『イースト・イズ・イースト』"EAST IS EAST" by T. Coraghessan Boyle translated by Naoki Yanase T・コラゲッサン・ボイル著 柳瀬尚紀訳 読了

現代の侍になるんだ――― 武士道精神に生きる混血児ヒロの 父親を求める無垢な心情と行動と破滅! 東西文化の融和は果たして可能か? 軽いタッチで永遠のテーマに挑む異才の最新長編 出生ゆえに、いわれのない迫害を受けたヒロの心を捉えたのは、三島由紀夫の「葉隠入門」で知った武士道精神だった。父親の国アメリカに理想郷を夢見たヒロは、コックとして乗船した「十勝丸」から海へ身をおどらせる。だが不法入国者として追われる身に……愛を求める無垢な少年を救えなかった東西文化の越えがたい壁を鋭く突く。

スティーヴン・キングサン『書くことについて』に出て来た本。読んでみようと思い、近隣図書館に蔵書がないので、アマゾンで本体¥487、送料¥350で買いました。帯付きでラッキー💛

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イースト・イズ・イースト (新潮社): 1992|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

East is East (English Edition)

East is East (English Edition)

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左はカバー折。

Masami Teraoka
Hanauma Bay Series/Camera Crew and Blowhole II, detail, 1982 Watercolor on paper
Masami Teraoka is represented by the Pamela Auchincloss
Gallery, New York

装画 寺岡政美

巻末に「訳者あとがきーT・コラゲッサン・ボイルへの誘い」あり。

それによると、本書はあえて喜劇と言っていいような作品で、同意しますが、それゆえに読者を選ぶ作品です。笑えない人は笑えないでしょうし、笑える人も、これだと爆笑はしないかな。イースト・イズ・イーストは、もともとキプリングの詩だそうで、訳者の邦訳によると、「ああ、東は東、西は西、二者はけっして出会うまじ」

キップリングの詩”West meet East”の全部 | レファレンス協同データベース

"The Ballad of East and West"
Oh, East is East, and West is West, and never the two shall meet,
Till Earth and Sky stand presently at God’s great Judgment Seat;
But there is neither East nor West, Border, nor Breed, nor Birth,
When two strong men stand face to face, tho’ they come from the ends of the earth.

柳瀬サンは、キプリングには、従者の子どものアタマを撫でた英国人サーヒブが殺害されるミステリー短篇があると書いてますが、タイトルなど検索してみて、分かりませんでした。また、本作に関連した事件として、1985年カリフォルニアで邦人主婦が親子心中を試みて、自分だけ助かり、米国で避難ごうごうだった件が挙げられています。

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1985年1月、カリフォルニア州サンタモニカの海岸で、32歳の日本人主婦が、4歳の息子と6歳の娘を道連れにして入水自殺をして、自分だけ一命をとりとめた。

 心中の原因は夫の浮気。保護された女性は、取調官に「子どもだけを残して死ぬことは心配でできなかった」などと供述したという。

 我々の感覚では、「痛ましい悲劇に全米が泣いた」みたいな反応を想像するだろうが、当時の全米は腰が抜けるほど驚いた。その衝撃を、現地メディアのヘラルド・エグザミナー紙がこんな風に報じている。

 「米国では母親が愛情から子供を殺すことは極めてまれ。あったとしてもそれは憎しみからで、狂気のさたか、身勝手な残虐行為として非難される。ところが、日本では親子心中が年間四百件もある。しかも、自分だけ死ぬより、子を道連れにする母親の方が慈悲深いとされる」「これは日本社会では就職、結婚などのさい、以前、親のない子が差別される風潮があるからだ」(読売新聞 1985年3月15日)

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柳瀬サンは登場人物のダジャレめいた名前を意訳しており、「ツボネスキー」とか「アホンダラー」とか「ヒナビー」とか変な名前、と思いながら読んだのですが、それぞれ原文では"thalamus"(古代ギリシャの女性の寝室)"anserine"(ガチョウのような、ばかな)"grobian"(無骨な田舎者)だとか。わざわざ意訳しなくても註でいいのに、と思いました。

日本人船員に「ウナギ」という名前の人物が出るのですが、ここでうなぎを使ってしまったからか、「祖母が魚の頭とイールでこしらえてくれたほんのり海のかおりがする煮出し汁」(頁9)という、イールって鰻だよなあ、なにこれみたいな文も出ます。

コラゲッサン・ボイルサンは、たぶん日本通なのですが、頁108に宦官が出るのは、ちょっと違うと思いました。また、頁115、「十二世紀の中国武昌省の藁紙製造史に関するブッククラブ選定図書」は私も読んでみたいと思いました。頁330に「胡芒亭がチワワ犬を電子レンジで焼き、全米愛犬クラブが彼らをアウシュヴィッツナチスと呼んだ」とある部分も、在米華人の絡みの事件かなと思いましたが、検索し切れませんでした。

「フライドデース」(頁201)「グリット」(頁322)などの食品はどんなものか分かりませんでした。そのわりに、「シックスパック」でビール六缶をくくったアレと分かるのに、「六本詰めパック」と意訳してるのが不思議でした。いや、でも、シックスパックと言うと、腹筋が割れてる人だとする考え方もあるか。

