『いとしい人たち』ゴーパル・バラタム短編集 "Figments of Experience" Short Stories by Gopal Baratham(アジア文学館)読了

アジア縦断アンソロジー『絶縁』に掲載されたシンガポールのマレー系作家アルフィアン・サアットサンの小説がおもしろかったです。それで、彼の短編集邦訳二冊を読みました。二冊目の『サヤン』(原題:コリドール)の邦題「サヤン」について、ゴーパル・バラタムサンが『サヤン』という長編で定義してるのがもっともイイヨ、とアルフィアンサンが言っていたそうなので、その話は邦訳されていないのですが、この短編集が邦訳されてたので読みました。

左は中表紙部分。『十二月のバラ』という作品にも挿絵として使われています。イラストはスージー・ウォンという華人シンガポール人(マジョリティー)装幀は板谷成雄サン。
訳者あとがきで、訳者にバラタムサンが言うには、マレー語で「愛」をあらわす単語は三つあって、博愛の"sayang"、"like"の意味の="suka"、肉体の愛"cinta"だそうです。サヤンを具現した行為も出て来るのですが、それより、関内や平塚、渋谷などに店舗のあるインドネシア料理店「チンタ・ジャワ・カフェ」のチンタがそんな意味と知って、あーだからハラルなのに裸婦像や裸婦の絵を置いてて、フィリピン人なんかも来るんだ、と腑に落ちました。

Gopal Baratham - Wikipedia

バラタムサンはインド系シンガポール人(マイノリティー)で、イギリス仕込みの神経外科医と作家の二足の草鞋を履いていたとか。作品からしても、インド系の中の多数派(66%)タミル人ではないかと。まあ、分かんないですけどね。2002年逝去。生前、出版社の印税不払いに対し、後進育成のため裁判起こして勝訴勝ち取ったりといろいろご活躍だったことが「訳者あとがき」に書かれてます。晩年もいろいろあったようで、ウィキペディアのリンクの、鄧サンという人の記事に、もやっとなんか書いてあります。

「訳者あとがき」によると、下記の人だそうです。

穏やかで、大変知的で、まるで沈黙が恐ろしいかのように機関銃みたいに喋りまくるタイプのシンガポーリアンとは違って、相手の話にも耳を傾け言葉を選びつつ落ち着きと自信とに溢れた態度で語る人

また、厳格な菜食主義者であり(非ムスリムのインド系だからじゃないのと思ったですが、幸節サンは何故なのか分かりがたかったようです)四人の息子さんのひとりは、カナダ留学中、29歳で自裁してるそうです。そういうことが書いてある「訳者あとがき」

本書巻末に詩人の木島始という人の特別寄稿「アジア文学の愉しみ・高度で良質の作品に魅せられて」あり。訳注あり。収録作品のうち、ふたつは再録だそうで、初出誌への謝辞あり。段々社坂井正子サンへの謝辞あり。トヨタ財団「隣人をよく知ろう」プロジェクト助成。

いとしい人たち

Figments of Experience - Wikipedia

で、本書なのですが、訳者の幸節みゆきサンにどこまで責任があるか分かりませんが、全十編と歌ってるのに、原著は十五編です。五編紙数の関係か何かで割愛された。で、原題"Figments of Experience"(経験の産物)が邦題『いとしい人たち』になってるのは売るための方便なのでしょうが、各作品の邦題から原題が推定出来るものが半分以下で、何が割愛で何が掲載なのか、さっぱりさっぱりでした。本書は各作品について、原題どこにも書いてないです。わざわざシンガポール人のイラストを各所に入れてるのに、どうしてこうなった

dic.pixiv.net

『インタビュー』"The Interview" ⑧

『日暮れ酒』"Sundowner" ⑬

『婚礼の夜』"Wedding Night" ⑥

『究極の商品』?

『ラブレター』"Love Letter" ③

『十二月のバラ』?

『生きている記憶』?

二重露出』?

『帰宅』?

『から元気』?

下記11編の原題のどれとどれが上記六編の?に該当するか、みんなでトライしてみよう!

"Welcome" "Vocation" "The Experiment" "The Wafer" "Tomorrow's Brother" "Island" "Figment of Experience" "Confidence Trick" "Ghost" "Ultimate Commodity" "Cliseemah Caloh"

『インタビュー』は戦メリみたいな日英の尋問拷問処刑の話(戦後攻守交代しての戦犯処刑含む)

『日暮れ酒』はモームサンのようなコロニアル情緒タップリな話。

『婚礼の夜』はタミル人が如何に酔うとヒワイなのか(男女ともに)の話。

『究極の商品』は臓器移植をめぐるSF。

『ラブレター』はダダイズムっぽくもある戯曲的な構成。

『十二月のバラ』は老人の追憶。

『生きている記憶』も老人の追憶だが、ちょっとSF。

二重露出』は小粋な都会の恋愛模様で、ツァイ・ミンリャンの台湾映画「愛情万歳」っぽくもあり。

『帰宅』は、『十二月のバラ』『生きている記憶』と同類項の話。得意技でしょうか。

『から元気』訳注で、「原文では Dutch Courage」と書いてるのに、それがタイトルじゃないとは。む~ん。という、戦後の共産ゲリラの話。

こうなったら乗りかかった舟なので、今まで敬して遠ざけてきた、華人シンガポール人の小説も読むかもしれません。でも、読まないかもしれない。以上