『トパーズへの旅 日系少女ユキの物語』"JOURNEY TO TOPAZ" by Yoshiko Uchida(児童図書館・文学の部屋)読了

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トパーズへの旅 : 日系少女ユキの物語 (評論社): 1975|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

ヨシコ・ウチダ - Wikipedia

トパーズ戦争移住センター - Wikipedia

そろそろまたヒサエ・ヤマモトサンの本を読もうと思い、ちらりと検索したら、この人の名前も出て、それでこの人の本はそれなりに地元の図書館にあったので、読むことにしました。

eiga.com

それでまあ、ヨシコ・ウチダサンのトパーズは、ユタ州強制収容所名ですが、トパーズというと、村上龍がデートクラブというかデリヘルというか出張SMというかを舞台にした短編小説とその映画でもあり、私は台北の精品書店で漢語訳を見て、へーこんなのも中文になってるんだと妙に感心したのを覚えてます。大陸版はない気がします。リュー・ムラカミの本で、大陸で重版かかったのは《所有的男人都是消耗品》『すべての男は消耗品である』

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「それからのユキ あとがきにかえて」に載っていた写真。作者かと思ったら、カリフォルニア歴史協会提供の史料写真でした。

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「Y・U」名義によるプロローグあり。主人公と作者のウチダサンは、郊外の農場、散居地帯の邦人ヒサエ・ヤマモトさんと異なり、都市部で商工業に従事する邦人であり、毎日曜着飾って教会に通う人びとです。また、父祖は士族の移民であり、安倍元首相が父親の地盤を継いだ当初からの支援者であった村瀬二郎さんもそうだったと思い返しました。

stantsiya-iriya.hatenablog.com

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さし絵 ドナルド・カーリック(Donald Carrick)

頁63

 だが、父が丹精していた最上のグラジオラスの幾鉢かは、区画違いのまるで知らない婦人にもらわれていった。ある日紙箱と移植ごてを手にしてユキの家を訪れたその婦人は、庭のグラジオラスをもらえないかときりだした。「あなたがたはどうせここから出ていってしまうんだし、かまわないでしょう」とも言った。

 ユキは、こんな人にだけはやりたくないと思った。だが母は、一向に気にしなかった。「あの人にあげましょう。それであの人がうれしいのならね」

 ケンはケンで、この女の人をハゲタカとよんで苦々しげに言った。

「いちばん初めに立退き命令が出ているサンペドロでは、白人の連中が日系人から、冷蔵庫を五ドル、自動車を二十五ドルで買いたたいているんだ。あの女は、こういう連中と同じ汚い人間なのさ」

ユキと作者は日本語学校に通わなかった子で、そのこと(もしくは親の言いつけを守らなかったこと)に負い目を感じているのですが、その一方で、学校でいぢわるな男子から敵国性オリエンタルとしてからかわれて、映画ドラゴン物語でブルース・リーを演じた俳優並みに、「アイムアメリカン!」と雄叫びをあげます。頁37。

頁116

(略)トダさんはゆっくり話しはじめた。「つごうの悪いことに、いつでもそんな難しい選択が待ち受けているのさ。どういうわけで私たちが、日本とアメリカのどちらかを選ばなくちゃならないのか。私としては、どっちも好きなのにね。どちらの国にも属してるのにね」

ウシキペディアによると、トパーズ収容所での監視兵による邦人射殺は一件のみだったそうですが、作者に鮮烈な印象を残したようで、複数の小説に登場させているそうです。また、作者はふたり姉妹の次女だが、本書ではあにいもうとに変更し、兄を日系人部隊に志願させています。

頁188

 その夜、みんなの前に立った徴兵官は、髪は陽にこげていたが、きちんと折り目のついた制服に身をかため、スマートな格好だった。彼はみんなに向かって、大統領は、この国に忠誠を誓うアメリカ人すべてに対し、その人種にかかわりなく、市民としての責任を果すことを許可したいと考えておられる、と述べた。

 聴衆のなかから、質問の手があがった。「なぜ大統領は、われわれを強制退去させる前にもうそう言わなかったのですか?」

 しかし徴兵官はそれには答えず、陸軍はなぜ二世の志願部隊が効果的だと考えているかを説明した。

「特別部隊としての二世部隊の特色は、単なる補充兵力として一般部隊のなかに組みこまれるのではなく、あくまで特殊グループとしてきわめて劇的なやり方で、アメリカへの忠誠心を発揮できる点にあります」

 徴兵官の説明に、うなずく人と首をふる人とがあった。賛成と反対のささやきが室内に広がった。続いて、四方八方から質問がとびだした。

「二世部隊が単に弾よけに使われたり、最も危険な場所に送られるのではないという保証はあるのですか?」と、ある人は質問した。また他の人は「なぜドイツ人ばかりの部隊、イタリア人ばかりの部隊を作らないのですか。両方ともアメリカにとっては敵国ではないですか?」と、たたみかけた。

 次の質問者は、老人の声だった。

「この国は、われわれ日系人を有刺鉄線の柵の中に閉じこめておきながら、なぜその若者たちには、この国のために闘えと要求できるんですか?」ユキはその質問者がだれだかを知って驚いた。しゃべっているのは、トダさんだったのである。

別にトダさんは扇動者とかアカではなく、ひとりもののまま年をへて独居老人になってしまった出稼ぎ一世です(だからほんとうはトダさんは米国籍取得をイエロー・ペリル時代に米国法改正で禁じられている。ニセイは米国生まれだから米国籍だが、イッセイはダメにされた)で、私はその会場内の発言の自由さに驚きました。不穏当なことを言うと、銃を突きつけられて退場してそれっきり、彼のその後はようとしてしれないとか、そういうことがない。腐ってもアメリカなのか。あるいはこれはフィクションで、実際には威嚇射撃くらいしてシャッタップファッカウトじゃっぷんろう(台湾語で「ゴハンですよ」)だったりするケースもあるのか。

弾除け云々の質問は、例えば日本国内では福島会津若松連隊が、どの戦役でも必ず最前線の実戦に投入されたこと等を想起しました。

ついでに言うと、主人公は収容所で初めて、同民族だけの小学校に通うことになります。それまでは多種多様な児童が混在する小学校に通っていたという。公民権運動の前なので、白人黒人は分かれてたと思うのですが…

最後のほうでは主人公の父親が、インテリ力を活かして収容所内のとりまとめに出世し、それをよく思わない「ファッショ主義者」(頁206)(おそらく日本の極粋主義者、神風が吹いての日本勝利を信じる「勝ち組」etc.と思われます)から人糞攻撃などの嫌がらせを受け、収容所からソルトレーク市内に脱出します。

作者は、こうした収容所体験をもとにした作品を、くりかえしくりかえし書いていて、如何にそれにショックを受けたかをあらわしています。ヒサエ・ヤマモトサンはこの時すでに社会に出て働ける年になっていましたが、ヨシコ・ウチダさんはまだ小学生。その違いが、小説スタイルにも表れていると思います。うん。忘れられなくて、書き続けることで生きて行けるという。以上

【後報】

(2022/3/7)

【後報】

主人公とちがって、作者のウチダヨシコさんは、カリフォルニア州バークレー大学最上級生時に強制収容で、しかし大学側が非常に日系人に好意的で、中間試験の成績をもとに卒業証書を送ってくれて、ユタ州を出てからは東部のスミス女子大を卒業、フィラデルフィアで正規職として教員生活を始めたそうです。リンコ三部作一作目の訳者あとがきにそうありました。なんで小学生時に強制収容と思い込んだかな?訂正します。

(2022/3/18)