読んだのは昭和五十五年九月の二刷。初版が昭和五十二年十一月ですから、三年も経ってやっと重版出来とは、売れなかったのだろかと悲しくなります。けれど、1956年に長谷川修二訳でハヤカワポケミスが出ているようなので、みなそっちを既に読んでいたのかも。そうすると今度は小泉喜美子が、自分の訳のほうは人気がないのかとか、暗澹たる思いに駆られていなければいいなと思います。巻末の訳者あとがきはサービス精神溢れすぎで、田村隆一との往時のやりとりにライスが出てきた時のことや、本作を映画化するとしたらキャストはどうすべきか、ダシール・ハメット『影なき男』の映画化は面白かったらしいけど自分は未見、マローンを邦人が演じるとするなら田中小実昌と殿山泰司と阿佐田哲也を三で割ったらとか、縦横無尽変幻自在でした。しかし現在kindleで電子化されてるのは古い方の長谷川修二訳版です。
原書の"The Right Murder"が刊行されたのが、日米開戦の1941年ですから、旧訳のほうが時代が近いということなのかもしれませんが… 作中に、風雲急を告げる欧州戦線や太平洋波高しみたいな世相描写は1㍉もありません。ジンやライウイスキーを飲んでる奴ばかりです。
The Right Murder (The John J. Malone Mysteries Book 4) (English Edition)
- 作者: Craig Rice
- 出版社/メーカー: MysteriousPress.com/Open Road
- 発売日: 2017/11/14
- メディア: Kindle版
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本書のカバーは浅賀行雄という人です。この後、下記のように柔らかな、時代の変遷に合わせた新装表紙版も出ていたようです。
本書は『大はずれ殺人事件』の続編だそうで、正編でなく続編を先にクリックして借りてしまいました。でも特に問題はないです。頁130が、訳者の出世作『弁護側の証人』同様、緊張すると飲みたくなる場面(夜の雪の墓地なのに)等、相変わらずと思いながら読みました。
思うに、1941年はテレビがなかったので、この小説がエスクァイアに連載されたのかニューヨーカーに連載されたのかはたまたただのペーパーバック書き下ろしなのか知りませんが、ドラマ仕立ての小説というものが、テレビにとってかわられず、いきいきと書かれていた時代だったのではないかと。唐突にウソ発見器で泥酔者の支離滅裂な発言から真実を汲み取ろうとする場面など、いかにもテレビ的です(この小説を21世紀にテレビドラマ化したら面白いということでは全くありません)深夜にそういう専門家の博士が実は旧知の友人で、みんなで研究室を訪ねて手を貸してくれるとか(そして失敗すると二度と登場しない)まったくケレン味たっぷりです。ドタバタ上等のアドリブ小説で、多少強引でもご都合主義でも、帳尻をあわせりゃいいんだろ、みたいな。
小泉喜美子とクレイグ・ライスの読書感想はこんなものでよいと思います。気軽に読んで、さくっと仕事に戻る。以上