『飲酒/禁酒の物語学 ―アメリカ文学とアルコールー』(大阪大学新世紀レクチャー)読了

 『酒場での十夜』(下の方に読書感想のリンク)といっしょに検索で出てきた本。

飲酒/禁酒の物語学 (大阪大学新世紀レクチャー)

飲酒/禁酒の物語学 (大阪大学新世紀レクチャー)

 

 デザイン 辻村紀子

こういう文学研究をやってる人だそうで、本書はその中間報告だとか。この後は三冊しか本を出してないので、その三冊のうちどれかが総括だったらよいなと。

森岡裕一 - Wikipedia

博士 - Wikipedia

この本で文学博士号をゲットしたそうで、そのときおんとし56歳。教授になってから七年後の博士号。モノサシが曖昧なせいで、文学部でドクターになるのはホントに大変なんだと思いますが、アルコール依存文学でそれを成し遂げるとは、やるなぁ、としか言えないです。この「やるな」は否定の命令形ではなく、讃嘆の意味。

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"THE DRUNKARS PROGRESS"『酔いどれ暦程』悪魔と酒

この口絵の引用元が分かりません。ウェブだと、あっちゃこっちゃに転がってるのは確かですが。

まえがき、七章の章立て、注、あとがきという構成。

第一章は、三人の作家を紹介しています。まず、禁酒の誓いを立てたが旅先のボルティモアで一杯の酒を口にして、結局野垂れ死にまで行っちゃったともいわれるエドガー・アラン・ポー。『アモンティリャードの酒』という、飲酒文学のアンソロジーを組むと、かなりの確率で入ってくる小説と、『黒猫』を取り上げ、ここが依存気質、これは譫妄っぽい、ここは酒害実話集に似た話がある、等々批評しています。実話集からのパクリは、どうなんでしょう。何の目的があってそんなことやってるのかと思います。小説ならいいネタ提供なのかも。迷惑ですけど。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/37/Johncheever.jpg次が、ジョン・チーヴァーという、六十過ぎてから断酒に成功した作家さん。ケニチ先生みたいな顔だなと思いました。

ジョン・チーヴァー - Wikipedia

日本語版には何も書いてませんが、英語版にはこと細かくアルコールの妄想でワイフとどうこうとか、入退院について書かれています。アル中作家のウィキペディアは、いっつもそんな感じ。

https://en.wikipedia.org/wiki/John_Cheever

on May 7, Cheever never drank alcohol again.

『再会』『ジンの悲しみ』『緋色の引越しトラック』という三つの短編が取り上げられ、最初のと最後のは、近年アイビー春樹ムラカミが訳出した短編集にも収録されています。真ん中のは分からない。レイ・カーヴァーと同僚だった時期もあるので、それで村上春樹なのだろうと。未読なので、読んでみます。

ジョン・チーヴァー、村上春樹/訳 『巨大なラジオ/泳ぐ人』 | 新潮社

第一章の最後は、シャーウッド・アンダソン。オハイオ州ワインズバーグは私も読みましたが、アルコールに関して度が過ぎた人間が出てきた記憶がないです。短編三作『おれは馬鹿だ』『なぜだか知りたい』あともう一編、を切り口にして批評してますが、いずれも未読。読むかどうか。

第二章は、『酒場での十夜』をセンターラインとし、「禁酒小説とは何か」という、本書のアウトライン、概略の説明を試みています。

stantsiya-iriya.hatenablog.com

日本ではどうなんでしょうか。ボーツー先生がまとめた上林暁『禁酒宣言』(ちくま文庫)はどうか。違うかな。中島らも『今夜、すべてのバーで』は日本を代表するスリップ小説、禁酒失敗小説なのですが、入院が内科な時点でちがうかも。プロジェクトA子をノヴェライズした女性作家越沼初美『二日酔いクン』は、本人がモデルと思われるヒロインが、適正飲酒を今後守ろう、という結末で終わり、作者がその二年後くらいから行方がようとして知れないとか怖いですが、禁酒小説ではないです。節酒小説。日本は飲酒に寛容なので、文学もそれほどはかがいかないのかなと思います。パキスタンがマントーを生んだようなわけにはいかなかった。唯一、クールジャパンとして、あじましでおが『失踪日記』『アル中病棟』を書いたのが誉れと言えると思います。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/0/07/JohnBarleycorn.JPG三章は、所謂「アルコホリズム」とは何か、の説明で、全米での、開拓者たちと酒との関係、禁酒運動の歩み、禁酒法にも触れています。四章は酒にまつわるエスニシティーとジェンダー。インディアンとかアイリッシュとか黒人とかと酒。ゲイは三章で、女性は四章。このように、整理としてはスパッとしてなくて、未分化の部分はあります。

