『花ひらくユダの木・昼酒』"Flowering Judas", "Noon Wine" and Other Stories. by Katherine Anne Porter K・アン・ポーター(英米名作ライブラリー)読了

花ひらくユダの木・昼酒 (英宝社): 1957|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

www.eihosha.co.jp

en.wikipedia.org

表紙の素描を誰が描いたかは書いてません。著者の、ペール・ホース、ペール・ドライバーという小説が面白かったので、ほかのも読んでみようと思い、日本の古本屋で税込¥1420送料¥185で買いました。『花ひらくユダの木』は、1961年に学生社から出た『アメリカ短編名作集』*1と、1972年に南雲堂から出た『対訳アン・ポーター』*2にも入ってるそうです。また、『昼酒』は、1978年主婦の友社から出た「キリスト教文学の世界」第20巻*3にも入っているとか。

本短編集は、『昼酒』だけ尾上正次サン訳で、ほかは野崎孝サン訳。

『花ひらくユダの木』"Flowering Judas"

1930年の短編集でまず世に出た小説。花開くユダの木というといかにもぎょうぎょうしいのですが、解説によると、なんのことはない、アメリハナズオウ(花蘇芳)という木だそうです。*4

関係ありませんが、裏表紙の英宝社のロゴがカッコイイです。"THE SIGN OF A GOOD BOOK" 現在の同社のものとはちがふ。

メキシコで、女性に言い寄らないと失礼だからみたいなルールで自宅前に夜遅くまでずっと押しかける女房持ちの男が奏でるギターを聴きながら、政府軍と革命ナントカの戦闘に関係して、どっちかの勢力に差し入れなんかをする米国人女性と、男の女房のスケッチ。米国人女性はだからひとりもので、お手伝いさんを雇っていて、胸が大きいそうです。ずっと粘着する男は太っていて押し出しがよく、そっちの戦闘というかいさかいでは、リーダー格なのかな。

頁8、グリンガとルビを振って「毛唐女」、グリンギタとルビを振って「毛唐娘」としており、グリンゴ手塚治虫絶筆のマンガタイトルにもなった有名な単語ですが(しかし手塚治虫は白人の意味でなくバナナ的オリエンタルの意味でその用語を使っており、どういう状況下で当該単語を取得したか興味あるところです)女性形や娘をさす語形変化があるとは知りませんでした。

eow.alc.co.jp

Gringo - Wikipedia

ejje.weblio.jp

discovernikkei.org

左は、chatGPTが一枚噛んでると思われる、昶かなおおまちがいのGoogle検索結果。息子の手塚眞が諸作品を描いたことになっている。ビジュアリストが父親のフンドシでノベライゼーションでも書いたんかいなと開いたら、AIのしわざで残念閔子騫でした。

『サーカス』"Circus"

1944年の短編集"The Leaning Tower and other Stories"『斜塔』収録。自身の幼少期をもとにした所謂「ミランダ物」の一篇。神経質なところのある南部旧家のおひいさまミランダが、サーカスを見に行くも先取不安の連続で中途退場、帰宅してしまい、サーカスを楽しみにしていた黒人阿妈をガッカリさせるという話。黒人乳母と主家の娘との関係性がおもしろいです。また、南部の大家族、子だくさんの中にあっては、銀の匙を咥えて生まれてきた、森茉莉のマリアみたいのが一匹混じっていると、その子はいとこはとこの中で必ず浮いてしまうことも分かります。

『墓』"Grave"

1944年の短編集"The Leaning Tower and other Stories"『斜塔』収録。自身の幼少期をもとにした所謂「ミランダ物」の一篇。神経質なところのある南部旧家のおひいさまミランダが、兄の銃を使った狩猟についていき、仕留めた兎が妊娠していたので、皮を傷つけないよう手慣れた仕草で解体したその下腹部に、ぎっしりうさぎの胎児が眠っているところを見せてもらって、生命の神秘に感動する、という話。たぶん。

『マリア・コンセプシオン』"María Concepción"

1930年、短編集『花ひらくユダの木』"Flowering Judas and Other Stories"収録。これもメキシコの内戦に材をとった小説。18歳でおないどしの夫と恋愛結婚したマリア・コンセプシオンは、その妊娠中、15歳のマリア・ローザに夫を寝取られます(もちろん夫のほうがローザにチョッカイを出してるわけですが)ローザと夫は政府軍の募兵に応じて村を出て駆け落ちし、戦火のもと転戦し、やがて飽きて脱走して村へ帰ります。生後五日で息子を失ったマリア・コンセプシオンは、妊娠して臨月のローザと夫を見ることとなり、そして、という小説。

eow.alc.co.jp

María Concepción (short story) - Wikipedia

火のような女、烈婦というのでしょうか、それは、夫のせいもあって形成されるのか、などいろいろ面白い小説です。私はおもしろいと思いました。『昼酒』の合衆国裁判と、本作のメキシコの裁判を比較して、メキシコを下に見る考えは作者にはなかったろうと思います。夫の名前"Juan"は、現在ではホアンと訳すのがふつうですが、フワーンと訳しているので、ムスリムの話を読んでる気分になりました。回教徒なら一夫多妻なので、女に手が早い色男であっても、こういう悲劇は起こらなかったかもしれません。そのかわりイスラム世界だったら、どっちかの娘の男性親族が、恥辱を雪ぐ復讐をするかもしれません。そしてそれは、ラテンアメリカでもありそうなこと。たしかコンセプシオン係累が老いた母親ひとりで、その母も死ぬんだったかな。後ろ盾のないネトラレ女の一発逆転劇。

『昼酒』"Noon Wine"

1939年の、『蒼ざめた馬、蒼ざめた騎手』に収録された作品。1896年から1905年までの南テキサスの小農場が舞台、と冒頭にあり、何か実話をもとにしていると分かります。まだ世界がそれほど広くない時代ですので、著者が見聞きした田舎の話だと思われ。

Noon Wine - Wikipedia

ふらりやってきた奇妙なスウェーデン人の青年が実に働き者で、みんなの暮らしがよくなり、しあわせになるが、地平線の果てから黒雲が、という話。飲んだら終わりという教養小説かいな、つまらん、と途中までは思っていたのですが、それはブラフで、ハモニカへの病的な執着などほかの面もあり、スウェーデン人青年を守るため農場主が下した判断がたいそう意外で、引き込まれました。彼の判断は合衆国の法的にはよいかたちで決着がつけられるのですが、判決は人民の名においての村八分までは解くことが出来ません。シャーリイ・ジャクスンの"The Lottery"『くじ』*5は、発表当時アメリカでヒステリックに叩かれまくった、「不快な小説」だったそうですが、この小説のようなことが積み重なったら、必然としてそういうこともあるかな、という。いい話でした。下腹部の傷がまぼろしだった、という展開も秀逸。

以上