『斗酒空拳』 (酒文ライブラリー)読了

斗酒空拳 (酒文ライブラリー)

斗酒空拳 (酒文ライブラリー)

『あの人と、「酒都」放浪』*1に出てきた人の本。

作者 Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E6%B0%B8%E3%81%BF%E3%81%A1%E5%AD%90

スポニチの'97年から'99年にかけてのコラムと、
酒に関するいくばくかのエッセイを集めた本。
酒の部分はあまりないです。
'97年から'99年はまだバブルの後始末は終わってなかったが、
就職氷河期にはまだ入ってなかったかな、と思い出しながら読みました。
常用漢字しか認められない名前に文句つけつつ、
難読名というか、今で言うキラキラネームに寛容だったりして、
こうして世論は作られたのかと思いました。時の首相はオブッチー。
神戸の震災は既に起こった。オウムサリンも起こった。米首相はビル・クリントン
厚底サンダルで転倒死した女性にはこうは言いませんが、
たまごっちに気を取られて追突死のニュースではこう言ってます。

頁87
 何か事が起きると、この世にその原因を作るものが存在するのがいけないという考え方ってけっこう根強くあるんだなあと思う。
 かつては、お父さんが競馬でスッテンテンになって一家離散に追い込まれるのもみんな競馬があるからいけないって言われたものだった。たしかに競馬で身を持ち崩してしまった人はいないとは言わないけど、それは競馬のせいではなくその人のせいである。そういう人は、自分でブレーキがかからないわけだから、おそらく競馬をやっていなければ他のことでやっぱり身を持ち崩しているに決まっている。あの時の何とも理不尽な感じを、二十数年ぶりに思い出してしまった。自己責任という大人の感覚は、どうも日本ではたまごっちを育てるよりむずかしいようである。

(97・3・22)

私もまあ賛成の気分の時もあるのですが、
新しい依存が広まると必ずひっかかる依存症のデパートみたいな人とか。
でもパチンコとか、ある国とない国でギャンブル依存症者の成人人口比に明確な差が出た、
とか最近久里浜発のニュースで見ましたし、
なにより「日本」とか言われると、
一時禁酒法という修正憲法まで行ってしまったアメリカは、
ある面でもっと日本より社会責任考えてるだろう(金銭でなく)、
と思ったりもしました。でもこれ十年以上前のコラムだから…

酒に関しては本当にそれほど文章の分量はなく、
化膿止めの抗生物質の理由で禁酒要の時は普通に禁酒した、とか、
自分のペースの手酌がいい、とか、家族はみな酒弱い、とか、それくらい。
太田南畝の狂歌を書いてます。

頁159
わが禁酒 破れ衣と なりにけり やれついでくれ やれさしてくれ

検索すると、少し文章違うのですが、まあいいや。