『バレエ・メカニック』 "BALLET MECANIQUE" by TSUHARA YASUMI〈想像力の文学〉読了

知らない作家さんでしたが、訃報を聞き、一冊読んで*1みて、そこの著者経歴に自分で意欲作とかなんとか書いてたので読みました。SFマガジン2004年5月号7月号第一章「バレエ・メカニック」掲載。2005年1月号2月号8月号第二章「貝殻と僧侶」掲載。単行本化に際し大幅加筆訂正。第三章「午前の幽霊」書き下ろし。文庫本は下記のようにまた四谷シモンの人形を自分で装丁したみたいですが、単行本は、真っ白い表紙です。本書の数々のオマージュの中に、ペニー・レインなどビートルズの楽曲が登場し、ジョージ・ハリスンという固有名詞が強く書かれているので、白い表紙もホワイトアルバムかなと思いましたが、真相は不明です。

バレエ・メカニックというのは、複数の作品に重複して使われてるタイトルのようで、まず下記のグラドル写真集が出ました。

荒木奈々 - Wikipedia

この人は現役のクラシックバレリーナ兼グラドルだそうで、開脚グラビアが沢山出ます。

バレエ・メカニックはまた、フェルナン・レジェというフランスの人が1924年に製作した無声実験映画で、かつそれにインスパイアされた坂本龍一教授の1986年の楽曲でもあるそうです。ほかの方のブログを見ると、第二章も第三章も映画の題名だそうで、単なるかっこつけだったのか、深謀遠慮があったのかは、神のみぞ知るんじゃいかな。

バレエ・メカニック - Wikipedia

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この小説もまた、上記サイレント映画のオマージュ作品としてでしょうか、早川書房絡みで雑誌掲載はされたものの「通常のジャンルの枠組みに収まらない作品」だったので、そういうのを収める受け皿として創設された〈想像力の文学〉シリーズの一冊として刊行されたようです。〈想像力の文学〉シリーズは、そうそうに行き詰ったのか、2010年以降忘れ去られたようで、その後の刊行がない。

想像力の文学 - Wikipedia

バレエ・メカニック (小説) - Wikipedia

https://m.media-amazon.com/images/I/31BLVm7MRDL._SX298_BO1,204,203,200_.jpg左が単行本の表紙。

なんだか知らないが、個人の妄想が現実を浸食して(第一章)しばしまったりが入って(邦画によくある、説明や整理のふりをした、スタミナ切れの中だるみ)(第二章)すべてがこういうことだったのだよ、は、未来ですう、で、未来の話になる(第三章)です。

個人の妄想が現実を浸食するストーリーで、女装する医師を出したらアカンがな、山本英夫の漫画『ホムンクルス』とかぶってしまう、と思いました。ほんとにこの設定はいらなかったと思います。影響を受けてて気づかなかったのなら、ちょっとやばいですし、早川の編集何しててんと。作者にまるめこまれたとしても、編集が相手にしてんのは作家はんちゃう、読者やで、という。

童貞力のコラム*2では津原泰水という人を、男性愛の人だと思っていたとあり、津原泰水サン本人は、自身の高校時代を叩き台にした自伝的小説*3で、男性愛者の先輩から受けた嫌な体験をこまごまと書いていて、なぜそういう齟齬が生じるのだろうかと思っていた点だけ、頁47に書かれた出来事に何らかの現実の影響があるなら、理解出来る気がしました。「違法薬物やアルコールへの依存症患者、PTSD患者、習慣的自傷者などを、合法的薬物に軽度依存させることで段階的に治療していくプログラム」に、第一章の主人公である立体芸術家はボランティアとして参加し、当初は「真の家族を得たような気がしたものだ」が、「多幸感の中での乱交」の快楽追求が回を重ねるごとに過激化し、自殺と事故死が頻発し、提唱者兼主催者が殺害されて自然消滅する(かのように書かれる)その試みの、誇張を割り引いたようなものとの何らかのつながりがあったら、小説家にもそういう変化があってもおかしくないかもしれないなと勝手に空想しました。違法薬物を危険ドラッグ、合法的薬物を処方箋薬と言い換えれば、どこにでもある奈落、陥穽のような気瓦斯。

第一章の主人公がその後どうなるかというと、製作のためホテルにこもって、大量のスコッチと珈琲をルームサービスさせて、酩酊と正確な作業の両立を保とうとしつつ(最初期の須賀田さんがデカダ~ンになったような感じか)室内にはプロスティテュートの少年男妾がいて(第三章主人公)お尻にローションを「なすり込みながらよちよち歩」いてくる。

世界を覆ってしまう妄想は、第一章主人公の娘さんのそれなのですが、読んでいて、ああこれ致命的な失敗したなと思ったのが、その娘さんのイドの怪物が肥大化したような成人女性と第一章主人公がやっちゃう場面。あーあ、って感じでした。娘さんを救うために、家族が崩壊する前は必死だったオクサンがそこに登場してたら、まだ救済があったかもしれない。

中島らもとはまた違った意味で、この小説も固有名詞の海に溺れてるのですが、みつばちマーヤで用心していても、「五人目」が『シナの五にんきょうだい』のこととは思いつきませんでした。馬頭琴も出て来るのかな。その辺は、江國香織『神様のボート』で、ハウフ童話集*4が出て来るようなわけにはいかなかったのかと、彼我の文化資本の差に想いを馳せました。

青梅の果てのどこか街並みに、観光化事業のための馬車が走っていて、その馬がばんえい競馬を引退した還暦の、世界最大級の馬、ペルシュロン種だという部分がよかったです。

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じっさいに青梅にそういう観光馬車があるのか検索しました。

青梅市の観光馬車ランキングTOP0 - じゃらんnet

以上