『バーのある人生』 (中公新書)読了

バーのある人生 (中公新書)

バーのある人生 (中公新書)

「バーのある暮らし」でも、「バーのある生活」でもない、人生、です。
大きく出たな、と思って、借りました。口絵写真は長嶺輝明*1。挿絵は桑原節*2

頁12
その当時は、バーの客がいったん外へ出た途端、そこはふつうの社会である。だから、いかに酔っていようと、何事もなかったかのように振る舞おうと努める。それが男というものだと、思い込んでいたし、そのように仕向けられてもいた。世間一般の常識であった。だから、平気を装って帰ろうとした。それができないで、路上に寝そべったり、ふらふら歩いていたりする男は軽蔑に値すると、「まともな」人々は考えていた。
 アメリカで、自分のクルマを運転してひとり帰る男の、後ろのクルマに同乗したことがある。ドライヴァーが「あれを見ろよ」と指さした。見れば前のクルマが盛んに蛇行している。ひと目で酔っ払い運転とわかる。「あんなことしていたら、近所の連中に付き合ってもらえなくなるからな」と、わがドライヴァーはつぶやいた。酔っ払い運転で捕まるよりも、地域社会からつまはじきになることのほうがずっと怖い。こうして少し前までは、バーで飲む特権には、重い責任が伴っていた。

バーとカクテルは共に、禁酒と飲酒がせめぎあう国アメリカで生まれ、
発達した文化であるので、この説明が実にすんなりアタマに入りました。
飲んでもしゃっきり出来る人間でなければ、バー文化に存在することは許されないのです。
じゅうらい日本の飲酒文化とは異なった、くつろぎとは非日常の緊張の中で味わうもの、
との感覚から生まれた文化であると分かります。絶えず仮面を着けて、
社交的に振る舞い続け、ベッドルームに入るまでクツも脱げない人々の文化、
それがバーなのだと。本書の構成を真似たような、ウェブ上のバー指南、
私も以前ブックマークをつけたような気がしますが、そうしたものの多くが、
バーは肩肘はらないで楽しめるものなのよ、みたいな論調で書かれているのは、
それは違う、もっともっと緊張しろ、そこにこそ自由がある、
それが味わえる人間だけがバーに来る資格がある、とこの本は主張してる気がして、
その前提がここちよかったです。私はバーにいてる習慣はありませんでしたし、
今後もいきつけのバーが出来ることはなさそうですが、
岡本喜八イーストミーツウエストみたいに、ミルクだけ飲む客になるか?)
作者のこの根底に流れる思想を、オーダーは別として試してみたい気はします。

本書によると、日本のバーの大衆化は平成以降、わりと最近の流れだそうなので、
私が正統派バーを知らず、シモキタみたいな、中央線沿線みたいな、
演劇崩れがタダ酒をねだるような、そんな、
ヴィレッジヴァンガードみたいなバーしか知らなかったことは残念だけれども、
仕方ないと思いました。

<目次>
1バーへの心の準備
 バーとは?
 人はなぜバーへ行くのか
 日本のバーの歴史
 ホテルと街場
 バーの名前
 空間としてのバー
 照明と音
2バーに入る
 初めてバーへ
 バーテンダーとは?
 人はいかにしてバーテンダーになるか?
 バーテンダーとカクテルブック
3カクテルを楽しむ
 「雄鶏の尻尾」の醍醐味
 香り立つ
 カクテルABC
 ・カイピリーニャの自由
 ・ダイキリの熟慮
 ・ギムレットの戦い
 ・ジンリッキーの葛藤
 ・ジントニックの意外
 ・アイリッシュ・コーヒーの連繋
 ・マンハッタンの錯綜
 ・マーティニの至福
 ・ミント・ジュレップの変容
 ・ソルティ・ドッグの粋
 ・サイドカーの危うさ
 ・雪国の鮮烈
4バーの時間の過ごし方
 ・入る前から注文が決まっている
 ・メニューがない
 ・同行ふたり、同じ注文をする
 ・ちょっとちがうお酒を
 ・いつものお酒とちがうものを
 ・どんなお酒が苦手かを言う
 ・「なんでもいいよ」と言う
 ・「つくるのが好きな」カクテルを尋ねる
 ・突き出し、つまみを注文のヒントにする
 ・注文したお酒が出てきたら「ありがとう」
 ・自分たちの世界に閉じこもってしまう
 ・「おいしくないものはきらい」
 ・二杯目もバーテンダー任せにしてしまう
 ・チーフがつくる、チーフ以外がつくる
 ・バーテンダーが客を試す
 ・バーテンダーが「おいしいですか」と質す
 ・バーテンダーが、高額の酒へ誘導したがる
 ・バーテンダーが「奥様ですか」と尋ねる
 ・バーテンダーがフレンドリー過ぎる
 ・店の空間が客を拒む
 ・「予約受け付けます」
 ・バーで他の店のバーテンダーに遭遇する
 ・間違い注文を引き受ける
 ・グラスを割ったときの振る舞い
 ・グラスを褒める
 ・二軒目ではバーテンダーに委ねる
 ・深酔いの客に水はすすめない
 ・ラインナップにこだわる
 ・今宵最後の一杯を、ほんとうに最後にさせる
 ・お金の足りない客を温かく遇する
 ・チャージ
 ・帰りがけに「ごちそうさま」
 ・閉店時間がない
あとがき

写せば写すほど、この手のブログとかあるな〜と思いますw

頁72
 東京・下町で長くつづいている、あるバーでは、毎日、午後二時半から六時までを掃除の時間に充てている。じつに三時間半ということになる。掃除が終わるとすぐにオープンしなくてはならない。「バーテンダーの仕事の半分は掃除」という考え方なのである。オーナーは、「バーは、お客さんに安らいでもらう場所だから、お帰りになるときは、ここに疲れを置いていってほしい。そのためにすっかり磨き上げてお迎えするのです」と話している。

頁104
 カクテルの永遠のテーマは、「強くなくて辛口で」だと言われる。辛口にするとアルコール度は高くなり、逆に弱めのカクテルをつくろうとすると、どうしても甘口になってしまう。バーテンダーとしては、心のうちでは、だったらカクテルではなくてドライ・シェリー(ドライタイプのアルコール強化ワイン)でも飲んでいればいいじゃないか、とつぶやくことがあるという。これなら、アルコール度数はさほど高くない(二〇度前後)が、正真正銘の辛口である。もちろん、そんなことを客に言うわけにはいかない。

全編こんな調子。バーは、無礼講や高歌放吟が許される世界ではないのだな、
と、やはり、安心しました。作者はバーは好きは好きなのですが、
こうした豊富な知識は、danchuの取材でおいおい得ていったとかで、
なんだ自腹でバー行脚したんじゃないのか、と、そこだけ残念でした。
人生とまで銘打ったのだから、自腹ならもっとすごいと思ったのに。以上