『トラクターの世界史 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』(中公新書)読了

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/s/stantsiya_iriya/20191218/20191218114424.jpg 世田谷文学館の「本と輪📖私のこの三冊」というコーナーに、この人のおすすめ本があり、それよりこの人の著書が目を引いたので、読んでみました。

 今年出した本でサントリー学芸賞を獲ったそうで、もともとナチスの農業政策を追っかけてた人が(映画では松田龍平が演じた、ススキノ探偵の盟友が、北大でやってたのと同じテーマ)本書で修士課程のテーマに再度向き合い、そのあとエポックメーキングがあって、現在に至る、と、いう感じなのかな、と、知らないのに勝手にライフヒストリーを「想像で」まとめてみました。

いま、この次の作品『給食の歴史』(岩波新書)を読み終えた段階で、これを書いているのですが、正直、『給食』のほうが、馴染みのあるテーマですし、先行研究も豊富ですし、全体構成をあらかじめ決めた上で、しっかり考察して、新たな視座等も加えて著述していると思います。『給食』がエポックメーキング、もしくはシフト後の著作で、本書は、前夜。

藤原辰史 - Wikipedia

www.chuko.co.jp

org.ja-group.jp

中公新書岩波新書で、編集者の違いもあるのか、などとも思いました。吉田類のエッセーを新書で出す中公と、時々しがらみ關係か、カッとんだ本も出す岩波の違い。でも今の編集って、社員でなく、外注のプロダクションかもしれません。それで、どちらの本も、あとがきで担当編集の氏名明記して謝辞を述べてるので、差があるとなるとなんだなあと。どうも本書は、ブレイクスルーに至る前の、動乱の予感(というとダリの絵になるので、乳房を握ると動乱の予感になるのかという問題が発生します。力士)またの名を揺籃期な気がしてなりません。<ここに、揺籃期と胎動期と黎明期と萌芽の違いを質問するQ&AサイトのURLを貼るつもりでしたが、そんな質問が検索しても出ませんでした>

『給食の歴史』(岩波新書)頁10

 といっても日本の給食史を漫然と眺めているだけでは、中途半端な概説史に堕してしまう。それを避けるためにも、(以下略)

 これは、本書が中途半端な概説史に終わったのではないかという、著者の反省も踏まえた自弁だと思います。トラクターの歴史をまとめるという、前人未到の作業だったわけですが、本書あとがきで作者も書いている「叩き台」の感はまぬかれえないと。

本書帯

人類の歴史を根底から変えた

これは、トラクター単体に言っていい文句ではなく、農作業全体に関わる機械化、化石燃料を主体とする内燃駆動装置による作業効率化に対し言わなければいけない文句で、なのにそれを中公新書本書はトラクター単体に言っている。そして、包括的な目線は、集英社新書『戦争と農業』のほうに、そのベクトルが熱戦冷戦に狭められて書かれている。人間の労働からの解放(棒)とか国家の安定富裕化への寄与とかを究極の目標に置いた農業機械化の概論に落とし込めなかった。そのへん、書いていても各パートのはざまなどできしみの音が聞こえたと思いますし、その生みの苦しみが、給食という普遍テーマを得て、うまいこと経験値として生きたのではないでしょうか。

ラクターだけで農業が楽になったかというと無論そうでなく、コメ作りだけで言っても、田植え機と稲刈り機(コンバイン)、その後の脱穀籾摺り(と精米)がぜんぶ機械化され、除草は手作業ですが、少なくとも除草剤や農薬、肥料播きは或る程度機械化出来ている、その成果です。トラクターの出番は、田起こししろかきだけか。

しかもそうした機械化は、室町時代や江戸時代の、化石燃料による爆発に頼らない、せんばこきとかの発明から始まる話と、モータリゼーション以降と、分けないといけないです。カムイ伝読んだ人ならみんな覚えてると思いますが、白土三平が、農村の共産化の成果ではないんですが、どうしても作中の時代で技術の進歩を出したかったので、「事実と異なる歴史になってしまうことをお許しください」みたいな文言で、正助がせんばこきを発明することにしてしまった、あのくだり。あれと、本書がテーマにしてる農業の機械化は違うんですよと。マニファクチュアリング、家内制手工業と大規模インダストリアル、重工業社会の違いくらい違うと書いておくべきだったと。

化石燃料のトラクター以外に、普及しなかったスチームパンク、蒸気駆動のトラクターの試みもあり、それは執筆されていて、流行りに敏感なんだと思いましたが、しかし。

三ちゃん農業の日本から眺めて、戦車に転用出来る技術の、居眠り運転で夜中運転手が転落して死んでしまう事故が絶えない米国の大規模集約農業とでは、讀んで多少なりとも実感出来る記述内容が少なすぎるとも思いました。コルホーズも同じ。そも、運転手が転落するのはこれも、コンバインによる綿摘みとか、コーン、ジャガイモの収穫ではないかと思い出しました。トラクターじゃない。昼夜分かたず収穫しないとほきてしまう作物に向き合う中での労働災害の話。

