『父さんならムハマッド・アリを倒せる』"MY FATHER CAN BEAT MUHAMMAD ALI" 『ヒサエ・ヤマモト作品集 -「十七文字」ほか十八編-』"Seventeen Syllables and Other Stories." by Hisaye Yamamoto. Introduction by King-Kok Cheung. Revised and expanded ed. 読了

Primary Source : Echoes 4 (1986) : 14-15.

'80年代の作品になりますと、子育てから解放されたからか、先祖の国がバブリーだからか、ちょっと作品の調子が軽くなった気がします。この話は、ヘンリー・クスモトというニセイのしと(たぶん)がいまして、スーパーで働いていて、蔬菜部門責任者です。パートナーはマージという名前で、日系人じゃないのかなと思いましたが、よく考えるとヘンリーさんもヘンリーで日系人ですので、日系人の可能性もあるなと思いましたが、二人の男の子の名前がダーク"Dirk"とカート"Curt"で、ダークはねえだろうと思いましたが、パートナーのしとが、ハーレクインロマンスみたいのからつけた名前だそうで、そうなるとWASPじゃなさそうだと思い、そんで、夕食の好物のオカズが「肉詰めチリ料理」"chiles rellenos" で、子どもたちが食べているのは「メキシコ風玉子炒りごはん」"Mexican rice and egg" なので、どうでもいいやという感じになります。

en.wikipedia.org

en.wikipedia.org

で、息子二人が旧名カシアス・クレイのしとをしきりと称賛するので、酔った父親は自分のほうがすごいと息まき、二人の息子は腹を抱えて笑い転げるという話です。なんだこの太平楽、平和な話と思うかもしれません。ヘンリーは背が低いのでハイスクール時代二軍のベンチを温め続ける毎日だったそうで(アメフト部)そのコンプレックスも息子二人を前に爆発しました、と。これ、ヒサエさんはアンソニー・デソトというパートナーと結婚して子どもに恵まれたわけですが、その、男女の攻守逆転、ネガポジ反転な気もします。

読んでいて、何か違和感があったのですが、ようするに、日本では「モハメド・アリ」表記で普及した名前を、なぜわざわざムハマッドと書かねばならんのかという。その必要性が分かりませんでした。商標登録でもされてるのか。だとしても邦訳小説の人名がそれに縛られるわけもないだろうに。

ja.wikipedia.org

で、お父さんは、猪木対アリの世紀の凡戦を、アリが自分に都合のいいようにいろんな条件やルールを出したので、アリが卑怯だと言っています。これ、どうかなあ。私の記憶では、終始寝っ転がって、アリ、カマーン、と言い続けた猪木のほうがズルいと周りでは言われてた気瓦斯。どっちがマストなのか検索しましたが、饒舌なウィキペディアもその点は書いてませんでした。

アントニオ猪木対モハメド・アリ - Wikipedia

en.wikipedia.org

頁253

 子供たちはまた我慢できなくなった。最初の笑いがまだおさまっておらず、ふたたび床の上にひっくり返って、はあはあ喘いでいた。

「ダーク! カート! 止しなさい、止しなさいったら!」マージが叱った。「さあ、起きあがってこっちへいらっしゃい。でないとデザートあげませんよ!」

 しかし、男の子たちは、こんどは素直に聞き入れようとはしなかった。「ええ? おばあちゃんがもってきたマンジュウだろ? あんなまずいものいらないよ!」カートが、まだ床の上で体をよじらせながら、どうにか返事をした。

P106

 The boys couldn't help it. They hadn't really recovered from their first attack, so they fell on the floor again, gasping for breath.

 "Dirk! Curt! Stop it, stop it!" Marge shouted. "Get back up here, or no dessert!"

 But this time the two had gone beyond recall. "What, the manju Grandma brought? Yuck, no thanks!" managed Curt, still twitching on the floor.

ejje.weblio.jp

平和です。もはや戦後ではない(と、アメリカでもいえる… んでしょう)でもグランマが自分で、マゴにこんなこと言われてるとしたら、SNSもない時代で自分は作家ですし、ぜったい書いてこますと思ったとしてもなんの不思議もなかったと思います。

ヒサエ・ヤマモト作品集 : 「十七文字」ほか十八編 (南雲堂フェニックス): 2008|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

ヒサエ・ヤマモト - Wikipedia

Hisaye Yamamoto - Wikipedia