森岡裕一さんの『飲酒/禁酒の物語学 アメリカ文学とアルコール』に出て来た小説家。60代で断酒に成功したとのこと。その人の晩年に刊行されたぶ厚い短編小説集大成全61編から、50年代の小説15編を抽出したものが本書だそうです。1912年生まれだから、50年代は四十代。酒害がひどくなるのは60年代後半から70年代だそうですので、この短編集が抽出した時代はまださほどかなとも思いましたが、どうしてなかなかでした。というか家庭もあるのですが性に執着する人だったそうで、女性には絶えず注力してたそうで、中年期に男性にも目覚めるのですが(没後遺族が明らかにした)相手が創作講義の生徒というのを読んで、女性を惹きつける魅力が減退した時期に、男気でそれを埋めてもらった感じがしました。
読んだのは初版。訳者川本三郎 巻末に訳者あとがき 装画 宮いつき 装幀 渡辺和雄
私もほかの多くの方の読書感想同様、砂を嚙むような思いで、わざと抑圧したような、盛り上がりを押し潰した段落の羅列を読み進みましたが、途中から突然面白くなりました。不思議だ。それまでは、エリザベス・トラウトの『オリーブ・キタリッジの日記』みたいな郊外の描き方がいいのにと思いながら読んでました。
The Stories of John Cheever - Wikipedia
本にもウィキペディア(英文)にも各話の初出が書いてません。年次くらいは知りたいのですが。訳者あとがきの「50年代」で満足するしかない。
The Stories of John Cheever (Vintage International) (English Edition)
- 作者: John Cheever
- 出版社/メーカー: Vintage
- 発売日: 2011/04/20
- メディア: Kindle版
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<目次>
さよなら、弟 -"Goodbye, My Brother"
小さなスキー場で -"The Hartleys"
クリスマスは悲しい季節 -"Christmas Is a Sad Season for the Poor"
離婚の季節 -"The Season of Divorce"
貞淑なクラリッサ -"The Chaste Clarissa"
⇒ここまで無味乾燥でした。
ひとりだけのハードル・レース -"O youth and Beauty!"
⇒突然面白くなります。これは若い頃突出した運動選手だった人の物語。
ライソン夫妻の秘密 -"The Wrysons"
⇒町の秩序を守ることだけに粘着する夫婦もの各々の嗜癖をおもしろく語る話。
兄と飾り箪笥 -"The Lowboy"
⇒料金所が出てきます。米国ハイウェイはどこまでフリーなのか。
美しい休暇 -"The Golden Age"
⇒イタリアものワン。フランク・マコートのようなアイルランド人の先生を、
クラスの大半がおちょくりこかす中、ひとりだけ目を輝かせて、
正しい標準英語と美しい標準英語の習得に努めたイタリア系少年が、
その後…というふうに読みました。
故郷をなくした女 -"A Woman Without a Country"
⇒イタリアものツー。こういうわけで世界各地に流浪の米国人がいるのかと。
この女性の出奔理由がアホすぎて気の毒でした。ネグリジェ一枚で、
旦那を駅に送って帰りガス欠でナンパ師が見つける。21世紀なら#metoo
BLTサンドと書いて訳注でベーコンレタストマトサンドとするのではなく、
かたくなにベーコンとレタスとトマトのサンドと書いています。
ジャスティーナの死 -"The Death of Justina"
頁178
しかし私がタバコと酒をやめたのは、社会的な制約に強いられてしたことではなかった。(中略)食事に出かけようとしたとき私は、頭がどうかしていたので車の運転を妻に頼んだ。日曜日に、私は、人に見られないあちこちの場所で隠れてタバコを七本吸い、一階のコートの戸棚でマティーニを二杯飲んだ。月曜日の朝食の席で皿の上のイングリッシュ・マフィンが私のほうをじっと見ていた。
