『ジョン・バーリコーン ―酒と冒険の自伝的物語―』(現代教養文庫)読了

 森岡裕一『禁酒/飲酒の物語学 アメリカ文学とアルコール』に出てきた本。

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これ書いた三年後の四十歳でモルヒネ自殺してるわけなので、あんまり寝覚めがよくない本です。自殺の四年後に、彼が渇望した全米禁酒法が施行されました。本書の出だしは、「自分はアル中じゃない」が婦人参政権賛成に投票した、です。なぜなら、婦人が参政権を持つようになれば禁酒法制定にむけてはずみがつくから。そう妻に語る部分から始まっています。「自分はアル中じゃないが」「酒は好きでもないが」、「ぴたっと止まっていた時期はいくらでもあったが」、「その時は全然平気だったが」、今は。

頁7、親譲りのアル中でもないし、自分に酒は向いてないが、たくさん飲める。肩幅の広い、胸板の厚い男として、飲める。私は酔ってなんかいない。

ここから始まって、若い頃の冒険談が続きます。田園地帯の貧困家庭の子として、幼いころから家計を助けるため働き始め、ボブ・ディランが後年歌う人たちのひとりとして、貨物列車に飛び乗って無賃乗車で、あちこちで肉体労働に従事し、十代前半のそれは非合法で、というか盗みで、後半のそれはアザラシ漁の遠洋船で、日本まで来ていて(横浜に上陸するが給料をすべて散財する飲み屋以外どこも行ってない)その船は船長が絶対禁酒主義者なのでぜんぜん飲まなかったが、飲まなくても平気だし、まったく飲みたいとも思わなかった。ただ、上陸すると、男の付き合いなので、飲んだ。

こういう話の前段で、五歳でビールを飲み、七歳でワインを飲んだが、うまいとも飲みたいとも思わなくて、ただスゲー飲める体質であることが発見され、それでもひっくり返るほど、「男として」飲む体験をしています。もう、いちいちこういうことを書くところが、まず。

薬物じゃなくてアルコールなんだから、十代でそんな濫飲から症状出るまで依存するわけもないと思いました。あっ、今法律やキャンペーンで言ってることと違うか。その時期の正常なまともな飲み方、飲まない時間の過ごし方を以て現在をはかるものさしにしようとして、それを他人に納得させようとしても、言いっ放し聞きっ放しでない場所で、それは通じないんじゃないかなと読んでて思いました。一般書籍として出版するとはそういうことかと。

本邦初訳。ロンドンの自伝的小説の白眉ともいえる作品。ルポルタージュの先駆者、動物小説の第一人者、これに社会派作家としての貌を加えても、本書をぬきにしてはその全体像はつかめない。短くも激しいロンドンの半生を背景に、冒険とロマンを描きながら大麦の粒バーリコーン、つまりアルコールについての瞑想録ともなっていて、アメリカ文学史上特筆すべきセンセーションを巻き起こした。

二十代前半まで従事した肉体労働で、最初は非熟練労働だったので、いつまでたっても賃金があがるはずもなし、それでは生活が安定したり結婚して子どもを作って育てるなどが出来るはずもなし、と書く辺りは、回想時、社会派の作品も書き上げていた人ならではの慧眼ご考察高察で、で、電気關係石炭関係の熟練労働者になろうとして、見習いに入り、そこがブラック企業で、それまでふたりで昼夜交代制でやってた仕事をていよくひとりで昼夜超過勤務でやれとおしつけられ、なんとかやりきって熟練労働者、設計等まで出来る世界へのキップを手にしようと奮戦し、親も水浴やら弁当やらで惜しみなく助けるのですが、無理な仕事は無理なので体を壊してやめざるをえなくなるくだりなど、なんでこんな素晴らしい読み物がアルコールのほうにいっちまうのかなあ、と思いながら読みました。

現代ではありえないわけですが、体を壊した後の彼は、文筆で身を立てようと、原稿をあちこちに売り込むことに没頭し、そのかたわら高等教育を受けようと通うが、学費等から中途で断念、しかし書いたものが次第に売れるようになり、で、という次です。

毎日千文字書くまでは酒を飲まないという誓いが破られるまでの記述が、もうアレで、どんどんどんどんです。話をそらしたり認めなかったり過去を振りかえって大丈夫だと安心してみたり、どこがどうなって毎日飲まないと千文字も書けなくなってしまいには一文字もになるのか、ループにつぐループでわけが分かりま千円。

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装幀 スタジオ・ダバ 編集 浦田伸二郎 協力 中田幸子 永原誠 写真提供 ラス・キングスマン

やめたという回のあと、これからも飲む、ただし慎重になと続ける最終回。そこから自殺するまであと三年。禁酒法はそれから四年後。なんちゅう自伝かなあ。文筆業で身を立てて、その後の人生だったのになあ。以上