も「ちがう」「ワカラナーイ」と言ってるのに、スゲエ。日本でアラブ人に会う機会はそんなないので、アラブ人の意見は知りません。
裏表紙。フィリピン、ミンダナオのラマダーン体験記*1の作者が、中東のラマダンの話を聞いて、ラマダーンは楽しいものだと錯覚していたというその錯覚ラマダンの本。UAEはそうなんでしょうが、日本で同じように過ごせるわけがない。
ラマダーン前月15日の夜、子どもたちにお菓子が配られる地蔵盆みたいな行事からこの絵本は始まります。
近年の研究によると、シャベ・バラットはイスラムに根ざしているのではなく、中東のイスラム以前の宗教に根ざしている。イラン東部の人々が伝統的にシャベ・バラットを祝う方法は、仏教のお盆やヒンドゥー教のピトリ・パクシャ、ゾロアスター教の祭りと同じで、お盆とバラットのルーツは同じだという。
前月子供向け行事の日本語版ウィキペディアにいきなりすごいこと書いてあって、驚きました。宗像教授向き。
新月、ラマダーンの開始はいちいち月の観測で決めているという絵が次に入ります。計算でなくいちいち毎年ちゃんと観測してるんですよね。だから、ウィキペディアのラマダン2024(今見つけられなかったですが、アラビア語版のはず)を見ると、「インドネシア、何月何日何時、ラマダン突入を確認しました!」「タイ南部、何月何日何時何分です!」みたいな報告に満ちている。
ザカート(喜捨)があって、サフール(断食前の朝食)を食べるため起床の太鼓を叩きながら町を歩くおじさんの話が出ます(絵はない)本書ではサフールでなくスフールと表記されます。下はジャカルタ在住邦人の記事。
サフールと夜明けのお祈りが終わると日の出まで就寝とあります。例の、黒い糸と白い糸の見分けがついたら夜明けで、その時点で飲食禁止が始まるという基本事項の説明はされません。これを説明しないと、日の出ギリまで飲食おkだから、ラマダン楽勝じゃんというオオウソ、誤謬がまかりとおってしまう(私もそう思ってた)ラマダンの断食開始時刻=夜明けは日の出じゃなくて、その壱時間以上前の、黒い糸と白い糸の見分けがつく時間ですよと、ハッキリ書かないとダメだと思う。この絵本はその点に不満があります。
夜の礼拝のあと、夜じゅう通しでおしゃべりしたり、テレビの特別番組を観て過ごすとあります。これは産油国UAEだから出来ることで、回教圏みんながそうなわけはなく。昼間のまずくわずで働いて、夜はイフタールとサフールのあいだ、むさぼるように寝てしまう生活もまたラマダンの真実だと思う。私が思うに、日本ではそういうふうにしか出来ないはず。UAEでも、現地出稼ぎのスーダン人やバングラディシュ人の生活を併記してほしいかな。
その後は、カドルの夜が「力(ちから)の夜」という名前で出ます。アッラーがムハンマドにクルアーンをもたらした夜は明示されてないが、たしかにあるので、この日かな? この日かもなという感じで、複数回夜なべせんならんというふうに私は理解しています。なんか、日本の念仏講みたい、と、その話を知ってからずっと思っております。お念仏は、地蔵堂やお不動さまのお堂に老人が集まって、夜じゅう雑談します。
なぜかイードの紹介や絵はないです。終わったら三日間どんちゃん騒ぎすること、ちゃんと書けばいいのに。
作者の人はレバノンへのイスラエルの仕打ちについても本を書いているそうです。なんでレバノンのラマダンでなくUAEのラマダンを書いたんだろう。ちょっとふしぎ。
ふしぎですが、以上です。