『日本の包茎 男の体の200年史』"JAPANESE PHIMOSIS: 200 Year History of The Male Body." by Shibuya Tomomi 澁谷知美著(筑摩選書0205)読了

装幀者 神田昇和 巻末にあとがきと注釈と引用文献一覧。あとがきに筑摩書房石島裕之サンへの謝辞。ビッグコミックオリジナル『前科者』ファミレス読書会に出て来る本。

筑摩書房 日本の包茎 ─男の体の200年史 / 澁谷 知美 著

頁231 あとがき

 研究者は「なにを研究していますか」とたずねられることがある。『日本の童貞』執筆当時は「童貞についてです」と答えていた。すると、男性の多くが、ニヤニヤして「ボクも童貞です」とかえしてきた。「本当は違うんだけどね。ボク、おもしろいでしょ」というわけである。

 だが、「研究テーマは包茎についてです」と答えるようになって、男性たちの反応がガラリと変わった。皆、だまってうつむくのである。「ボクも童貞です」の勢いはいずこへ、と思うとともに、ちまたの包茎言説が多くの男性のアイデンティティに影を落としていることを知った。

ここで主題とされる包茎は、頁012、男性の約63%を占めると言われる、仮性包茎。約2%の真性包茎は対象外。保険手術で仮性になれるから。包茎の反意語、露茎は約35%だそうで、この数字は絶対値ではないが、実体値に比べ、信用が置けないほどのズレはない感触だとか。また、カントン包茎などというものは、俗語で、正式な分類にはないとか。

露茎包茎オブジェクションで、どちらが本来の姿、あるべき姿なのかについては、明治以降侃々諤々だったそうです。ジェンダーでなくセックスで、男性女性の別のさらに男性の中に二種類外見上の分類があるわけで、なぜ一種類じゃないのかという戸惑いは、十二分に理解出来ます。だからこそ、ユダヤ教ムスリムの割礼は一元化という点で非常にフラットな社会実現に貢献してると思うのですが、「みんなちがってみんないい」を是とするならば、頁013のように、欧米における反割礼主義の台頭などを紹介したくもなるのだろうと思いました。

しかしまあ、神が与えたもうたアダムとイブの肉体の、アダムにはツーバージョンあるという現実は(ほんとは神聖否真性入れてスリーバージョン)六対三という比率から見ても、分断のメタファーとして捉えられなくもないと言ってしまうと、じゃあ女性の分断はどうなら、何を以てその象徴とするならと言うことになるので、陥没乳首とかくだらないことは考えず、思考停止が吉かと。

話を戻すと、多様性に関するこのような文化相対主義は、露茎包茎どちらが女性に多くの快感を与えられるかの記述にも見られ、「スボ」は「味わるし」とバカにされる風潮があったが、「あふて死にたい皮かつぎ」と、皮がこすれることで挿抜の快感が露茎に倍増することをうたった川柳もあったと紹介されています。で、スボ➡すぼけは、漢字では蒙混茎と書かれていたりしたそうです。頁071。

ちなみに、頁048、包茎と短小に相関関係はないというくだりは、仮性包茎だけをさして言ってるものと思われるので、真性包茎に関しては、明らかに包皮が陰茎の発育を阻害するケースもあるのではと思われます。個人的に澁谷センセイに手紙を書いてもいいくらい。

また、頁052、「マラムキの伝統」に関しては、小学校から始めていいのか中学校から始めるべきなのか、陰毛が生え始めたタイミングで順次始めるべきなのか分かりませんが、女子に生理用品の使い方を教えるのと同様、男子には公教育で教えてもいいのではないかと考えます。地域教育家庭教育学校教育の教育三本柱のそのどれからも、マラムキは抜け落ちてしまう危険性があるように思うからです。ちんちんいじってオナニー合戦が出来るような開放的な学童ばかりでない(デリケートかそうでないかとは別の問題)ですし、シンママの性教育負担を軽減する意味でも、マラムキは公教育で行なうべきかと。部活でおぼえるだろと言うと、帰宅部がこぼれおちる。

頁055、男は包茎に生れるのではない、包茎になるのだ(手淫のやりすぎで)という中島栄太郎説に対し反論したのが何故か中国人研究者で、上海の陶熾と徐大哉という二人なのですが、この二人の名前の表記が中途半端で、苗字だけピンイン読みで、名前にはルビを振ってないというよく分からない書き方でした。ここはたんじゅんにふしぎ。謝国権以外、中国人の個人名が出るのはここくらいですか。

この後もう少し戦前の話があって、その後怒濤の七十年代以降の包茎手術広告やそのパブ記事の収集分析攻勢になります。労作と言うのは根幹の骨組がしっかりしていて、さらに主張がデータによって薄められたり方向性を見失ってブレたりせず、シンプルであることが肝要だなあと思いました。大宅壮一文庫から週プレ / スコラ / アサ芸 / 週刊大衆などの記事を検索ワード「包茎」でピックアップし、ホットドッグプレスとポパイは大宅壮一文庫の目録化対象雑誌でないので、創刊号から一冊一冊目視チェックして、記事をピックアップしたとか。やりますなあという。お弟子さんの院生なんかも動員したんでしょうか。

