『宮辻薬東宮 みや・つじ・やく・とう・ぐう』読了

宮辻薬東宮

宮辻薬東宮

その辺におちてたのを手に取ったと思ったら返却済となり、じぶんでリクエストしたら半年後に読めた本です。人気があるのも分かる本。

装丁=川名潤
すべて書きおろし
アンソロジーというか、統一テーマ、お題を決めての、うれしはずかしリレー小説みたいな短編集です。講談社の腕利き編集者・エヌ氏からのプレゼンとの由。オー氏でなくエヌ氏。最近読んだまんが単行本は、すべて担当編集明記なのですが、このエヌ氏という人は、奥付等にまったく記載がなく、記念写真?のどの人か分かりません。モチーフは最初にコナかけられた、御大宮部みゆきがホラーにしたので、あとの四名はそれを拝命。

「人・で・なし」宮部みゆき

頁13
 きわめてまっとうな忠告で、別に先輩風を吹かせたわけではない。なのに、栗田君は顔色を変えた。
 ――おまえみたいに、これから一年ものうのうと無料飯ただめし喰らいしようって女に言われたくない!
 産休をそんなふうに言うことは、ど真ん中のマタニティ・ハラスメントだ。
 ――どうせまともな赤ん坊が生まれてくるわけないのに、何をたいそうにでっかい腹を抱えてるんだよ。
 田岡さんは言葉を失い、真っ青になって泣き出してしまった。先輩がデスクを離れて飛んできて、彼女を背中にかばった。
 ――栗田君、何ということを言うんだ。今の発言を撤回して謝罪しなさい。
 栗田君は鼻でせせら笑った。
 ――あんたも同類の無料飯喰らいだもんな。
 確かにあのとき、先輩は彼を殴りそうになった。でも、僕や他の同僚たちが割って入って止める前に、かろうじて自制して、
(中略)
 ちなみに、局長に対しては、先輩のこの発言がパワハラで、この騒動全体が職場いじめだと、栗田君は主張していた。

これ絶対胸倉摑むくらいすると思います。最近は、胸倉摑んでボタンが飛んだら、それでもう暴行罪だかなんだか訴えれるとか訴えれないとかウェブに知識がゴロゴロだそうで。でも、仏の顔も三度までではないでしょうか。イヤなキャラとして創作され乍ら、「君」付けされる栗田君は、他キャラも作者も操ってるな〜コントロールしてるな〜、と思いました。呪縛。現実のホントに強烈な、同じ空気すら吸いたくない嫌悪辟易の対象は、もう口から出る言葉出る言葉精神汚染の素材でしかないですが、宮部みゆきはいい人だからか、そこまでキツいキャラに仕立て上げてないです。トリセツ読むと非人間ですが、描写がおいつかない。桐野夏生火車書いてたら、もっとフツーにエグかったのではないでしょうか。あと、妖怪大戦争で見たご尊顔もフツーの人に見えました。実は人体発火能力があるとか、そういう秘めた部分があっても知りません。

「ママ・はは」辻村深月
今をときめく本屋大賞受賞者の作品をはじめて読みました。

頁87
 受験生の年、早く寝た日は「受験生の寝る時間じゃない」と叱られて起こされ、遅くまで起きていると「いつまで起きてるの。明日の授業は大丈夫なの」と叫ばれる。矛盾したルールはお母さんの中にしか正解がなかった。
 しかし、その時もお母さんはこう言うことをやめはしない。すべてはあなたのためを思って言っているのだ、と。

これ、どこでも大なり小なりこんなものではないかと思ったのですが、ズレてるでしょうか。私の周囲や見聞きする世界は、この世のデファクト・スタンダードではないのでしょうか。諸星大二郎の「子供の時間」は、反抗期の子供がいなくなる話ですが、これは… オーメンの冒頭で、「ダミアンあなたのためよ!」とのたまう家政婦サンくらいイカレてれば、笑い話になるのでしょうが… ならないかそれも。

「わたし・わたし」薬丸岳
この人の小説も初めて読みました。

頁122
 その日にあった嫌な出来事をラインに書くと、彼はすぐに「会おう」と連絡してきて親身に話を聞いてくれた。
 そんなことをしてくれたのは彼だけだった。
 彼を失いたくない。前に何度もしたような気持ち悪い思いを数日我慢すれば五十万円ぐらいすぐに用意できる。

これでもうこの男の正体にピンと来るわけですが、ピンと来ない人は経験積んでピンと来るようになるべき、とはぜんぜん思いません。経験しなくてもいいことは経験しない方がいい。女衒というかやーさんというか。何時でもどこまででも話を聞いてくれる。真似は出来ません。「こわいけどやさしいよ」「そうなんだ」ポランスキーイザベル・アジャーニのポゼッションの、メトロン星人みたいのだったらどんなにかよいか。現実はもっとこわい。私は座間在住で、こないだも、その後地元だとなんか新たなうわさとかあったりするの? と聞かれましたが、アパート塗装しなおして雰囲気変わったので、ぱっと見分からないかも、ぐらいですかね〜、と返しました。父親まだ雲隠れしたままなんですかね。

