『生命の森の人びと アジア・北ビルマの山里にて』(理論社ライブラリー 異文化に出会う本)読了

 写真 著者 地図 出雲公三 デザイン 鈴木康彦

 生命の森の人びと : アジア・北ビルマの山里にて (理論社): 2001|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

吉田敏浩 - Wikipedia

前川健一が『アジア・旅の五十音』で、吉田敏浩に同企画を書いてほしかったが、書かなかったので自分が書いた、と書いていて、吉田敏浩という人を知らなかったので、何か読もうと思って数冊借りて、まず読んだのがこれです。

明大探検部で、1977年に初めてシャン州を訪れてから度々ビルマ少数民族地帯をほっつき歩き(ほかの国もほっつき歩きますが)1985年から1988年までカチン州とシャン州を訪ねた記録をまとめた『森の回廊』で第27回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。本書も、そこから派生したスピンオフ。焼畑農耕のカチンの現地人を主人公に仕立てた物語形式。雨季の終わりの収穫期、狩り、マラリアによる若年層死者の葬礼などを描きます。

焼畑を切り開くのが乾季の涼しい季節である二月。主におかぼ(陸稲)を植え、ほかに粟やシコクビエ、キビ、野菜類を育て、八月末から収穫します。

・涼しい乾季:10月末~1月。腹いっぱい食べれて、病気も少ない、いい時期。

・暑い乾季:2月~5月。2月に焼畑予定地の樹木を伐採し、枯らす。四月半ば火つけ。

・雨季:6月~9月。マラリアなど疫病も多く発生し、最後は糧食の備蓄もつきかける。

八月二十七日が初穂刈りで、早稲をまず刈るのですが、その晩のうちに食べてしまうのに驚きました。天日干しなどして、乾燥させないのか。乾燥しようにもまだ雨季なので乾燥しきれないのかもしれませんが… 

また、火付けは、上から放射状に斜面の畑を駆け降りながらするそうで、火は下から上に燃え広がるから、下から火をつけるんだろうと思ってた私の想定外でした。駆け降りると今度は四方をぐるっと火をつけてまわるんだそうで、ただし、ホームとアウェーの観客の間に緩衝帯の無人スペースを作るような感じで防火帯を設置してあるので、それ以上燃え広がることはないんだとか。

ふつうの農業でも、燐や石灰はよく使う肥料で、そういうものを人類第一の発明「火」を駆使してまんべんなく農地にゆきわたらせるわけですので、非常に賢い農業な気がしました。休耕田のスパンを長く置き過ぎるので、近代化にマッチしなかったけれど、そのかわり連作障害もない。ただ、集団化と各戸の耕作地の割り当てが必須ですので、小作も出ないかわりに、バラバラな独立独歩の自作農や富農が多数出現するような社会にもならなそうです。

鳥が集まるのは収穫初期で、ふしぎと書いてあるのですが、これは、穂が実り始めるときは、まだ実の中の水分が多いので、トリサンは、吸っても吸っても腹が満たないので、それでしつこくたかってるように見えるんだとか。実がぎっしり詰まってくると、少しのついばみで満腹になるので、それ以上来襲せず、それでやたら来るように見えないそうで。この辺は日本の農家の古老に尋ねてみました。カチン人も、そのへん分かってる人は分かってると思う。翻訳の語彙力なのか。

頁163 *国名について

一九八九年六月、国名が「ミャンマー連邦」に変えられました。「ミャンマー」はビルマ民族名のビルマ語文語読みで、それまでは口語読みの「バマー」が使われていました。

 軍事政権は「ミャンマー」に、ビルマ人以外の諸民族を同化する政治的意図もこめています。実際、民族名や州名も地名もビルマ語の文語読みに変えられつつあるのです。また、国民の総意に基づく変更ではなく、民主的な手続きも経ていません。

 これらの理由から、「ミャンマー」という国名は、民主化をのぞむ国民に受け入れられたとは考えられず、軍事政権に反対する人びとは使っていません。各国のビルマ研究者やジャーナリストのあいだでも「ミャンマー」とは呼ばないことが多いです。以上の理由から、本書でも「ミャンマー」ではなく従来の「ビルマ」を国名として使うことにしました。

著者は今世紀に入ってから、ハッキリと、ドメスティックな諸問題について、左巻きの本を書き始めるのですが、その理由って、案外こういうところで、その軍事政権にODAを欠かさなかった日本政府に対し思うところが出て来たからかもしれないと思いました。スーチーQはほんまに善人か。まー中国への対抗でODAしてたのかもしれませんが、それも今の一路一帯猛攻撃の前では風前のともしび。あぶない。

www.sogensha.co.jp

著者の近作で評価が高い本。最初、創元社創文社と見間違えていて、創文社なくなったと思っていたら、こんな本に手をつけていたのかと思いました。違った。創文社は林田慎之助博士古稀記念論集『中国読書人の政治と文学』付録の「ザ・しんのすけ」が好評でしたので、残念です。

www.sankei.com

創文社刊行『ハイデッガー全集』の刊行引き継ぎに関するプレスリリース - 東京大学出版会

上の、ミャンマービルマの文章もそうですが、著者は、民族を「◯◯族」と書かず、「◯◯人」と書くんですよね。カチン人、パオ人、ビルマ人。この辺、日本語では「◯◯人」は独立した民族への言い方で、「◯◯族」はネイションステイトを持たない民族の言い方デスヨ、だから「チベット人」「ウイグル人」はオカシイ、「チベット族」「ウイグル族」と呼んでクダサイ、と、勝手に日本語のルールを作って日本人に適用を迫る中国の変な人のいいなりになって「ウイグル族」「チベット族」と活字に書いたりニュースで読み上げたりする人に、爪の垢を煎じて飲んでほしいです。…と言いつつ、私も、東南アジアの山岳民族は、ラーオ族とかモン族のように、「◯◯族」という言い方に馴染んでしまっているので、筆者の「◯◯人」という直球ツーシームに、デイズドアンドコンフューズドを禁じ得ないです。ロヒンギャってのは、その辺うまいことかいくぐった言い方かも。アイヌというか、アイヌ人というか。

以上

【後報】

下から火をつける場合は、むろんそのまま上に上がると、煙と炎に巻かれて死んじまう可能性があるので、下から見守るしかなく、途中でうまいこと燃えなくて、燃え残りが発生しても手をこまねくしかない。なので、上から下に駆け降りながら火をつけるのかなと思いました。

(2020/8/17)