パブ記事が炙り出した男性の社会通念のひとつに、多くの女性は、複数の男性性器に接しているので、彼女たちの言うことのほうが、男性の証言よりも信憑性がある、というものがあり、ここは唸りました。男性がいっくら仮性包茎を称揚しても、その男性は自分のイチモツしか根拠にしておらず、一例を以て全体を説明しようとする、いわば心理学で、それに対し女性が「ホーケイってクサイよね」などと覆面座談会で言ったというふうにブチかましてしまえば、これは複数のデータに基づいた社会学となり、重みがあるというふうに捉えられてしまう。これに対しては当時から、「よく洗ってるもん」という反論が都度繰り返されていたはずですが(発言者の女性をヤリチンと人格?攻撃するわけでなく。日本の男性はこと包茎に関してのみフェミニスト)俺は清潔だ宣言は雑誌を読みながらのひとりごとがほとんどで、わざわざ反論を投稿したり電話抗議するのは手間がかかって、なのでそんな人はさほどいなかったと思います。双方向の情報ツールSNSを手にした現代とちがう。それだから、それほど発信元に影響を及ぼさなかったとも考えられやん。新興宗教やカルト宗教なら組織化してマスコミに電話抗議を繰り返すわけですが、包茎教という信仰を信じる集団がいるわけでもなく、Love your phimosis、自身の包茎を愛せ、的な日本男児の会なども寡聞にして知りません。だいたい包茎愛好家などというと、自分のそれというよりは、他人の包茎への嗜好、関心のニュアンスが強い。

読んでいて、当時、恥垢がたまるとガンになりやすいという流言蜚語があったことを思い出したのですが、マスコミには浮上しなかったのか、あるいは澁谷サンが取り上げなかったのか、本書には出ません。恥垢がたまるというのは、ヘソのゴマや耳垢などから連想しやすい気もしますが、そんな人どれだけいたのか。

「恥」を植えつけてビジネスにしたのは誰か。あいつらだったのか。ライター武田砂鉄さん、絶賛!

まあそれで、某美容整形でよく見たトックリセーターの広告を模したイラストが帯に使われ、犯人探しみたいな煽り文章が続くと、当然こう思います罠。

www.cyzo.com

サイバラ夫はウヨサヨ論争で敵の多い人ですから、こういう売り方をすれば、サイバラ夫がキライな人が燃料として買ってくれるだろう的読みなのかもしれませんが、しかしそれは羊頭狗肉で、美容整形が煽る前から仮性真性含め包茎をバカにする風潮は存在した、というのが本書の主張なので、ギャフン、と言ったところでしょうか。サイバラ夫サン自身が仮性のほうがいいと言ったような箇所もあったような気がしたのですが、模造記憶だったみたいです。ブームの仕掛け人として回想した箇所と、ブームの終焉の嘆息の箇所しか、今見直して見れなかった。

頁160あたりには反露茎派の主張が男性女性(例えば大魔神の嫁さん)交えて紹介されており、見沢知廉など、おまー死んでここに皮残してるんかい、という感じなのですが、出色は「風に聞け」の北方謙三で、包茎を悩む読者に対し、医者に行け!とは言わず、自身も仮性っぽいが「むしろそれがいい」のだと告白しています。さらにたたみかけて、国民皆兵ならぬ信徒皆割礼の回教圏男性がモテなわけではなく、むしろ仮性が多い基督教徒のほうがおさかんであるようだ、と書いてます。渋谷サン的にもここは、日頃二言目には「ソープに行け!」を連呼してる御仁が手術のお先棒担ぎをしなかったことに感銘を受けたようでした。

反露茎派の証言のくだりはなかなか澁谷サンしつこくて、有名人の包茎手術体験記などがさかんに誌面に踊った時代を経て、その一人だった水道橋博士(最近辞職)が後年後悔した弁まで探し出して載せています。すばらしかった。

現在、なぜ包茎手術広告が下火かというと、失敗例や訴訟があったからだ(下記の本もその一冊)というのが本書の主張で、私はそれ以外に、女性男性問わずプチ整形が非常にポピュラーになって、そっちで稼げるようになったからではないかと考えます。

下は帯裏。

多数派なのに恥ずかしい!? 日本の男性の過半数を占める仮性包茎。現実には女性は気にしていなくても、「女に嫌われる」との広告にあおられ、医学的には不要な手術に走る男たち。この「恥」の感覚は、どこからやって来たのか? 謎を解くべく、江戸後期から令和まで、医学書から週刊誌まで、膨大な文献を読み解き、その深淵に迫った日本初の書!

この本を読んでいて、ハテ、自然界では包茎露茎どちらが普通の状態なのか、不思議に思い検索しました。包茎のがデフォに近いかったです。

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

以上