『地階に住むご婦人』"Underground Lady"『ヒサエ・ヤマモト作品集 -「十七文字」ほか十八編-』"Seventeen Syllables and Other Stories." by Hisaye Yamamoto. Introduction by King-Kok Cheung. Revised and expanded ed. 読了

Primary Source : Pacific Citizen 19-26 December 1986 : A15-A20

私は「地階」というと地上一階だと思っていたので、原題のアンダーグラウンドだと、「地下」じゃんと思いました。しかし、日本の建築基準法施行令だと、床が地面より下にあって、それもほんの少しではなく、天井までの高さの1/3以上が地下にもぐっている、半地下もしくは地下の階を「地階」というそうなので、邦訳としてはこれでいいことになります。

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ただ、イギリス英語の直訳で、一階を指すグラウンドフロアを地階と訳すこともあるようなので、それでややこしいのかと思います。

Wikipedia

英語の ground floor 等の訳語(つまり1階)。

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中学生の時にアメリカ英語とイギリス英語の違いを叩き込まれたひとは、なかなか抜けないというか、アンダーグラウンドは地階だよと言われても、ええっ、地下一階、地下二階じゃないんですか、と反論してしまうという… 中国でも一楼,二楼だけかというと、上海の浦江飯店のように租界の様式を残してたところもあるし、香港もあるし。

という話とは何の関係もなく、日系主婦の主人公が、買い物に行って、ホームレスの女性に話しかけられる話。その人はバッグレイディー "bag lady" というよりは、ショッピングカートに一切合切載せている人で、たばこの火を貸してほしい、あるいはたばこが荷物の下のほうで取り出しにくいとか取り出せないとかぱっと場所が分からないとかそういう理由で、一本もらうのを口火に、相手と会話を始める人です。

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頁259

 (略)私はホームレスなんです、と彼女がいう。私のことを毛嫌いしている、隣の日系の人たちに家を焼かれてしまってホームレスになったのです。

 私も日系人なのにどうしてそんな話をするのだろうか、と思った。憎しみの気持ちを私にぶつけているとは思えない。恐らく、食料品をカート一杯買い込んで、そこに立っていた私を恥ずかしい気持ちにさせたいのだろう。

「その話、本当?」私はたずねた。

「あの人たちは私を憎んでいるんですよ」彼女はいった。完全に確信しているようだった。

「どんな日系人たちなの?」大きな声で私はきいた。少なくとも憎まれるようなことをあなたが私にしない限り、私はあなたを憎むような日系人ではないということを示したかった。

「そうですね。スタンレー・オノデラという人です」彼女は答えた。「港湾局に勤めているんです。第二次世界大戦でスパイとして潜り込むには、これ以上格好の場所はないですね。日本人に合図を送るのです。リメンバー・パールハーバーです」

「いくつぐらいの人?」

「四十五歳」

「だったら、大戦中はせいぜい五歳だわ」

「そんなことは関係ないですよ」彼女は、理屈はいいといわんばかりに手を振っていった。しかし彼女は別の方法で隣の人たちのことを説明しようと思った。

「オノデラ一家の人たちはアキタ犬を三匹飼っていたけれども、二匹死んでしまったのよ。残った一匹は、自分の影に脅えているわ」

五歳とか言う以前に、当時は強制収容でそんな公職はおろか、街のパン屋や植木職人、いちご農園だって日系人はやってけなかったじゃマイカ、と思うわけですが、ネットの論争同様、突っ込みどころが多過ぎると、ズバリ核心を突く反論を即座にするのは無理です。そんな訓練を積んだ、職業:デマゴギーにもなりたくないし(なったほうがいいのかも)

P109

  (omit) She told me she was homeless. Her Japanese neighbors, who hated her, had burned her house down.

  I wondered why she was telling me, another Japanese, about it. Either she didn't return the hate or maybe she wanted to heap coals on my head, for standing there with ma cartful of groseries.

  "Are you sure?" I asked.

  "They hate me, " she said, totally convinced of the fact.

  "What kind of Japnese are those?" I wondered aloud, to indicate that I was one of the Japanese that didn't hate her, at least not until she could give me a good reason.

