『シンデレラ・ティース』 (光文社文庫) 読了

シンデレラ・ティース (光文社文庫)

シンデレラ・ティース (光文社文庫)

シンデレラ・ティース

シンデレラ・ティース

またしても坂木司。ホテルジューシーの姉妹編というかなんというか。
読んだのは文庫本。2013年6月の10刷(!)表紙に英文名"Cinderella Teeth"
カバーデザイン―石川絢士 カバー印刷―萩原印刷
あとがき、文庫版あとがき有。参考文献有。主な取材協力医院明記。
文庫版あとがきは、文庫表紙に描かれたリボンの説明。
http://www.oralcancer.jp/4020_redwhite_ribbo/
「解説――にかこつけた感謝の言葉」は取材協力の歯科医院長直筆。
仕事が出来る人はラシカルな思考が出来るので、文章も読みやすくウマイ、
の典型みたいな文章です。ただ、あらすじは、いらないかも。
あらすじは、プロが行数稼ぎでやることだと思っていますので。

タイトルの意味は、ガラスの靴がシンデレラの足にぴったりなように、
歯の詰め物がカチッとその人の歯にフィットする、そんな意味です。
以下後報
【後報】

頁25 シンデレラ・ティー
 しかしこのクリニックは、色んな意味で私のイメージしていた歯科医院とはかけ離れていた。例えば患者さんを「お客様」と呼ぶこと。診察券を「メンバーズカード」と呼ぶこと。そして、私のような受付嬢がいること。
「要するに、院長の趣味と実益を兼ねた経営方針よ」とは歌子さんの弁(三ノ輪さんと呼ばないこと、と今朝言われた)。どうやら院長はこのクリニックに来院するにあたり、歯医者に来るというよりも、スポーツクラブやエステに来るような感覚で利用してもらいたい、と考えているようなのだ。だから室内はお洒落なインテリアで統一されているし、待合室にはトイレとは別に、パウダールームが設けられている。歯の治療を受けるときにはお化粧を落とさなきゃいけないから、これは働く女性にとって嬉しいサービスなんじゃないだろうか。
「よろしかったら、貴重品以外のお荷物を預かりましょうか」
 ソファに座っている高津さんに、私は声をかける。この「クロークシステム」も、お医者さんでは見たことがないサービスだ。私がこのサービスの話をすると、ママだけでなくヒロちゃんや他の友人までもが顔を輝かせた。
「夏はいいけど、冬場に病院へ行くと、コートをずっと抱えてなきゃいけないから嫌なのよねえ」
「病院の中は適温に保たれてるから、着てたら暑いし、いちいち荷物を持って移動するのが面倒だもん。学校の帰りにおっきな荷物持ってると、手荷物入れには入らないしさ」
 確かに、病院では身一つで移動した方が楽に違いない。自分の数少ない経験からいっても、このサービスは画期的だ。

そんなにいいならもっと広まればいいのに、広まらないのは、
従業員のサボタージュがあるのか、文化的に日本にはクロークが、
定着しないからなのか。下足番はあるんですけどね。老舗には。
モスクワの劇場にクロークがあって、おばあさんつかバーブシュカが私の、
人民解放軍ナントカコートを預かってくれた思い出があります。
私は日本でナントカ座とか行ったことないので(宝塚はあるが夏)、
クロークや幕間の軽食体験はすべてモスクワです。北京にはない。
話ついでにボリショイバレエの軽食内容書くと、エクレア食べました。
飲み物はクワス紅茶キノコも隣にあった。
さらについでに、クロークないけどボリショイサーカス書くと、
ダフ屋から切符買ったのですが、隣の席がインド人一家でした。

話を戻すと、このお話のデンタルクリニックは、品川にあるという設定です。
しかし取材先はニコタマと代々木と池袋。微妙にズラしたな、と思いました。
解説者は大学卒業後まず老人保健施設や障害者支援施設、精神科病院などで、
訪問医療を担当、その後家業を継いでサラリーマンのストレス持ちが多い、
場所で在野の患者治療に従事することとなった、とあります。
かなりネタをソリッドにそぎ落として、エンタメにはごく一部を使ったな、
と思いました。

