もっと読みたかったのですが、今回も時間切れ。この話も、作者とは微妙に設定がズレる日系人女性が主人公で、日系人社会での聞き書きなのか、自身の体験をそれなりにアレンジしたものなのかは分かりません。
キャシーと呼ばれる日系人女性のハズがアキラで、彼をアイクと呼ぶ、真空管時代の電子機器オタク仲間のビフ・シーファー(テネシー出身のドイツ系)の二度目のワイフで、彼女にとっては三度目の結婚であるハリー(テネシー州出身、メイフラワーよりちょい後の上陸)が、非識字者であるという話。そんな初期の、ピルグリムだかなんだかの子孫に非識字者がいるんかいなと思う反面、十四歳で最初の結婚をして、連れ子の娘アンジェラがいるそうなので、複雑なのかなとも思います。
だいたい、まず、「ハリー」という女性名が存在するという認識が私になかったので、最初の数段落を咀嚼するのに、えらい時間がかかりました。
上の知恵袋は何故かスルーしてるのですが、おばあちゃんのハリポタ焼きの"Harry"でなく、この小説のハリー、"Hallie"は英語圏の女性名とのことです。アールのハリーは男性名で、エルのハリーは女性名。分かるか―!(悲しき日本人)
非識字者というのは、英語でも言いにくいのか、ヒサエさんは(この小説はおうおうにしてそうですが)奥ゆかしいというかなんというかの言い方をしていて、それだと邦訳の邦文があれなので、日本語ではズバリ言うわよ、でした。
P122
It was partly her own fault, of course. How was I to know?
頁254
もちろん、彼女にもその責任はあった。どうしてその頃、彼女が読み書きができないということが私にわかっただろうか?
原文はその次の次の行で、該当の単語、"illiterate" を出します。
illiterate とは 意味・読み方・表現 | Weblio英和辞書
読み書きはできなくとも、会話力はモノホンのネイティヴなので、ラスベガスのチャーリーとか地震のヨネコとかチーズとからかわれるチサトとはせりふが違いました。
頁265
(略)でも彼女が「飲みに行って酔っ払いましょう――一杯のコーヒーでね!」といったときには、さよならといってるのだとわかった。
P123
(omit) but when she said, "Oh, let's you and me go get drunk --on a cup of coffee!" I knew she was saying goodbye.
それのどこが「サヨナラ」なのかさっぱり分かりませんでした。
彼女のこうした形質は晩年に至るまで変わることなく、臨終に近い時期の病院見舞いの会話もこんなです。
頁296
「あなた、ここに一人でいるの?」平気を装って私はたずねた。
「ひとりぼっちよ」と彼女はいった。
P128
"Are you all alone in here?" I asked, pretending.
"All by my lonesome, " she said.
彼女は以前エホバの証人の信者だったそうです。
頁296
(略)ビフが入院していて、ビフの輸血を認めることを決心したときに、彼女は退会したのだった。「ビフを死なせるものですか」と彼女は説明した。
P128
(omit) She had left their ranks when she decided to approve a blood transfusion for Biff, that time he was in the hospital. "I sure wasn't gonna let him die, " she explained.
ハリーの発音は南部訛りに近い、母音を長く伸ばす発音だったそうで、テネシーって南部でしたっけと思って検索したら、ド南部でした。
ウィキペディアを見ると、チェロキー語ではテネシーを「ᏔᎾᏏ」と言うと書いてあり、そんな多様性なアメリカを軽々しく置いてしまうと、Q-ANNONに怒られるよ、と思いました。
夫妻は結婚後ロスの公営住宅に引っ越して、周りはほとんど黒人世帯だったそうで、ルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引き書』"A Manual for Cleaning Women" by Lucia Berlin を思い出しました。
また、ハリーと語り手の日系人女性キャシーには、大恐慌世代という共通点があり、ともに倹約家のやりくり上手で、シーファー夫妻は一軒家を買います。その後、アンジェラの早婚やら初孫やら。
で、この小説もヒサエ・ヤマモトさんの他の小説同様、直球を投げない部分があって、どうもこのハリーさんの死因というか、体調を崩して難病になってしまった理由が、薬の服用にさいして、決められた使用量を守らなかったからではないか、と読者が感じられるようになっています。ハリーさん字が読めないから、容量用法をよく守ってお使いくださいの細部ガー。
数年前に見たチベット映画『ラモツォの亡命ノート』にも、アジア系が英語のそうした文章を読めるのか、懸念をされる場面がありました。が、非識字者であるが故の薬の注意事項やキャパを越えた常用と、WASP(?)女性という、意外性のある?組み合わせなので、ここが本小説の骨子であることはほぼまちがいなかろうと思いました。
このテーマになると、ユネスコの、ラットがキャラデをしたアニメを思い出します。あれはアジアの農村女性の物語(非識字で薬の瓶のラベルが読めないリスクから、女性教育へと結びつけられたストーリー)でしたが、まさかステイツのど真ん中で、清教徒の後続初期からの子孫でそういうことがあるとはなあ。ユネスコとユニセフはちがうので、ユネスコに対し、「いい加減にしてよアグネス!」と脊髄反射するのは無駄なカロリー消費です。
Mina Smiles | Literacy - UNESCO Multimedia Archives
Primary Source: Hokubei Mainichi 1 Jan. 1988: 5-6
ヒサエ・ヤマモト作品集 : 「十七文字」ほか十八編 (南雲堂フェニックス): 2008|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
以上