『リンコの逆転ホームラン』"The Best Bad Thing" by Yoshiko Uchida 読了

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リンコの逆転ホームラン (ひくまの出版): 2006|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

ヨシコ・ウチダ - Wikipedia

吉田 悠紀子 - Webcat Plus

ひくまの出版 - Wikipedia

いせひでこ 絵 NDC933 248p 211mm x 150mm

日系二世の作者の代表作、リンコ三部作の二作目。一作目と三作目を先に読んでいたのですが、この本は遠く横須賀から来ました。あとがきは訳者のパートナーのひと。訳者がくも膜下出血でなくなってから一ヶ月後、気持ちの整理というか、落ち着きがある程度ついたパートナーの方が訳者のパソコンを開いて、翻訳仕事の進捗を確認してみると、本作の和訳は完了していて、推敲段階に入っていたとのこと。また、三作目も筋書きはまとまっていたそうです。最終更新日付は倒れられる前日夜。

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アメリカ、カリフォルニアで暮らす日系2世の少女リンコは、夏休みに、ハタおばさんの農場の手伝いに行かされることになった。つらい農作業や、おばさんの子どもの事故、そして不気味な老人との出会い――最悪の夏だと思ったが、ある時、突然、すばらしい出来事が訪れる。絶望が一瞬のうちに喜びに変わったのだ。それは、まさに、リンコが放った逆転ホームランであった。

この、うしろ姿の男性が、ぢばく霊になった、ハタさんのなくなった宿六なのか、「不気味な老人」(ネタバレでいうと、日系移民の抑制以降に渡米したため、許可が下りず、そのまま不法滞在している人。なんとなく、九州の炭焼き小屋に前世紀はいたという、戸籍も外登もない韓国の人を思い出しました)なのかは分かりません。都市部に住んで商工業に従事するツジムラ家(信仰はキリスト教、食事はかなり洋食化が進んでいる)と比べ、ハタ家は、荒野の一軒家で、商品作物としてキュウリを単一栽培出荷していて、食事は三度三度米のメシとみそ汁です。ヒサエ・ヤマモトさんとダウンタウンのいとこたちの関係の、逆パターン。おばさんは英語より日本語で話す(リンコの逆)一家の大黒柱がなくなって消沈している未亡人の話相手になりよしということで、リンコは電気もガスもないハタ家に暮らすことになります。時計もないんだそうで、時刻は近くを通る鉄道の貨物列車通過時刻で判断するんだとか。
ハタさんのふたりの息子、ゼニーとアブの由来が予想と全く違っていて、おどろいたです。ゼニーは祖父から名前をもらったゼンイチロウで、学校の先生がどうしてもゼンイチロウを読めず、ゼニーと読んだとか。アブは、サローヤンみたいな、アブサロムとかベルゼバブとかそういうのだろうと思ってたのですが、アブラハムから来ているそうで、しかもそのアブラハムは聖書の人物でなく、リンカーン大統領なんだとか。エイブラハム・リンカーンというカタカナになれているので、エイブラハムがアブラハムであることに気づきませんでした。
ヨシコ・ウチダさんの日系人の名前は、ときどき、ほんと?と思うような名前があり、リンコの兄のキャルが正式にはキャルフォルニアで、カリフォルニア生まれだからそうつけられたとか、リンコも、母親は花が好きなので、「スイートピー」もしくは「ハニーサックル」と名付けられそうだったとか、うがい薬の「ラボリス」の響きに魅せられて、娘にラボリスという名前をつけようとした親の話が出てきます。頁59

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ハタおばさんは京都の出だそうで、ニンニクをもりもりよく食べる、戦前の日本人としてはめずらしい感じの人で、キリスト教徒でも仏教徒でもないのだが、何教徒なのか分からなかったそうです。頁66。京都というと、大本教でしょうか(ちがう)

この話は、牧歌的な児童文学にあるまじき不幸のてんこもり、手を替え品を替え恐ろしい事態が次々に起こるのですが、走行中の貨物列車に飛び乗って飛び降りる遊びで、ねんざやら骨折やら死亡やらがぽんぽん起こる展開を読んで、こういう、危ない遊びをあえて好む気質って、ある意味ネイティヴアメリカンみたいと思いました。白人牧童、カウボーイの習俗、暮らしの中の遊びが、かつてその地の主人公であったネイティヴアメリカンのそれに相似してくるという話を思い出しました。日系人もまた然りなのでしょうか。大地には地霊が存在していて、人種を問わず、そこに住む人の精神に、影響をあたえてゆく。

先日読んだ野田知佑さんの本で、ネイティヴアメリカンイヌイットでは、また違うというくだりも思い出しましたが、それは余談。

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13歳のリンコが出会った最高の夏休み!日系2世の少女の心の成長を描く カリフォルニア児童文学最高賞受賞

横須賀の図書館は、帯を切って見返しに貼る習慣があるようです。スピリチャルでいうと、死んだハタおじさんが、ソーシャルワーカーが施設に入れようかという遺族のもとに、心配で現れたのだろうとその場の皆が思うような場面は、まさに心霊現象???とでもいうような箇所でした。

そういう、霊的な部分がありつつ、いちばんのクライシス、危機は、重傷を負った子どもを乗せて病院に担ぎ込んだトラックが、カギつけっぱなしだったので、山盛りの商品作物ともども病院前のスペースから盗まれてしまい、リンコや日系人社会の皆の活躍で盗難車を無事取り戻すことが出来たという展開には全然ならず、盗まれたまま終わってしまう点です。私どもは普段因果応報という考え方に慣れてしまっているのですが、カリフォルニアの日系人社会はまたそうもいかず、美徳の不幸は美徳の不幸のまま、パラダイムはシフトしない、ということなんだろうかと思いました。こんな児童小説、あんまないです。

また、ケースワーカーが施設に入れようと画策するわりには、その話のオチが、これもネタバレですが、ハタおばさんの英語が支離滅裂のシッチャカメッチャカなので、ケースワーカーが勝手に事実と異なる解釈(ハタオバサンいつのまにか男を捕まえて再婚してたと誤解)をして以後手を出してこないという展開もとんでもなかったです。

逆転ホームランではあんましないのですが、でも面白かったです。以上