  "Well, " she said, "his name is Stanley Onodera. He works for the Harbor Department. What better way to infiltrate , eh, to signal the Japanese in World War Ⅱ? Remember Pearl Harbor."

  "How old a person is he?" I asked.

  "Forty-five, " she said.

  "So he must have been five at the most during World War Ⅱ," I said.

  "That doesn't matter, " she said, dismissing logic with a wave of her hand. But she did decide to try another tack.

  "They had three Akita dogs and two died, " she said, "and the remaining one is afraid of his own shadow. "    

"Akita dog" も "sumo wrestling" 同様、イタリック体にしなくても英語人口に膾炙してるんだと思いました。あと、こうやって英語を打ち込んでみて、ネイティヴとこの手の歴史、政治論争すんのめんどくさそうでヤダなあと思いました。もちろんまじめにそれを続けたからこそ、ジャパニーズ・インターンメントに対する米国大統領やペルー大統領の謝罪を引き出せたわけですが。

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ペルー料理屋でペルーの日系人の強制収容の話を聞いて、知らなかったけれど検索してないことを日記に書いたと思ってましたが、今、見つけられませんでした。かわりに、ウィキペディアで、今、南米の日系人もステイツに送られて収容された記述を読みました。

話を戻すと、主人公は、犬の話を聞いて、家の近所に二頭いるけど、どっちも元気だから、違うだろうと思ったり、そのうちの一頭はタイショー、"Taisho" という名前だと思ったりします。大将か大正eraか知りませんが、そんな名前だから、飼い主も日系人で、ご近所さんは日系人の社会なんだろうなと思いました。主人公は一人称なので名前が出ませんが、ご主人はエドで、ヒサエさんのハズのアンソニー・デソトとは違います。息子の名前はブッチで、イタリア語でブッキになる"Bucchi"でなく、"Butchie"で、検索するとドラマの登場人物一択しか出ないのですが、そのドラマは21世紀の作品なので、無関係です。というか、ブッチは学校でホリ先生(原文:"Mr.Hori")と呼ばれているので、丈太郎のお母さんでなければ、やっぱり日系人だろうと思いました。丈太郎のお母さんはジョセフとスージーQの娘だから、イギリスとイタリアのダブルですね。

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頁260

 しかし彼女はまた話題を変えた。「その人は、全部で二五、〇〇〇ドルはするオートバイと自動車をもっているのです」

「だけど今は、病気なんです」彼女は話を続けた。「高血圧を患っていて、耳も遠くなっています。ほかにも悪いところがあるのです。奥さんもまた奥さんで、だんだん太ってきているんですよ」

「そうね、もしあなたの家を燃やしたのがその人たちだったとしたら、その報いですね」

「いえいえ、あの人たちとは今はうまくいっていますよ」彼女はいった。それから手を重ねて、うやうやしくお辞儀をした。「あの人たちは私にこんなふうになってほしいのですよ。日系人のようにね――静かに、ね」

 また、家の電気が消えたので、懐中電灯を借りにあの人たちの家のドアをノックしたことがありました、と彼女はいった。スタンレー・オノデラが懐中電灯を貸してくれたのだが、「間違いなく、港湾局から盗んだものだったのですよ」

 あとで彼女が返しにいくと、返さなくていいと彼がいった。

「すごい懐中電灯です。電池が六つも入る、あのスターライトなんです。ずっと向こうまで光が届きますよ」彼女は、スーパーマーケットの駐車場の向こうに見える交差点の方を指さした。「強力な懐中電灯です」

 それから隣の家のその日系人たちとうまくいっています、と彼女はいって、また手を重ねてうやうやしくお辞儀をした。「私はもの静かで、礼儀正しい人間です。日本人のようにね」

英訳、否、原文はこちら→*1 家焼けたんやなかったんかい、と懐中電灯借りるくだりで突っ込みたくなりますが、彼女は庭で野菜を作っていて、こじんまりとした新しい家を建て直してるところだそうです。前の家は350平方フィートもあって大き過ぎるので、こじんまりとした、暮らせるだけのスペースでいいそうですが、350スクウェアフィートって、約32平米でした。広くない。10坪ない。

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邦訳にその注記はないので、換算出来ない人間は勝手にさらせ、という感じです。でも分からないと、続きの解釈がだいぶちがう。*2

頁261、P112
「それでやっていけるなら、いいと思うけれど」と私がいった。

  "Good for you, if you can get away with it, " I said.