頁92

小国アイルランドは慢性的に土地不足に悩まされ、子供たちに均等配分するとますます土地が細分化され生産性は低下するばかりであり、その問題を解決する手段として考え出された生き残り戦略が単子(長子)相続の土地継承システムである。長男が単独相続し、他の男子が結婚できないようにすれば、一定面積の農地が受け継がれる。そのかわり、結婚を社会システム維持のための、いわば、神聖なる義務、役割とみなし、一方、結婚制度から締め出された他の男子は酒場を舞台に互いに慰撫、連帯しながらストレスを発散しあうのである。こうしたアイリッシュ特有の状況を背景にして、社交・娯楽の場としてのパブ文化が発展してきたようだ。

深沢七郎『東北の神武たち』みたいな話ですが、均分相続は、中国漢民族くらいしかないという認識なので、そうかもなと思います。チベットなんか、相続以外の男子は僧院に行って僧侶になって口減らしするわけですし。

頁97、ヨッパライアイリッシュ作家として、ジャック・ロンドンが挙げられてますが、この人の自叙伝のタイトルが、『ジョン・バーリコーン アルコール漬け回想録』であるとは知りませんでした。森岡先生によると、バーリコーンは大麦の意味で、ビールの主要原料だそうですが、えっ、ウイスキーじゃないのと思いました。

https://en.wikipedia.org/wiki/John_Barleycorn_(novel)

日本では社会思想社の現代教養文庫から1986年に出ていたようです。

頁108、ワシントニアン絶対禁酒主義協会宣言が、別名「第二独立宣言」であり、文章の組立てなど、独立宣言のパロディだったとあります。婦人参政権等を推し進めた、女性解放宣言も独立宣言のパロディだったとか。おおらかな国だなと。

頁115、禁酒法とはまた別に、アメリカ先住民は、1832年から1953年まで、事実上の禁酒法下にあったそうですが、詳細が知りたかったです。

頁121、ナチスドイツは、手の付けられないアルコール依存症者に対しても、不妊手術を施したそうです。なるほど。ひどい。

第五章は、アメリカアル中作家四天王と森岡サンが呼んでいる四人のうちのふたり、フィッツジェラルドとオニールについて。フィッツジェラルドについては説明の必要はないかと思いますが、ここで森岡サンは、女性の黒髪と金髪についてのフィッツジェラルドの思い入れについて分析を試みており、シェイクスピアのダークレディ・ソネットというのを出しています。ハロルド作石のまんが読んでるのですが、そんなものがあったとは知りませんでした。これがリーか。ワースはここをけなしてるとか。マンガだと、偽装ということにするのかなあ。

ソネット集 - Wikipedia

ユージン・オニールノーベル賞劇作家だそうで、森岡サンが参考にした伝記によると、四十代に禁酒に成功しているとか。Wikipediaにはその辺書いてなかったです。英語版含めて。晩年のパーキンソン病だけ書いてる。オニールの自伝的作品『夜への長い航路』は、白水社筑摩書房から邦訳が出てるそうですが、読むかどうか分かりません。彼の人生にクロスした事象に垣間見える、前述のアイルランドの土地相続にまつわる、「母方のオジサン」問題についての分析が後半です。

第六章は、四天王の残りのふたり、ヘミングウェイとフォークナーについて。『日はまた昇る』とか『キリマンジャロの雪』とか、私も読んだのですが、お酒の悪い点とか、既に酔っぱらってるとか、そういう描写がどれほどだったか思い出せないです。森岡サン訳なのか他の人訳なのか、"Giant Killer"という単語を、「鬼殺し」と訳しています。酒の意味だとか。鬼殺しは清酒で、ジャイアントキリングは、番狂わせの意味というふうに今のサッカー漫画ではなってますので、蟻が巨人を倒したらそれはヨッパライということなのだろうかと思いました。

