『シャガールの馬』単行本読了

シャガールの馬 (1978年)

シャガールの馬 (1978年)

伊集院静の二日酔い主義傑作選*1で紹介されてた本。
講談社の単行本で読みました。装幀:辻村益朗

著者Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%AB%E6%98%8E%E4%BA%9C%E5%91%82%E7%84%A1
虫明 亜呂無(むしあけ あろむ)は本名とのことで、吃驚して、検索しました。
あるんですねえ、そんな苗字。東北大脳科学センターのセンセーまでヒットした。

虫明 ニコニコ大百科(仮)
http://dic.nicovideo.jp/a/%E8%99%AB%E6%98%8E

名前も変わった名前だけれども、こちらは何故か不明。調べれば分かるんでしょうが。

伊集院静がこの本を好きなのは優れたスポーツ小説だからなのですが、
最初のマラソンコーチの話で焼き肉屋が印象的に登場し、
二つ目が、作中にも出てくる梶山季之を意識したような、キーセンを扱った、
サッカーの日韓定期戦観戦の話で(木村和志のフリーキックより全然前の、話にならない時代)、
それでかどうか分かりませんが、最初の三作は貧困からの蜘蛛の糸としてのスポーツ、
としての側面、翳が強く描かれており、変わった名前の作者でしたし、
伊集院静を惹きつけた点も想像してしながら読みました。

日本の古い焼き肉屋のメニューにはよく、どじょう汁というものが書かれていて、
韓国の泥鰌汁がどんなものなのか一度食べてみたいと思いながら機会がありませんでしたが、
頁45、鍬温湯チュオクタンという味噌にどじょうを煮込んだ料理、とあり、
勉強になりました。泥鰌汁がメニューにあるような、昔ながらの畳の焼肉屋は、
どんどん消えているし(私も、廃業した焼肉屋の窓ガラスの短冊などでこの料理を知った)、
私が焼肉屋でこの料理を味わう機会はないんじゃいか、と思います。たぶん。

後の小説は、まだアマプロが拮抗していた頃のテニスだったり、漕ぐほうのボートだったり、
調教師や馬主としての競馬(海外も視野に入れて)だったりと、上流の嗜みとしてのスポーツ、
が描かれており、それはそれで、ヤンバンとサンノム、などの単語がアタマをよぎりました。

上流を描いた小説のほうが先の発表、六十年安保終了後。
成り上がりの焦燥、徒労を描いた小説のほうが七十年安保前夜の発表です。
大学生の内実が、エスタブリッシュから、花開く中流団塊へと変容した時代、でしょうか。
この時代の富裕層の生活というと、例えば下記。こんなの想像だけでは書けない。

頁142 ふりむけば砂漠
 央子は胸にタオルをまきつけ、浴室横の化粧室の三面鏡にむかった。虎ノ門の病院で特別につくってもらっている中性の化粧水を丹念に顔にすりこんでいった。顔にマッサージをほどこし、昨夜から冷蔵庫にしまっておいたタオルで顔をひやした。睡眠をよくとっていたから、シミは消え、顔の皮膚につやがのり、吹出物ひとつなかった。


 央子は化粧台にならべた三十種類ほどの化粧用具から、マックスファクターCTV3Wのパン・スティックをえらびだした。ジャマイカ旅行で日にやけた小麦色の顔には、このところ4Wを使っていたが、今日は洋に頬のふくらみを感じさせたい。――あなたは仕事が多すぎる。そうかなあ、女優って、そんなに働かなくちゃならないのか、そんなだったら、運動選手は半年で体がだめになる。走り高飛びの選手はわずか一秒のジャンプのため、二週間かけて全身の力をリラックスしてるンですよ。いいですか、リラックス。洋は指先で央子の頬をかるく突いた。央子は洋の指に彼女の指をそえて、洋に体をあずけた。洋は時折、央子の二倍も年上の男のような態度をする。央子はそれが好きだった。――央子はU1のブラッシング・ビーチをスポンジで淡く頬にのばしていった。アイ・ペンシルはミディアム・グレイをつかった。

この「ン」をカタカナにするクセは、小池一夫とかも使ってますが、発祥は上方でしょうか。

ジャンル小説はどのジャンルでも、その説得力のあるヒダを描き込んで、
読者を魅了しなければならないので、大変だと思います。

218 ペケレットの夏
 日本人は手が器用だといわれる民族だが、それはおそらく「指先」と限定したうえでのことだろう。腕はもちろん、手首の動きは意外に堅いのである。これがオールの水面からの引きあげぎわの漕力にかなりのマイナスを与えていたわけである。手首のかたさはそのままオールを握る手指の操作に柔軟さを失わせている。オールを漕ぐ力にまけて、日本人は手指の動きをとまらせてしまうのである。

頁224、森へ行きましょう娘さん♪の原曲が、ポーランド民謡のシュワジベチカ
という歌だと初めて知りました。

なんでこのオッサンはタンクトップ短パンの自撮り演奏を全世界に公開しようと思ったのか。
そういうエクストリームギタリング競技でもあるのかと、訝しがりました。以上