Primary Source : Carleton Miscellany 1.4 (1960) : 56-67
サンフランシスコ生まれの日系人女性が、ニューヨーク郊外のキリスト教関係の共同体で、イタリア系のアルコール依存症患者と結婚する話。
ゼクシィとかで流れるあの結婚行進曲とは違うみたいです。ジャ・ジャンクーの映画でしたか、"结婚了吧~、傻屄了吧~” という替え歌がありましたが、それでもないんだろうな。
主人公のユキ・ツマガリが戦争中収容されていたのは、ユタ州のトパーズという収容所だということです。
彼女は何故か両親と距離を感じていて、スターテン島のコミュニティ主催者の著書に感銘を受けて、東海岸に来ます。対岸がニュージャージーというので、検索で出るニューヨークの島と分かりました。
"Meadowvale lane" とか、"St. George Church" などの、ほかの地名アイコンはあてになりませんでした。前者はカナダのオンタリオ州が出ますし、後者は石を投げればあたるくらいある。共同体名のツアレット・コミュニティ ”Zualet Community" は、何も出ません。架空なのか、既に消滅したのか。
このコミュニティ主催者の女性マダム・マリーはバスク人で、元の名前はマリー・シャビ。修道院から逃げた経験を持っています。セントラル・パークのベンチでクラッカーとチーズの昼食を摂っている時啓示を受け、恋人の不可知論者と分かれてコミュニティを創設します。彼女は、なかなか止まらなかったユキの破瓜の血が止まった日(不正出血だったかもしれません。後報2021/10/15)を、ユキは日本語で雪の意味だからと、「ユキの祝祭日」と命名します。
マーコは最初、なにじんか分かりませんでした。城戸真亜子と結婚したわけではないと思いましたが、砲艦サンパブロのマコ岩松なんて邦人俳優もいますし。
原文を見ると、"Marco" と書いてあるので、ああ、マルコ、母を訪ねて三千里、と即理解出来て、読み進めると、マーコ・チマラスティ"Marco Cimarusti" というフルネームも分かります。ユキも三十代なのですが、マーコはさらに一回りか二回り上なのかな? 酒さえ飲まなければという、一時代を築いたステレオタイプです。結婚の宣誓のさいも横で泥酔。
P61
"This is my husband. " For better or for worse, for richer for poorer, in sickness and in health, till death do us part.
頁161
――彼女が男性の欲望について知ったのは(木々のあいだのごつごつした地面に執拗に押さえつけられていたのだが)、修道院所有の浜辺のことだった。はじめてのときあんなにも痛くあんなにもすばやく終わるものだとは知らなかった。殺されてしまう! 彼女は思った。そして幼いときのことを思い出した。母が彼女の髪を洗おうと待ち受けていて、蹴ったり逆らったりする彼女を祖父と父が力を合わせて、日本式の風呂桶に彼女を入れようとしたとき、彼女は「シニ-ヨル! シニ-ヨル! 死んでしまう! 死んでしまう!」と叫び声をあげたのだった。
"Shini-yoru!Shini-yoru! I'm dying!I'm dying!" (P62)
https://www.pu-kumamoto.ac.jp/~iimulab/dialect/sasiyori/pdf/07yorutoru.pdf
今週のお題「お風呂での過ごし方」
で、その後は、おもにアオカンで、やってばっか、です。ある種の白人男性とある種のオリエンタル女性のよくあるカップルの成立、と言ってしまうとひどい紋切り型で、マダム・マリーもこんこんと諭しています。これまで依存症患者と結婚したスタッフの例は枚挙にいとまがない。しかし。「私が彼を愛してあげなければ誰が彼を愛してくれるでしょう?」でなく、アルコール依存症者への度を越した親切心が何にも繋がらないことに気付いてほしい。自助は、あくまで自分を助けるから「自助」であって、(自己犠牲までして)他人を助けることではない、というのはここを讀んで私が思い出した一文で、マリーはそんなこと言ってませんが、たぶん大差ないはず。
上の、「死による」は、『ラスベガスのチャーリー』の例もあるし、私は熊本弁だと思うのですが、どうでしょうか。本作の日本語は、あと、お見合いを断る場面の母の、
P67
"Komaru-ne...what a worry you are. What's wrong about Michio-san?"
とか、どうこの結婚を母に切りだしたものか、の、
P68
Sooner later, her mother would have to learn that daughter had married an alcoholic, and a hakujin (white) alcoholic, at that.
あと、"Katawa" が出ますが、当時の時代状況を鑑みて、作者にあれこれの意図はないとすべしでしょう。邦訳ではぼかされています。以上
ヒサエ・ヤマモト作品集 : 「十七文字」ほか十八編 (南雲堂フェニックス): 2008|書誌詳細|国立国会図書館サーチ