GIANT KILLING(49) (モーニング KC)

GIANT KILLING(49) (モーニング KC)

 

 ヘミングウェイについては、キリマンジャロの雪と同じころに発表されたやはりアフリカもの、『マカンバー』を題材に、性的不能についての隠喩を解読する試みを行っています。意図は分かりますが、脱線しているような気もしました。フォークナーについては、私は未読で(あとで考えたらアブサロムくらいは読んでた気もします。でもそれはサローヤンと混同してるのかも)しかもスタインベックと混同してたりします。『エイカリウス氏』という短編を紹介していて、調べたら、図書館が冨山房から買わされた購入した全集の25巻にちゃんと入ってましたので、その巻をリクエストして読んでみます。書架のこやしのままだったらかわいそう。

 最後の章はアルコホーリクス・アノニマスについて。まずそれがなんであるかの解説。アラノンの綴りが"Al-anon"であると初めて知りました。株式アナリストのウィリアム・ウィルソンと外科医ロバート・スミスの二人が仲間を募って始めた組織。前者がビル・ダブリューで、後者がドクター・ボブ。私なんぞはこれ見るだけで、やっぱ英語圏でも匿名性はかたちの上で一応維持出来てるじゃん、と思うのですが、まあどうとるかは自由なので、仕方ない。ボビー・オロゴンが医師免状とったらやっぱしドクター・ボブ。閑話休題。この本は文学批評の本ですので、この団体の発行する体験談集について、「告白ナラティヴ」という名称で紹介しています。ガンダムNTに合わせてこれを読むとは、私も高貴な力に導かれてるなあと(ちがう)「自分を超えた大きなある力」の最後の部分は"a power"と、わりと簡単な単語で、「われわれが理解するところの神」は "as we understand Him" 「庇護」は"care"で、それ「に委ねる決心をした」と。この団体とワシントニアンとの冷静な比較は、私初めて見ました。

で、最後は、映画においてあらわれたアルコール依存症。今でも買える作品を中心に紹介しています。黎明期の作品が「愛しのシェバよ」(私は、五百円くらいのDVDで「愛しのシバよ帰れ」のタイトルで買いましたが、積ん読状態)「ヴァージニア・ウルフなんて怖くない」その次が「失われた週末」(AAに宣伝の協力要請をして拒否されたとか。伝統)「剃刀の刃」「キー・ラーゴ」「情熱の狂想曲」「喝采」「スタア誕生」「リオ・ブラボー」(酒害映画なのかなあ…)「ハスラー」(同)「酒とバラの日々」前述団体の成立が映画に与えた影響、内容の変化が如実に分かるとか。七〇年代はなぜかこのテーマにめぼしい作品がなく、八〇年代「ミスター・アーサー」「評決」「火山のもとで」「偽りのヘブン」「男が女を愛する時」「リービング・ラスベガス」(これも積ん読)「聖なる酔っ払いの伝説」(アメリカ映画じゃないけどね、との注釈付き)などが搭乗、否、登場します。本書の紹介はここまでですが、この後、今世紀、エドガー・ライトの「ショーン・オブ・ザ・デッド」や「ワールズ・エンド」お笑い映画のハング・オーバーシリーズ、デンゼル・ワシントンの「フライト」などが出てくると考えればよいのかなと。

ちくま文庫の『立ち飲み屋』でも、「失われた週末」や「愛しのシバ」が出てきて、それと同時に邦画の「血槍富士」が登場し、この、弱いんだけれども飲むと荒れるので、それで飲み屋の乱闘でめった刺しにされてしまう殿さま(参勤交代のとちゅう)と、その主君の仇討ちをするヤッコの話を、まずDVDで買った思い出があります。よくそんなカネがあったものだ。今考えますと。

森岡裕一さんは、何故かは分かりませんが、ながらくこのテーマに挑んでる人のようで、他にももう二冊検索で出ました。また機会があれば読んでみます。

「依存」する英米文学 (阪大英文学会叢書)

「依存」する英米文学 (阪大英文学会叢書)

 
酔いどれアメリカ文学―アルコール文学文化論

酔いどれアメリカ文学―アルコール文学文化論

 

 以上