スマホが・ほ・し・い」東山彰良
い・け・ないルージュマジック。直木賞のシャンドンの人は、中森明菜に捧ぐ「流」に続く台北ストーリー。でも主人公は相変わらずじゃんか言葉。作者は九州男児なのに、なんでいつもじゃんか言葉なんだろう。スラムダンク。愛国西路とか中華路とか、羅斯福(ルーズベルト)路とか、共産中国でありえない道路名がよかったです。頁162の好兄弟は知りませんでしたので、検索しました。

好兄弟 – な〜るほど・ザ・台湾
https://naruhodo.com.tw/2017/08/01/12499/

宮部みゆきとはまた違った理由で、この作品には精彩を欠かせる、逡巡させるバイアスがあったみたいです。

頁194「作者の言葉」東山彰良
私の心中をよぎった不安は、面白半分であの世のことに手を出してはならぬという子供時分からの戒めでした。

怪力乱神を語らず。奇貨居くべし。

「夢・を・殺す」宮内悠介
この人の苗字はミヤウチと読むそうですが、本アンソロジーのタイトルでは、「ぐう」と読ませています。作者の言葉によると、ウズベキスタンカラカルバクスタン自治共和国ヌクスという街で取材旅行の折、宿がなくレストランの観光用テントに寝泊まりを余儀なくされながら、パソウコンを開いてオファーを知ったそうです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%91%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD
この人の小説も未読で、カブールをカーブルでなくカブールとしているのがあったので、それを読んでみます。

頁207
「おまえは大丈夫なの?」
 健康かどうか、という意味だろう。訊きにくいことを軽く訊ねられるのは、山岸の美点だ。
 まあ、とぼくはまた言葉を濁した。
「なんとかやっちゃいる。なんとか、ね」
 嘘だ。
 本当は、日に二錠の精神安定剤を服んでいる。

頁224
 ぼくは退勤後、自宅近くの大塚の北口商店街で自棄酒をあおるようになった。また、例によって身の丈にあわない店で、身の丈にあわない酒を。

なぜ大塚。そしてなぜ南口でなく北口。スクウェア・シュリンプ・ジュエリーにでも行くのか。ジュエリーはつかないか。

頁225
 いったい、なぜ。けれど、ぼくはそれ以上考えるのをやめてしまった。前職から数えて十年近い雇われ生活のなか、ぼくはすっかり喜怒哀楽を失っていた。
 さまよい出るように、街へ戻った。
「すみません、ショットバーではないんですよ」
 目の前で、間違えて入ったガールズバーの門扉が閉ざされた。
(中略)おとなしく家に帰って寝る気も起きず、ぼくはそのまま大塚から池袋まで夜の街を徘徊した。

226
ぼくの心は、知らず知らずに壊れかかっていたのだった。
 やがて重役出勤が増えた。
 アラームを止めてから、そのまま動けなくなってしまう症状に見舞われた結果だった。幸い、会社は誰かが欠けても補いあえる状況にまでなっていた。けれど、当然いい顔はされない。次第に、腫れものを扱うような態度を皆がとるようになってきた。

頁227
 ぼくはやり返し、そしてまた、仕事が終われば自棄酒をあおった。(中略)
 瞬発的な計算力が落ち、小さなデバックに時間をとられるようになった。
 二割八割の法則――気がついてみれば、ぼくはその八割の側に落ちていた。重役出勤による周囲への悪影響もある、ぼくはマネージャーから一プログラマに降格してくれと社長に頼み、しりぞけられた。

頁231
 少なくとも一つの憑きものが落ちたことは確かだった。けれども、酒に溺れたり、どこへ行くあてもなく深夜の街を徘徊する癖は治らなかった。ソフトはデバックができる。でも、人間のデバックは――無理とはいわないものの、限りなく難しい。
 会社のためと思ってやったことや、スタッフのためを思った行動。
 そのどちらもが、一人よがりだった。
 職場に依存する人間は、一度このような折れかたをすると、元に戻すのが難しい。ぼくは、もっと自由にふるまわなければならなかったのだ。加えて、ぼくは幽霊バグを直していくプロセスのなか、自らの、機械の中の幽霊をも殺してしまっていた。
 いや、逆だ。

(中略)少なくとも、いまぼくは空っぽの状態にあった。自分が、人の形をしているにすぎない別の何かに思えた。酔った勢いで、SNSのアカウントの類いも、すべて消してしまった。
 そんな折のことだ。

さいごのさいごにこんな引用ばかりになるとは、夢にも思いませんでした。それだけ好物だったのか。この小説に出てくる女の子、幼い頃に一度出会っていて、いま、の展開が、実は、ネタバレですが、再会後はキモがられていただけだった、という身も蓋もない説明がなんともな話でした。というかこの女の子、修正しすぎで原型をとどめなくなったデジタル画像の写真を想起したのですが、そう思われたらいやでしょうね。この女の子的には。以上