「もちろん、やっていけますよ」と彼女は自信たっぷりに答えた。

  "Oh, I can, " she said confidentially. And she bent towards me and intoned, "Underground!” 

なんとなくもうどうでもよくなってくる会話で、その後、大戦中、彼女がワシントンの対敵諜報機関で働いていたという会話になります。

頁262

「戦略情報局ですか?」私はたずねた。

「違います、違います。防諜部隊局ですよ」

「まあ」私はいった。

P111

  "OSS?" I asked.

  "No, no, CIC, " she said.

  "Oh, " I said.

アメリカ人同士だと、これで会話が通じるんですね。なんとなくここも出まかせで「オー」とか言ってるだけな気瓦斯。

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この後、シワひとつない美しい彼女が、主人公よりひとつ年上の62歳であることが分かって、主人公がショックを受けるくだりがあります。そして、スーパーに車で迎えに来た夫が彼女を見て、彼女に火を貸してたばこをあげたことがあることも分かり、帰宅後、息子さんのブッチさんのことが、ホリ先生のくだりの虹のエピソードと名前と三つかけあわせて、なんとなく分かってきたりします。最後、主人公がときどき雨の降る夜は彼女がどうしてるか考えるとき、北部平原の開拓者たちと同じような芝土のひとましかない家で懐中電灯で本を読んでいればいいな、と思うその「北部平原」という単語、"the sod house of the pioneers of the northen plains" で、またしても、 "夜幕覆盖华北平原, 忧伤浸透她的脸." "一万匹脱缰的马, 在她脑海中奔跑" を連想しました。歌の歌詞は " 在他脑海中奔跑" で、男性形なので、ピンポン少年のことを歌ってるのかな、とも思いますが、それは後からで、最初が〈她〉なので、これも〈她〉かなと思うです。以上

ヒサエ・ヤマモト作品集 : 「十七文字」ほか十八編 (南雲堂フェニックス): 2008|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

ヒサエ・ヤマモト - Wikipedia

Hisaye Yamamoto - Wikipedia

*1:

P110

  But she changed the subject again. "The man has about $25,000 worth of motorcycles and cars.

  "Now he's sick, " she continued, "High blood pressure, and he's going deaf and he's got other wrong with him. And his wife, she's getting fat!"

  "Well, if they burned down your house, " I said, "I guess they deserve it. " 

  "Oh, I get along with them, " she said. She put her hands together prayerfully and bowed respectfully. "That's the way they want me to be. Like a Japanese--quiet. "

  Also, she said, she had once knocked on their door to borrow a flashlight when her lights went out. And Stanley Onodera had lent her a flashlight, "stoken from the Harbor Department, don't you know. "

  When she went to return it, he had told her to keep it.

  "It's a magnificent flashlight, Starlight, six batteries. It can throw a beam way over there. " She pointed over to the intersection beyond the supermarket parking lot. "Powerful!"

  So she got along with her Japanese neighbors, she said, again putting her hands together and bowing. "I'm quiet and polite, just like a Japanese. " 

原文だとバイクと自動車は複数形であることが分かります。二万五千ドルは、この話が書かれた1986年だと、200円台だった1$あたりのレートが一気に200円切った年だそうなので、1$160円換算で400万エソ。200円だと500万日元。あんまし高くない気がしますので、アンダーグラウンドレディーの脳内時間ではもっとドルが価値があったのだろうと思いました。アメリカの自動車価格の推移サイトがあったので見ましたが、よく分かりません。

www.freeby50.com

また、邦訳の訳者あとがきに、原文ではなべてジャパニーズの部分を、文脈にそって適時「日系人」「日本人」と訳しわけてるとあり、上の最後の一行などまさにそれだと思いました。

*2:

b.hatena.ne.jp