『アヘン王国潜入記』(集英社文庫)再読

苦し紛れ。カバーと本文デザイン・地図/ZOOT.D.S.  写真/著者撮影 

巻末にあとがきと文庫版あとがきと主要参考文献と、探検部先輩の西木正明、否、船戸与一の解説 

1998年10月草思社より刊行の単行本の文庫化

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『ワセダ三畳青春記』で第一回酒飲み書店員大賞受賞! 今、最も注目の作家高野秀行前人未到・傑作ノンフィクション 30th Anniversary 集英社文庫 今月の新刊 
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ミャンマー北部、反政府ゲリラの支配区・ワ州。1995年、アヘンを持つ者が力を握る無法地帯ともいわれるその地に単身7カ月、播種から収穫までケシ栽培に従事した著者が見た麻薬生産。それは農業なのか犯罪なのか。小さな村の暖かい人間模様、経済、教育。実際のアヘン中毒とはどういうことか。「そこまでやるか」と常に読者を驚かせてきた著者の伝説のルポルタージュ、待望の文庫化! 藤田香織氏と対談する荻原浩氏  「青春と読書」4月号(3/20発売) 集英社新刊案内 VOL.3 2007

なんというか、前川健一の本を読んでこまそうと思って、今、カンナムスタイルならぬタイスタイル(旧題:バンコクの容貌)を読んでるのですが、わりとむなしくなっていて、前川健一という人が今何をしているか私は知らず、病気してるのか今でもライターしてるのかほかの仕事してるのか、さっぱりなのですが、しかしまあ現地語と現地の人間ネットワークに通暁してゆかないと、フィールドワーク、定点観測というものも息詰まるなあと、読んでてひしひしと感じるので、あげる本がないのを幸い、これをあげます。

前川健一の本で前に読んだ『まとわりつくタイの音楽』で、タイ語のカタカナ書きに対し、かなり自己流のこだわりがあることがみてとれ、しかし現時点でインターネット検索すると、ウィキペディアではほぼ前川健一流でない読み方で書かれてるんですね。前川健一が回心したのか、現在の書き方の主流に敗北したのか、分からないんだけれども、例えばゲストハウスがいっぱいあるバンコクのカオサン(もうその言い方で、ガイドブック中心に広まっている)を、カーオサーンと書いてみたりする、その辺の意固地さと協調性を切って捨てる部分で、無用の敵を作って負けてたらやだなあ、と思います。それで著述業自体もシュリンクしてたら、さびしい。前川健一とのパーティでの雑談をエッセーにした関川夏央や、タイ様式で解説書いて前川健一をホメ殺してる山口文憲、旅行人の蔵前仁一はみんな、ビッグコミックオリジナルのコラム欄でときどき名前を見るので、そこに前川健一がいてもいいのに、と思ってみたり。風のうわさで、「あんなもん誰でも書ける」と前川健一に痛罵されたという、朝日新聞記者出身のやっぱり旅ライターは、今でも定年後のLCC活用術みたいな本書いてますので、攻撃した側の前川健一が今どうしてるかよく分からないのが、非常に残念です。ライバルのほうがビッグコミックオリジナルのコラムにある日登場したら笑う。

『タイ様式』で山口文憲が前川健一を絶賛してたその時代、現役のバックパッカーの本棚見たら並んでたのは前川健一でなくクーロン黒沢だったりしました(私はクーロン黒沢未読)そうして世の中が変わってゆく中、'80年代からすでに「おじいさん旅行者」呼ばわりされてた?前川健一は、でも今まだ七十前くらいなはず。人生百年時代、雑学路線をこれ以上どう深めたらよかったのか、世の中には『アヘン王国潜入記』のようにこういうぶっとんた本を書ける御仁もいますので、余計考えるです。勿論著述出来ず、安心・安全の面で何かあっても自己責任なんですが… 

高野秀行の本は玉石混交なので、英訳までされたこれとか、猿岩石がタイからインドまで陸路で行ったと信じるバックパッカーがなぜあれほど巷に溢れていたのか今でも不思議ですが、そうした人々に読んでほしい『西南シルクロードは密林に消える』とか、個人的に非常に面白かった『イスラム飲酒紀行』や、ソマリランドブータンの本なんかはあたりだと思います。その反面、ライターとしてなんとかネタを見つけて食いつながなければならない悲哀を強く感じてしまう、ウモッカなどのUMAものは、探検部在籍時代のムベンベを除いて、それほど読んでません。ムベンベは、日本大使館さえない国で、日本人と言えば天理教の教会しかない時代にそこに行ったという時点で物珍しかったです。最近のテレビ番組だと、海外辺境の日本人は、キリスト教からキリスト教と認められてない韓国の宗教の人だったりするそうですが、むかしは違ったという。あと、腰が痛いのに自転車国内一周する話なども、原稿料印税で暮らさざるを得ない生活の厳しさをひしひしと感じます。

前川健一はこういうふうになれなかったし、なるつもりもなかったでしょうが、じゃあどっちに行けばよかったのかと。世代的に政治にややこしい方向に行くとしたら、タイは「タクシン」という、現代アメリカのトランプに通ずるところのある、賛否両論のキーワードがありましたので、そっちで袋小路になったのかもしれない。あるいは観察者の限界を感じたのかもしれない。どうなのかなあ。

本書を今日あげようと思ったのは、もうひとつ、紀行文で草むしりの話をえんえん書く話が、これだったからです。なかなか海外で草むしりの話はないです。世界のハルキ・ムラカミに通ずる話として、日本人は器用だからと、北米で庭師のアルバイトをする話、芝刈り機で芝を刈る話は、草むしりとはまた別ジャンルと思いますので。安田峰俊和僑』には、雲南省だか貴州省だかの田舎で草むしりなど、百姓のまねごとをする日本人青年が登場します。それと本書くらいしか、私はアジア草むしりルポを知りません。

ワ族のアヘン栽培は、日本人のようにていねいに雑草をこぐそうで、そんで、アヘンの罌粟は、実に弱い草で、雑草と間違えて抜くとすぐ抜けたり折れたりするそうで、そうなるとまた植えてももう根付かない。高野秀行は現地の女性たちに混じって、せめてものお手伝いと罌粟畑の雑草取りに従事するのですが、間違えて罌粟を抜いたり折ったりの連続で、しまいにゃ畑に行かず、間借りした掘っ立て小屋かなんかに寝っ転がって、地元の人々の好意でもらったアヘンの塊を毎日ちょっとずつちょっとずつ嗜んで、とうとう全部吸い切ってしまい、もっていればひと財産になったはずのあへんを全部自分一人で溶かしてしまいます。この辺、正直に書いてくれておもしろかったです。

【カラー版】アヘン王国潜入記 (集英社文庫)
 

あと、本書は、漢族なんだが明代くらいに分かれてそのままの、コーカン族という少数民族が出ます。本書の参考文献一覧は、ホメロスだのプリニウスだの『チョコレートからヘロインまで』などのめくらましと、それに隠された英文論文で成り立っているのですが、前川健一もこういう真似が出来たらと少し思いました。出来たのかもしれませんが、まだあまり感じてないです。以上