もし川がウィスキーなら (新潮社): 1997|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
表紙は原書と同じです。装画 BASCOVE/ORION PRESS 装幀 新潮社装幀室
巻頭に誰かへの献辞と、イタロ・カルヴィーノ『冬の夜一人の旅人が』からの引用文。
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上の本を読んだ時に、訳者あとがきに、彼の短編が三つほど紹介されており、そのうち二編が本書に収められているとのことでしたので、図書館で借りて読みました。
Contents:
『モダン・ラヴ』"Modern love"
原書では二番目に來る話なのですが、邦訳ではトップバッター。潔癖志向で全身ムードンコな人物を描きます。ただその人物が、未開社会の感染症や寄生虫などを専門に研究する人というポイントが、数年前、ついったかなんかで、そんなことを吹聴していた人がいたなと思い出されました。確か、行ってないインド料理屋の料理をぱくって載せてた人です。むかしの訳なので、パッタイを「ファット・タイ」シンハー・ビールを「シンガ・ビール」と訳してます。やんぬるかな。
『お粗末なフグ』"Sorry Fugu"
原書ではトップバッター。邦訳では二番目。以後、原書と邦訳の順番は変わりません。どんなお店もクソミソにけなす料理評論家の正体が、実は… という話。マルコポーロのマンガ特集で、『美味しんぼ』最終回予想で、最凶の味音痴、ジャンクフードキチガイ登場説がありましたが、さてこのお話は。
『大売出し』"Hard sell"
イスラム革命後のイランを舞台に、ホメイニ師を篭絡するヤンキーを描く。アヤトラ・ホメイニのパリ滞在時の状況想定を、CIAも本書レベルに考えていたとしたら、そりゃデルタ・フォースも失敗するやろという。革命防衛隊がイスラエル製のウージーで武装しているというのが、???でした。米製なら分かるんですが、イスラエル製なんて、と思ったのですが、革命前は採用してたようで、それでコミテが持ってたってことなんでしょうね。
『心の平和』"Peace of mind"
家庭用の警報器や監視カメラのセールスレディーと、購入者の話。ちょっと分からないオチでした。
『沈む家』"Sinking house"
夫が急逝した後、すべての水道の蛇口を出しっぱなしにすることにした老婆の、水浸し状態の隣人を描く。
頁83
救急車が隣の老人を運んでいってから二週間たった日、メグ・ターウィリガーはサンルームに敷いたイスラムの祈禱用絨毯の上でストレッチ体操をやっていた。脇の床の上の灰皿には火のついたメンソールの煙草がのり、サンディ・アンド・ザ・シャークスの新しいCDが隅の巨大なスピーカーから鳴り響いていた。メグは二十三歳で、きゃしゃな骨格にくぼんだ目はまるで孤児ポスターの子供だった。黒い髪を、前は長く、脇はこめかみのところでばっさり切っていた。目のあたりに光るアイシャドーはひもじさを演出するためだった。三十分したら、保育園にティファニーを迎えにいき、マーケットでオナガザメの肉を一パウンド半とコリアンダーとトルティージャの皮を買う予定だった。夕食はブリートなのだ。でも、いまはストレッチである。
ブリートではなくブリトーだと思いますが、オナガザメの肉をどうするのか。ソテーか、フライか。"sandy and the sharks"というバンドは検索で出ませんでした。
『人間蠅』"The human fly"
生きるか死ぬかの曲芸で歴史に爪痕を残そうとする、ハンガリー移民の話。でもどうせヒューマンフライで思いついたダジャレだと思います。ハンガリーといえばシュワルツェネッガーですが、あんまそこは考えなくていいかと。ヒューマンフライは、ハロルド作石の『BECK』に出て来る歌でもありますが、検索するまで忘れてました。続編に『超絶蠅』"The Super Fly"はありません。
頁115
(略)しかしジョニー・カーソンは間髪を入れずに飛行機のジョークを二本立て続けに話し(「中華航空の新しいスローガンを知ってますか?」一呼吸おいて「『わたしたちが車を運転できるのはご承知のとおり。飛行機の操縦だってできます』というものですよ」)観客は喝采を送った。
『帽子』"The hat"
アラスカにふきだまった男女の物語。そんなところでも、親族からの仕送りで生きている男がいる、という点が執筆動機か。
『メ・カゴ・エン・ラ・レチェ』"Me Cago en la leche" (Robert Jordan in Nicaragua)