また、グッピーの干物が食用に売られているらしく、煮干し感覚でカリカリ食べる保安官助手みたいな人物が出ます。ベトナム帰り。頁326。

「ハッパ」と書いてある部分は、どうも大麻とは関係なく、「ハンパ」の誤記を柳瀬サンがそのままカタカナにしてる気がします。原文の「ハハ」を、「母」は文語なので会話で相手への呼びかけには使わないと知りつつ、そのまま書いてるし。

「ルース」を「ルゥスゥ」「フェアプレー」を「フゥエアプゥレー」さらに「ベエスボールゥ」「ホットドッグゥ」などと書く(頁99)のは、原文が母音過多の日本人英語の発音をそう書いていて(おそらく"hot dogu"、"base ballu"、"Huair pulay"、"Roosu")それを忠実にかな書きしてるんだと思います。ルースはヒロインの名前ですが、ユダヤ系とは、それと説明されるまで、私はまったく分かりませんでした。エリカ・ジョングみたいな人間をイメージしてたのでしょうか。

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また、柳瀬さんは「うじゃうじゃ」と書かず「うじょうじょ」と書くのですが、それはたぶん原文とは関係ない話で、夏目漱石も「うぢょうぢょ」と書いていたと検索で知りました。

kotobank.jp

頁255

 はっ! 彼は嬉々とした。はっ! あの馬鹿ども。信じられないくらい間抜けじゃないか。四時間ここにいて、一度として窓を見上げないとは。これがアメリカ人気質だ。アホだ、ドラッグをやり暴力をふるい栄養過多、そして細かなことには注意を払わない。それだから工場が閉鎖する、それだから自動車会社がぶっつぶれる、それだから三人のプロの調査官が幅八フィート奥行き十フィートの独房に四時間いて、窓から棒が二本もぎ取られているのに気づかないのだ。(以下略)

公平に上記のような描写もあります。

9784105246013 1910097025000 ISBN4-10-524601-1 C0097 P2500E ⑤ 定価2500円 (本体2427円) T CORAGHESSAN BOYLE T・コラゲッサン・ボイル (T.Coraghessan Boyle 1948- )は、1987年に発表した World's End がベストセラーになるとと もに、この作品によってその年のPEN/Faulkner 賞を受賞し、 一躍アメリカ文 壇で注目される存在となる。 その後、 アメリカ文学界で支配的な潮流 だったミニマリズムとは違った、 着眼点 の卓抜さ、 文章の冴え、 奔放な想像力な どを駆使した作品を発表し続け、 短編集 「川がウィスキーなら」 などの作品にその 特異な才能が遺憾なく発揮されている。 本書は彼の最新長編であり、 筋はエンタ ーテインメントのように軽いタッチで進 行するが、本書が問いかけている問題は、 けっして軽いものではない。 東西文化の 融合は可能かという永遠のテーマがその 底に流れている。

カバーをとった表紙と裏表紙。小学館のまんが雑誌「ゲッサン」は、T・コラゲッサン・ボイルサンに敬意を表してつけられたわけではないみたいです。

ゲッサンWEB

ボイルサンはほかにも日本をモチーフにした作品があり、訳者あとがきで出てくるのは、反捕鯨にご執心だったが、(あまりに過激化して)流行らなくなると熱が冷めてしまうヤッピーならぬ自営業を描いた『クジラたちが泣く』という短篇で、こういう時とても助かる、個人の方の翻訳集成サイトによると、角川書店から1992年に出た『ごちゃまぜ』に邦訳が載ってるそうです。また、作風紹介で出てくる短篇、養子を育てるのが中流以上の米国のステイタスという風潮を揶揄した『帝王蜂』、潔癖志向で全身ムードンコな人物を描く『モダンラブ』は、新潮社1997年『もし川がウイスキーなら』に収められているそうです。翻訳集成ほんとすごい。

京都と横浜で育った白人と邦人のダブル(両親はヒッピー&フーテン。父親は妊娠後失踪)で、こういうふうにいじめられることもあるでしょうし、そうでないこともあるでしょうから、そこはいちがいには言えないのですが、母親が無理心中を試みる場所はそりゃないぜセリョリータだし(しかも神社なのに僧侶がいることになっている)学校英語の優等生なので、理解力はかなりあって、しかも野球にうちこんでた(でもイジメに遭う)という少年が、料理の経験ないのに貨物船に乗り込んで米国行きを目指すというそもそもの設定が、どうにもありえないものに思えて、大前提がおかしいと、いくらお話ががんばってもノレないままでした。1ドル150円以下に突入した円高ドル安時代で、HTSとかももう存在していた格安航空券の時代ですので、往復航空券買ってノービザで空路入国すればいいじゃんとしか思わなかったです。そうすればこの話のすべて(小さな島と国立公園を密入国者が右往左往)が雲散霧消する。

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プラ・アキラ・アマロー師がボートピープルならぬエアピープルという呼称を聞いたけれども定着しなかった時代から、空路が当たり前なのに、なんでジャングルやバイユーで蛭にくわれまくりながら潜伏せねばならんのか、さっぱりでした。小野田寛郎サンや横井庄一サンを意識して書いたのかなあ。もっと下記みたいな川下りにしてあげてもよかったのに。

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訳者あとがきは、最後に新潮社編集部渋谷遼一サンへ謝辞。以上