『知里幸恵 ー十九歳の遺言ー』"Yukie Chiri. ーNineteen-year-old will.ー"by Nakai Miyoshi 中井三好 彩流社 Sairyusha 読了

www.sairyusha.co.jp

知里幸恵 : 十九歳の遺言 (彩流社): 1991|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

装幀者未記載。

左は表紙の一部。

知里幸恵サンの伝記は、①実弟真志保サンと通じた道民で民俗・考古学者の藤本英夫サンによる1973年『銀のしずく降る降る』(新潮選書)と、その1991年草風館改訂版、同社2002年刊『知里幸恵 十七歳のウエペケレ』、②金田一京助サンの後輩須知徳平サンがパイセンから借りた独自資料を駆使して書かれた『北の詩と人 アイヌ女性・知里幸恵の生涯』2016年岩手日報社刊、があり、本書は①の改訂版とほぼ同時期に出た第三の伝記ということになるのですが、全体のなかでどういう位置づけになるのかは、よく分かりません。当事者連にとっては自明の理なのでしょうが、あえて文字化、言語化されていないので、部外者には分からなくなっていて、たぶんそのまま埋もれるのでしょう。

左は巻末の関連書広告。何故かワープロ書き。ホンカツ、加藤登紀子が執筆者のトップに來る、山谷+アイヌというすごい本。

なんだろうなあ。

頁7、マツのアイヌ名がイメカヌで、洗礼名はマリアだとか、ナミのアイヌ名がノカアンテで、洗礼名がサロメとか書いてますが、私がおどろいたのは、旧土人保護法の第九条。

北海道旧土人ノ部落ヲ為シタル場所ニハ国庫ノ費用ヲ以テ小学校ヲ設クルコトヲ得

大和民族が旧土人土人学校と蔑称していた学校が、国費で建てられていたとは知りませんでした。こういうのだいたい村の持ち寄りじゃないですか。かつての本土の寺子屋改造小学校も、少数民族で言うと、今の中華人民共和国少数民族自治区自治州の民族学校も。地方財政からでなく、国費というのはなかなかです。中抜きとか知りませんが、たんじゅんにおどろいた。

そのすぐ後の頁8には、どさんこ極楽とんぼ加藤がMCやってたワイドショー番組「スッキリ!」で炎上したアイヌということばを分解したダジャレと、同じ文言が出ます。なんというかなあ。

b.hatena.ne.jp

頁154には、幸恵の父高吉が、日露戦争203高地攻略に輜重兵として参加、鴻毛の如く人命を軽く扱われながら、アイヌの運命を賭して働き、旭川第七師団で初めて、輜重兵として金鵄勲章を受章したんだそうです。

頁154

 しかしながら、高吉の子の日露戦争の並はずれた働きによって、シサムのアイヌを見る目が変わったわけでもなんでもなかった。(略)

 日露戦争から帰った高吉は、牧場で馬を引く程度の仕事しか出来ない状態になっていた。(略)すべてナミの働きのみに支えられていることへの苦しみがあった。妻ナミや子供たちに苦労ばかりさせて、何の力にもなれない自分に苦しんでいた。

頁206、金田一春彦少年の回想。『父京助を語る』にあったのか、別の資料か。

頁206

 春彦が傘を持たずに学校へ行ったあと、雨が降って来ると、幸恵は傘を持って真砂小学校の昇降口まで迎えに行った。回数が重なるにしたがって、あの春彦を迎えに来る女の人は、アイヌだという噂を教室の者がしだした。「お前のところにいるのはアイヌだろ。だからお前もアイヌだ」と言ってまわりの者がよくいじめるようになった。なかには、となりの教室やまったく知らない者まで春彦の方へ走って来たかと思うと、小突くようにして「アイヌ」といじめのことばを吐きかけていったりした。春彦はそれらの者に対して毅然として相手にならなかった。

www.google.com

真砂小学校は、統廃合で現在は本郷小学校というそうですが、しかし東京ドームと湯島聖堂を結ぶ線にある、押しも押されぬ文京区のド真ん中小学校ですよ。異文化接触は、知らない状態より、知ってからの方が激しくDISりあうというセオリーそのまんま。(知らないのでゆめごこち状態の代表例:「トルコは親日」)

本書は、遺稿集とちがって、アイヌ語の単語にカッコをつけて、日本語の意味を逐次添えています。これはよかった。「シュプネシリカ」は、青空文庫などをやっておられる大久保サンという方によると、ユーカの「蘆丸の曲」なのですが、本書では(ユカラの題名)です。頁142。金田一京助サン実弟金田一他人サンのことを幸恵サンは「イアクニシパ」と書いているのですが、(連れそう首領)同頁。

頁171「オンネシサム」(年寄りの和人)「エンユク」(獰猛な鹿)「アカム(だんご)サラニプ(しなの木の皮で編んだ袋)ハポ(おっかさん)

頁179「イナウ」(柳の木を削った御幣)

頁186「オプ」(槍)これはアイヌ語じゃないかもしれません。聖書の話を書いてるところなので。

頁189「チッカッパ」(めんこ遊び)

頁200「サンベアツトム」(心臓が大きな鼓動をすること)「ヘセアツトム」(強い息遣いのすること)「コテ」(禁じられ)「サンベエン」(心臓の痛みが)アイヌウタラ(アイヌの友達)「イクパシュイ」(棒酒箸)「イナウル」(祈りの時の男性のかぶりもの)「アイヌカラペ」(アイヌがつくったもの)「ニマ(木製品)「ぺら」(さじ)「かしゅっぷ」(しゃもじ)「チポンニマ」(小さな木製品)「マキリ」(小刀)「タラ」(背負紐)「ムリリ」(死体を包むときにしばる幅広のひも)「ニペシ」(しなの木の皮)「ウトキアツ」(墓標にまくひも)「カナウンタラ」(背負い紐の一種)「アラシヌカタラ」(背負い紐の一種)「サラニプ」(袋物)

頁207「ツレプイルプ」(うば百合の澱粉

頁210「ヤイペカヤイペカ」(ふらふらする自分をまわりのものでうけうけする)うけうけの意味が分かりません。

218「ニマポ」(木彫りの器)「ワカルパアチャポ」(ワカルバおじさん)ハイサイおじさんはハイサイアチャポで、へんなおじさんはへんなアチャポか。いや、「変な」はヘマンタかな。hemanta aacapo♪, ヘマンタアチャポ♪

頁262「カムイカラ」(アイヌ神謡集)「ピセ」(ふうせん)いや、ピセは風船じゃない!!!!

頁266「キナオハウ」(山菜のしる)「エンドサヨ」(薙刀香薷のおかゆ

ja.wikipedia.org

というわけで、下記遺稿集に日本語訳がなくて悩んだ単語が、本書では和訳付きでおんなしように収録されていてページ数を稼いでいるので、やっつけ訳や意味のとれない訳はあれど、なんとなく理解出来るようになりました。ありがとう三好ニパ!!

stantsiya-iriya.hatenablog.com

巻末の彩流社出版物広告。この前に参考文献とあとがき。彩流社竹内淳夫サンへの謝辞。以上