訳者あとがきによると、ヘミングウェイ『誰がために鐘は鳴る』のパロディというか21世紀後半のニカラグア内戦で子孫が同じ境遇に陥って、という小説だとか。グリンゴがアメリカ人で、「ラ・レプタ・ケ・ロ・パリオ」が「おまえもバカだね」で、「ケ・プタ・エス・ラ・ゲーラ」が「戦争はバカヤローだ」です。尻をぷりんぷりんさせて素っ裸で歩いていった(頁155)少女の名前がビダルスだかコンセプシオンとあり、別のお話も混在させてるんだなと思いました。
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『再会のとき』"The little chill"
団塊世代アメリカ版というべき人たちの不惑、四十歳の誕生パーティーの話。訳者あとがきによると、1983年に大ヒットした洋画"The big chill"『再会の時』のパロディだそうで、邦題はそれだから、ビッグリトルから離れて、映画の邦題に準じたそうです。
『ハチの王』"King bee"
『イースト・イズ・イースト』訳者あとがきで、「養子を育てるのが中流以上の米国のステイタスという風潮を揶揄した『帝王蜂』」と紹介されている作品。ブラジルから来た少年というにはあまりに不気味なのですが、その不気味さも、パロディかもしれず、なんだか腹黒い作家、と思いました。
『解氷』"Thawing out"
本書でひとつだけ、まじめで、素描がいきいきとした話。ロシア系もしくはウクライナ系の女性とニューヨークでつきあって、モラトリアム動機で逃げる男の話。
頁201
(略)トマトと麺の料理を彼女はスパゲッティと称していたが、香りも作り方も見た目も、キエフ料理そのものだった。と言っても、ひどい料理というわけではなくて、彼が知っているスパゲッティとはまったく違う代物だった。
宮崎うどんみたいなロシアのパスタは、下記の本でも読んだことがあります。
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『悪魔とアーヴ・チェルニスキ』"The devil and Irv Cherniske"
悪魔と契約する米国サバーブ住人の話。たぶん。「支那人」ということばが二ヶ所ほど出ます。原書ではチンクじゃいかな。高島俊男『支那は悪いことばだろうか』より後にこういう訳をするのは、お言葉ですが、アウト。チンクの和訳なら、シナ人という中立的なことばを悪い意味で使うのではなく、チャンコロと訳すべきでした。そんな度胸はないんでしょうが。
『奇跡』"The miracle at Baqllinspittle"
ラリって書いたような話。本書は、青山南という人と古屋美登里という人ふたりで訳していて、それぞれ末尾に(A)(F)とサインして区別しています。
『ザパトス 靴』"Zapatos"
kotobank.jp『サル女史の引退』"The ape lady in retirement"
チンパンジーを人間として育てたらどうなるかという実験が当然のように破綻した後も、実験体のチンパンジーは生きており、誰かがケアをせんければならん、という話。レディー・エイプ、否、エイプ・レイディーなのでサル女史と訳されています。
『もし川がウィスキーなら』"If the river was whiskey"
いちおう、アルコール依存の父親を扱った、まじめな作品だそうですが、どうも信用ならなかったです。世界のハルキ・ムラカミは当然この小説も知ってたんだろうなと。
その後、「新潮」1989年9月号掲載の同年7月インタビュー、聞き手は古屋美登里サンが載っていて、音楽関係で有名人になりたかったが、途中で創作系ライターに鞍替えして、まんまと南カリフォルニア大教授にまでなって、安定をゲットしたコラゲッサンサンに、創作の秘訣を聞いています。とにかく模倣模倣模倣から初めて始めて、どこかでそれを脱却しよし、でないと模倣から逃げられなくなる、だそうです。成る程。
その後、「ボイル讚江」と題した青山さんの訳者あとがき。
こんな本で、最初、図書館本があるのに気づかず、日本の古本屋にもブッコフにも在庫がないけれどアマゾンの出品にあったのでポチって、夜九時半くらいに、図書館在庫に気づいてキャンセルをポチったのですが、翌朝メーラーを開いたら、夜十時半くらいに、出品者からやたら長文メールが二つ届いていて、キャンセルに気づかないフリをしてその夜のうちに発送して、その通知でした。あまりのアホさに、そんなヤカラもおんねんな、とほってましたが、その夜のうちに発送したにしてはまあまあ後に届き、ホントはアマゾンはそれから三週間強返品可能だったのですが、知らなかったしめんどくさかったのもあり、いまだに開封しないでほってます。こないだ行った、志村けんの街の業者さん。図書館リサイクル本らしいので、そんなに状態は悪くないと思うのですが、さてどうするか。誰かにあげようと思ってますが、誰がいいかなあ。以上