『辺境のオオカミ』(ローマンブリテン四部作最終作)(岩波少年文庫 586)"FRONTIER WOLF" by Rosemary Sutcliff 読了

 精霊の守り人FCバルサの著者の上橋菜穂子サンがエッセーで触れてた本。

辺境のオオカミ (岩波少年文庫)

辺境のオオカミ (岩波少年文庫)

 

 カバー写真は、池田正孝という人が撮った、ハイ・ロチェスター(古代、ブレメニウムというローマの砦があった場所)

Bremenium - Wikipedia

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エジンバラニューカッスルのあいだ。

「おわりに」と、単行本にも所収の「訳者あとがき」あり。

上橋菜穂子サンは、邦題が『辺境のオオカミ』だけど、原題の「フロンティア・ウルフ」かっこいい、と言ってます。開拓地のオオカミ。新天地のオオカミと言った意味合いも加わるからと。

frontierの意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書

イギリスの、晴れた日の少ないという、ヒースと泥炭の、風が強い荒涼とした風景のなかに、フロンティアを見る。どう見るか。もとの三部作は読まず、知らずにこれを読んでいるのですが、なぜこれを新たに書こうとしたのか、考えています。

ローズマリー・サトクリフ - Wikipedia

【後報】

作者のあとがきまで読むと、なぜこれを書こうとしたか、インスパイア元が明記してあって、あっけなく解決しました。

本書で起こる紛争についても、あとがきに、その年が明記してあるので、そこから検索すると、なんとなく分かります。それまでは、頁27で、ローマ東西分裂後の出来事であることが分かり、イギリスがビザンチウムなわけないから、滅亡したほうの西ローマなんだろうし、じゃーゴート族とかオドアケルとかで滅ぶ前なんだろうな、ローマの辺境統治が、分裂後も機能していたということで、その時代なんか、と思いながら漠然と読み進めました。もうイギリス史とかも記憶がアイマイで、そうしてローマが去った後、ノルマン・コンクエストとかあったんだよな、と思い出すも、ノルマン・コンクエスト本書と関係ないない、と頭を振って余計な知識を振り払ってまた読み出したりしました。頁10に皇帝の名前が出ます。コンスタンス。その時点ではのちに二世が出るか誰も分かりませんから、本書の中では一世と呼称されていません。

コンスタンス1世 - Wikipedia

343 - Wikipedia

Events
 By place
 Roman Empire
・The Western Roman Emperor Constans I is in Britain, possibly in a military campaign against the Picts and Scots.

 ピクト人 - Wikipedia

たっくさん部族やら氏族が出てきて、最初は、ドワーフとかホビットみたいな創作だろうと思いもしましたが、作者はちゃんと調べたんだろうと思うことにしました。上の「ピクト族」は、本書では「絵の具族」とかの名前でも呼ばれています。フェイスペインティング、ボディペインティングしてるから。ピクトって、ピクチャーのピクトでしょうか。

ただ、邦訳表紙の舞台となった場所に、西暦343年ローマがいた確証はないそうです。ローマはいたが、その時代はどうかな、残されている文献がないということのようで。でも作者は、それまでの三部作で、えいやで書いた後、そこにもローマがその時代はいないよという経験をしてて、その後、発掘によって、やっぱいたじゃんという覆しを経験してますので、それに期待というふうにてへぺろしてます。だからか、本書には、紙がまだない時代ですから、パピルスに書かれたローマ軍団の資料を、蛮人にもラテン語が読めるやつがいるからという理由で退却時焼却処分する場面が繰り返し登場します。夜長に楽しみで繰り返し読む本も一冊登場し、『ゲオルギクス』という本なのですが、検索しても原人しか出ないので、実在する本かどうか分かりません。

最初大失敗をした青年が、成長してゆく物語で、個人の失敗でなく、軍人の失敗ですから、多数部下を死傷させてしまい、そこからの捲土重来、リバウンドメンタリティーを、新天地での部下(おそらく絶えず若い上官を、半分面白がりながら観察している)や新たな火種となる現地社会の頭目たちとの交流を交えながら、クライマックスに向かって疾走する物語です。上の皇帝名をじゅんばんで見ると、背教者ユリアヌスより前で、だからローマは公式にはまだキリスト教ではなく、ローマ人の主人公はミトラ神を崇拝しています。現地ブリタニアは既にキリスト教が浸透しつつあるのですが、ドルイド教というか、「黒い石」への偶像崇拝や、馬肉食への禁忌の描写もあり、風俗描写はこまやかです。現地若者のゲームは、作者のインスパイア元となった、合衆国西部のカウボーイのゲームを参考にしたのではないかという気もします。そのカウボーイのゲームは、多くの場合、ネイティヴアメリカンのそれを、模倣する気もなく踏襲している。地霊というものが本当にあるかもと思う話。

ラテン語が読み書き話せたらどんな気分でしょうかね。復活したヘブライ語もそうですが、失われた言語が、表音文字で、書き残された文献が豊富であるということで、あと宗教(キリスト教)が存続したことで、現在も受け継がれているというのは、表意文字で継承した漢字文化圏から見ると、まことに不思議なことに見えます。以上

(2020/4/15)