頁153 オランダ人のお買い物
「あんたは基本的に、倫理観がしっかりしてる。でも、ときどき押しの強い人に負けておかしなことになるでしょ」
「うん」
 そう。私は他人に強く言われると「そうかも?」って思ってしまう癖がある。だから告白してくれた相手とばかり、つきあってしまうのだ。

頁138 オランダ人のお買い物
「あれ、きっとナンパよ。それも医療系ギャル好きの」
「い、医療系ギャル?」
 アニメ声の春日さんが発音すると、まるでコスプレの種類のように聞こえるけど、そういう嗜好が存在するってことよね。
「うん。スチュワーデスとか制服系の好きな人っているじゃない。そういう中で、ナースも人気あるの知ってるでしょ」
 私がこくりとうなずくと、春日さんはさらに声をひそめる。
「で、も。本物のナースって、つきあいはじめると案外腰が引ける男も多いのよ。だって仕事の時間は不規則だし、責任のある職場だからシリアスな事態も多いし」
 それは、しようがない。ていうかそんなの、最初から想像つかないんだろうか。首をかしげる私に、春日さんは続けた。
「ところが、医療系ギャルはそういうことがないの。ここに含まれるのは、歯科衛生士や医療事務従事者、それにサキちゃんみたいな受付嬢ね」
 なるほど。確かに私が見る限り、これらの職業ならほぼ定時に帰ることができるし、人の生死にはほとんど関わらないはず。
「そのくせ、制服やナース服を着てる確率は高いんだから、彼女にするにはいいとこどりよね」
「でもそれって、なんか女性を馬鹿にしてません?」

看護師は高収入だから、共稼ぎのパートナーとしてもうってつけというか、
「やめたい」「もうちょっと、俺の定年までなんとかならないか、ローンウルフ」
「手に職つけてよかった、子供連れて出てきます」「ちょ、俺かて一生懸命やってんねんぞ、バイト。ヒモちゃうねん」から、
一部上場社員のスキー骨折を捉えて離さなかった勝ち組まで、
すべて見ました。千差万別。すべては光芒の彼方。私の心境は下記です。
"I've seen things you people wouldn't believe. Attack ships on fire off the shoulder of Orion. I watched C-beams glitter in the dark near the Tannhäuser Gate. All those moments will be lost in time, like tears in rain. Time to die."

頁159 オランダ人のお買い物
「うん、今日は患者として来たんじゃないよ。ただ近所を通ったから、お茶の返事だけ聞こうかと思って」
(中略)
「携帯の番号は、お茶の時にでも聞けばよかったんだけどさ。こっちの都合もあるから、早めに時間を決めてもらいたいんだよね」
(中略)
「どうしたの? せっかく来てあげたんだから、言ってごらんよ。それともお茶じゃなくて食事がいいのかい?」
(中略)
きっとこの人とつきあったら、いつもこんな風に上からものを言われるんじゃないだろうか。私は年下だけど、彼氏と彼女は同じ位置に立ちたいと思う。だからせめて、断るときくらいは対等な立場で断ることにした。
「あの、昭島さん」
 いつ返事をしようかと持ち歩いていたコーヒーチケットを、私は足元のバッグから取り出した。
「これ、お返しします。お気持ちはありがたいんですけど、私、おつきあいすることは出来ません」
「なにそれ」
 昭島さんの顔が、いきなり不機嫌そうに歪む。そして受付での会話を聞きつけたのか、葛西さんが不審そうな表情で顔を出した。私はなんでもありません、と微笑んでから再度昭島さんに頭を下げる。
「ごめんなさい。お引き取り下さい」
「はあ?」
「次回、ご予約の時間にお客様としてお待ちしています」
 私の言葉に、昭島さんは見る見る顔色を変えた。
「君さ、ちょっとおかしいんじゃないの」
「はい?」
「僕、一度でも君につきあってくれなんて言ったかな?」
 この辺に不慣れな感じだし、親切心でお茶に誘ってやっただけなのにさ。そう言いながら昭島さんはコーヒーチケットを摑んだ。
「馬鹿にするのもいい加減にしてくれよ」
 捨て台詞を残して、昭島さんはクリニックを出ていった。