例えば、日本のトラクターは歩行タイプが多いという統計データを出しているのですが、その背景の考察を、もっと整理してほしかった。軽量で、こまわりが効く歩行タイプが珍重されたのは、①GHQによる戦後日本の農地改革、戦前の地主制の解体が、細かくやりすぎたので、耕作地が細かく区割りされ、そうした小さな畑をバラバラに耕すのに歩行タイプは便利だったから。②コスト的にも、小作農が購入する分には、身の丈にあっていたのではないか。③棚田くらいは出してほしかったのですが、大型機械が入れない物理的環境により、歩行タイプを選択するのが現実的だったのではないか。たぶん、大型トラクター入れたら崩落する棚田より、昔は小学校五年生くらいの社会の教科書に載っていた、土地改良前の新潟などの、腰までつかるようなぬかるみの田んぼのほうが面積多いと思います。大型トラクター入れたら、沈む。

そもそもここで言う「歩行型トラクター」は、スターウォーズのスノーウォーカーやアニメ「太陽の牙ダグラム」に出てくるような、脚で歩くトラクターの意味ではなく、かつまた、トラクティングスーツを着た装甲歩兵が歩きながら大地を耕していくようなイメージでもなく、所謂「耕うん機」です。

https://starwars.disney.co.jp/content/dam/disney/characters/star_wars/2114_at-at-walker_main.jpg

AT-AT ウォーカー|スター・ウォーズ公式

スター・ウォーズ AT-AT 1/144スケール プラモデル

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  • 発売日: 2017/03/30
  • メディア: おもちゃ&ホビー
 

テキーラガンナー (てきーらがんなー)とは【ピクシブ百科事典】

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/b7/Rotary_tiller_compact.jpg/450px-Rotary_tiller_compact.jpg

耕耘機 - Wikipedia

なぜ本書刊行前に、著者と編集と、各農機具メーカーや現場とで、呼称の擦り合わせを行わなかったのか、不思議です。本書は参考文献関連年表に加え、用語の索引までついていて、「耕耘機」も無論出てきます。著者はそこで、取材対象者が一貫して「耕耘機」と呼ぶことを明記して、そこでは著者も耕うん機と呼び出すのですが、章が変わると、また「歩行型トラクター」と書くようになります。

中公新書の上記インタビューで、幼少期祖父からトラクターは危ない危ないと言われたそのトラクターは、下記のような、台座付きリヤカーを連結した耕耘機で、走行する時の話ではないでしょうか。私も転落したことがあります。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/c5/Tractor_in_China_-_01.jpg/330px-Tractor_in_China_-_01.jpg

拖拉机 - 维基百科,自由的百科全书

中国のすごい?田舎に行くと交通機関がコレしかなく、五元とか値段交渉して有料ヒッチしたものです。ぼられて、世知辛い世の中とか愚痴をこぼすと、束縛されるのがイヤなら馬に乗ればいいじゃない、と、旅行人のチベット編などに実際の上級者レベルの騎馬旅行の話が出てくるそれが出来ないのにブーたれてんなよ、となります。いやーランクルチャーターするカネがあればいいのですが、という結論は論外で、しかし自己責任が普及してから、こういう話も聞かなくなりました。

 本書は頁147から、中共建国後のトラクターの動きを簡略して書いています。連合国救済復興機関"UNRRA"の支援で、アメリカ製トラクターと一緒に来たアメリカ人技師が、ベチューン(白求恩)とかエドガー・スノーと同類項の人で、その後も中国で、バカにしてたソ連製トラクターの実力を目の当たりにしながら生きてゆくその本に割と依拠した記述ですので、例えばトラクターを指す"拖拉机"を北京語ではっちょんすると「トラジ」なので、韓国民謡「トラジ(도라지)トラジ、とーおらぁじぃいいいい」の替え歌で、"拖拉机拖拉机快快拖拉机"と熱唱するようなくだらない相聲は本書には出ません。

Iron Oxen: A Documentary of Revolution in Chinese Farming - William Hinton - Google ブックス

本書に言ってもせんないことですが、頁114の『おっぱいとトラクター』は、何故原書のタイトルをこうも変えたのか、ナゾです。

A Short History of Tractors in Ukrainian (Oberon Modern Plays) (English Edition)

A Short History of Tractors in Ukrainian (Oberon Modern Plays) (English Edition)

  • 作者:Marina Lewycka
  • 出版社/メーカー: Oberon Books
  • 発売日: 2017/09/28
  • メディア: Kindle
 
おっぱいとトラクター (集英社文庫)

おっぱいとトラクター (集英社文庫)

 

 頁46の「三点リンク」「三点ヒッチ」は素晴らしい発明と思います。以上

ちなみに、世田谷文学館の「本と輪📖私のこの三冊」で著者が選んだ三冊は(実際の展示は三冊以上あった気がする)『ファストフードが世界を食いつくす』『餓死した英霊たち』『食の終焉』 

文庫 ファストフードが世界を食いつくす (草思社文庫)

文庫 ファストフードが世界を食いつくす (草思社文庫)

 
餓死した英霊たち (ちくま学芸文庫)

餓死した英霊たち (ちくま学芸文庫)

 
食の終焉

食の終焉

 

 (同日)