この話は、ある法規制の不条理さを訴えてるんですが、
妄想か現実か分かりませんし、それを巡る会話と主人公の動きが、
モロな気がします。それで、主人公は広告屋なのですが、仕事も、
上司との交渉も、突然破たんしているように感じられます。
頁180
彼が私に書かせようとしたコピーは、エリクシアコールという強壮剤のもので、テレビのコマーシャル用だった。ある女優がそのコピーを読むことになっていたが、彼女は若くもないし美しくもなかった。ただ性的に奔放という感じがした。それに何より彼女はスポンサーの叔父のひとりの愛人か何かだった。私はコピーを書いた。「あなたは鏡に映る自分の姿を愛さなくなっていませんか? 朝、あなたの顔はしわがふえ、アルコールとセックスのしすぎでやつれて見えませんか? 身体の他の部分はまばらにうぶ毛の生えた、灰色がかったピンクの肉塊になっていませんか? 秋の林のなかを歩いているとき落ち葉を燃やす焚き火の匂いにかすかな違和感を感じませんか? 自分の死亡記事をもう用意していませんか? すぐに息切れしませんか? ガードルをつけていませんか? 嗅覚は萎えていませんか? 園芸への愛情は薄らいでいませんか? 高所恐怖症はひどくなっていませんか? 性的欲望は以前ほど激しくなくなっていませんか? 奥さんのことを、寝室に間違って迷い込んできた、頬のこけた赤の他人と思うようになっていませんか? もしいまいったことのひとつでも心当たりがおありなら、あなたには若さの濃縮ジュース、エリクシアコールが必要です。小さなエコノミー・サイズ(ボトル入り)が七十五ドルで、大きな家庭用のボトルが二百五十ドルになります。確かにいい値段ですが、このインフレ時代のことですし、それに若さに値段をつけることなど出来ないでしょう? もし現金がなければご近所の高利貸しに借りるか、近くの銀行を襲うか、してください。十セントと水鉄砲と紙ぺら一枚でも気の小さい出納係を震え上がらせて一万ドルせしめる可能性は三分の一はあります。みなさんそうしてます。(音楽、高まり、消える)。」私はこのコピーをメッセンジャー・ボーイのラルフィーを通してマクファーソンに渡した。そして四時十六分の列車で、荒廃がひどく進んでいる風景のなかを走りながら家に向かった。
父との再会 -"Reunion"
⇒森岡裕一さんの本で取り上げられてる話。その時の印象と、
だいぶ違います。私が中国人の店で、ニンニクにしょっちゅう頼るな、
時には味のハーモニーをぶち壊してしまう、とか、
誰もかれもが中国語が分からないと思うなよ、とか、
言ってるようなものではないかと。
海辺の家 -"The Seaside Houses"
⇒前の噺の発展形とも言えるかも。海の家を借りたら、
その家のあちこちに隠し酒の形跡が見つかって、それで…
と言う話。主人公の自己申告を字面どおり受け取る
必要はないです。字面どおりの人なら家族旅行を抜け出して、
職場の都合のいい女をあれこれしない。
世界はときどき美しい -"A Vision of the World"
⇒これも海辺の家ですが、もう主人公は処方箋藥の世界へ。
もてそうもない女性と知り合って、先が楽しみとにんまりします。
エリクシアコールがふたたび登場。
橋の上の天使 -"The Angel of the Bridge"
⇒高所恐怖症とか閉所恐怖症とかの関連の話ですが、
実体験ではないのではないかと。聞いた話っぽい。
頁261
“私は恋人に種子のないチェリーをあげた”」。彼女は飾らない声で歌った。「“恋人に骨のないニワトリをあげた。恋人に終りのない話をした。泣かない赤ん坊を産んであげた”」
泣かない赤ん坊は産んでもらっても困るが、そのつもりで産む女性はいません。
以上
【後報】
ページは忘れましたが、蝮に咬まれたら死ぬので、蝮を撃ち殺そうとショットガンを持ち出す場面があります。これ、原文もマムシなのかなあと思ったのですが、調べてみると、北米にもマムシがいました。
ショットガンを持ち出さなくても、咬まれないようゴム長ゴム手をつけて、足でふんづけてナタかなんかで頭落とせばいいのにと思いました。ハブはそうやって成仏させますが、蝮はすばしっこいのかな。
(2019/1/17)