(中略)
*

 しかしというかやはりというか、予約の日に昭島さんは現われなかった。
「おかしいわね」と事情を知らずに首をひねる春日さんの手前、私は受付係として昭島さんの携帯に電話をかける。電波の遠いところにいるのか、呼び出してもなかなか出ない。諦めて切ろうとしたそのとき、いきなり電話が通じた。
「もしもし、品川デンタルクリニックですが」
「君、なに考えてんの」
 不機嫌そうな声。やはり先日のことをひきずっているんだろう。
「はい? あの、これは歯科医院としての電話です。予約に来られない場合は、事前にお電話していただきたいんですが、今日のご都合は……」
「だからさ、そういう口実で電話かけてくるの、やめてくれるかな。気分悪いよ」

相手の男は、一部読者におかしな共感されないよう、
デフォルメされてる気がします。おかしな共感は、
ヒロインへの反感につながる。曲解する読解力。
だいたいヒロイン若いのに名前の末尾に「子」がついてるし。
北川景子以外、「子」はいないとしかいえない21世紀。
とまれ、ヒロインは号泣し、職場の仲間がおおわらわ。

頁165 オランダ人のお買い物
「共感、去り際、情報。これが揃ったら、危ないからね」
 一つ、と先生は人差し指を示した。共感は、今回で言えば雨宿りでの「あっちのコンビニに駆け込めばよかった」という会話がそれに当たる。
「人と人がつながるには、どんな小さな事でも声に出して共感を煽っていけば成功しやすいんだ。なにも話題がなくたって、雨ですね、濡れちゃいましたね、で充分。話題は何だっていい」
「それって仮想敵国の設定論理に似てない?」
 横から歌子さんが、茶々を入れる。しかし成瀬先生は、首を振った。
「確かにね。共通の敵を作れば、つながりはもっと素早くなるし、共感のポイントも上がる。けど、そんな関係は恋愛では長続きしにくいよ」
 そりゃそうだ、と唯史おじさんが深くうなずく。
「不満や悪口を言っているときの顔って、素敵とは言い難いですもんね」
 囁くような中野さんの言葉が、静かに胸に染みた。
「でもってその二。去り際がやけにあっさりしてること。でもそれには条件があって、その三の情報を得ていること、というのが大前提にある。つまり、サキちゃんが品川クリニックに勤めているということを知ったからこそ、相手はあっさりと別れたわけだ」
 他にもおおまかな会社の場所とか、よく行く店とか、聞いておけば出会う確率の高い情報ってのを初回に聞いておくわけ。そうすれば、運命の再会ってやつをやりやすくなる。

男が名刺くれてたので、勤め先に同僚からガツンとかまして、
お灸をすえてもらってチャンチャンですが、逆に言うと、
ほんとうに悪い奴は、名刺くれないか、ウソ名刺くれるかも知れないですね。
座間市在住の私が言うと、背筋も凍るリアリティがあるでしょうか。

ヒロインが職場恋愛する相手は歯科技工士なのですが、
私の知ってる歯科技工士というと、食えないとか、素材横流しとか、
二度と業界に戻れないとか、在宅で家業と兼業で出来そうないい仕事なのに、
(テレビで、川魚漁の漁師が掛け持ちでやってるのも見た)
マイナスイメージばっかなので、ちゃんと身持ちの固い人もいるんだ、
と思いました。以上
(2017/11/20)