『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち(HIRUBIRY EREJY Some white people left behind by America's prosperity.)』J.D.ヴァンス 関根光宏・山田文 訳 "Hillbilly Elegy A Memoir of a Family and Culture in Crisis" by J.D.VANCE Translated by SEKINE MITSUHIRO & YAMADA FUMI 読了_感想後編

感想を書くつもりがストビューの写真ばっか個人で楽しむ範囲で載せて終わってたので、もう少し書きます。前半は参考URLをぜんぶ注でつけたののですが、後半は本文中に入れました。意味はありません。

ヒルビリー・エレジー J・D・ヴァンス、関根光宏/訳、山田文/訳 | ノンフィクション、学芸 | 光文社

装丁・本文デザイン 長坂勇司(nagasaka design)原書装丁 Jarrod Taylor カバー写真/©Joanna Cepuchowicz / EyeEm / Getty Images ©megatronservizi / Getty Images(星条旗) 著者写真/AP Photo/Dan Sewell  

頁171にレーナード・スキナード「テューズデイズ・ゴーン」という歌が出ます。

www.youtube.com

頁154
(略)バイブル・ベルトの真ん中では、礼拝に参加する住民の割合は、意外にもかなり低い【*18 Raj Chetty,et al. "Equality of Opportunity Project." Equality of Oppornunity." 2014,http://www.wquality-of-opportunity.org/
 とりわけアパラチア、なかでもアラバマ北部とジョージアオハイオ南部では、一般に抱かれるイメージとちがい、中西部、つまりマウンテン・ウエストの一部と、ミシガンとモンタナのあいだのほとんどの地域と比べても、礼拝参加率が低い。奇妙なことに、私たちは、自分たちが実際よりも頻繁に教会に行っていると思い込んでいるのだ。ギャラップ(世論調査会社)の最近の調査では、南部と中西部の人たちの礼拝参加率は、国内最高だと報告されていた。ところが実際には、南部の住民で礼拝に参加している人はとても少ないのである。

これは意外でした。

頁158
(略)私は父と父の教会を愛していた。(略)いずれにせよ、私は熱心な改宗者になった。”若い地球説〟の本を読みふけり、オンラインのチャットルームに参加しては、進化論をめぐって科学者たちに異議申し立てをした。千年王国論ミレニアムの予言を知り、2007年に世界は終わると信じていた。悪魔崇拝的なブラック・サバスのCDも捨てた。世俗的な科学の常識や、世俗的な音楽の道徳性に疑問を呈していた。父の教会の教えどおりにしたのだ。
(略)
 父の家では、エリック・クラプトンを聴くことはできなかった。歌詞が適切でないといったレベルの話ではない。エリック・クラプトンは悪魔に憑かれているというのだ。その昔、レッド・ツェッペリンの「天国への階段」を逆再生すると、悪魔の呪いが聞こえるという冗談を耳にしたことがあるが、父の教会の人たちは、このツェッペリンの都市伝説を、あたかも事実であるかのように話していた。

こういう一部の熱心な信者がいるので、最近教会には行ってないなどと言いにくい空気があり、それで自己申告型のアンケートだと、礼拝参加率が高くなるそうです。じっさいはそうでもないのに。意外とアメリカ人も見栄をはる。フィリピン人の方が正直に「さいきん、教会行ってないなあ」って、云うかも。

Perkins Restaurant & Bakery

頁177
 ミドルタウンには、パーキンズという、私たちがよく朝食を食べに行くお気に入りの店があったが、祖母はときどきそこの店長から、声を落とすように、あるいは言葉づかいに気をつけるようにと注意された。祖母は「あのクソ野郎」とぶつくさ言いながらも、肩身が狭くて居心地が悪そうにしていた。
 しかし、ケンタッキー州ジャクソンで唯一のまともなレストラン、ビルズ・ファミリー・ダイナーでは、キッチンのスタッフに向かって祖母が「さっさと持ってきな」と叫んでも、みんな「わかったよ、ボニー」と笑うだけだ。祖母は私を見て言った。「ほらね、みんなあたしの仲間なのさ。あたしが性悪なクソババアなんかじゃないってわかってんだよ」

Perkins Restaurant & Bakery - Wikipedia

ビルズ・ファミリー・ダイナーは検索しても出ません。マップ上だと感想前半に載せたカエルとナマズの店が出ます。かつてそこにあったのかもしれませんが、グーグルマップ上でその地点は過去の日付の画像を見ることが出来ませんでした。少なくとも2009年にはジャクソンを一度グーグルカーが走っているのですが、軒並み閲覧不許可の申請を出されたのでしょうか。

頁198
私はまた、たいていのティーンエイジャーと同じように、信仰についてたくさんの疑問を持っていた。たとえば、近代科学と宗教は両立するのかとか、特定の教義についての論争では、この宗派やあの宗派が正しいのかどうか、といった疑問だ。
 たとえそういうことを尋ねたとしても、おそらく父は怒らなかっただろう。それでも、どういう反応が返ってくるかわからなかったので、父に一度も聞かなかった。悪魔の子だと思われ、家を追い出されるのではないかと不安だったからだ。

頁253に、カソリックが何かを知らない海兵隊の白人同僚が出てくる場面があります。ケンタッキー州レスリー郡の出身だそうで、ヴァンスサンの祖母に言わせると、「あの辺じゃ、みんな蛇使いさ」だとか。

頁253

あながち冗談というわけでもなかった。

Welcome Home Home of the FREE Because of the BRAVE

レスリー郡の庁舎がある唯一の市、ハイデン。人口365人だそうです。そういう先入観でグーグルマップを見たせいか、青梅などの奥多摩か、御殿場線の岩波などで下車した時のような感じだと思いました。

林道の教会。この近くに投票所もありました。この教会はメソジスト派で、「蛇使い」ではないようです。「蛇使い」はペンテコステ派だとか。

レスリー郡 (ケンタッキー州) - Wikipedia

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/98/Handling_serpents_at_the_Pentecostal_Church_of_God._%28Kentucky%29_by_Russell_Lee._-_NARA_-_541335.jpg/620px-Handling_serpents_at_the_Pentecostal_Church_of_God._%28Kentucky%29_by_Russell_Lee._-_NARA_-_541335.jpgレスリー郡は完全なドライ郡で、何処に行ってもお酒は買えない(売ってない)そうです。いい話。群全体の人口は一万人くらいいるとか。

蛇使いはこういう人たちで、アパラチア山脈の複数の州にまたがって生息しているそうです。

ルカによる福音書に、「見よ、わたしはあなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を与える」と書いてあったり、マルコによる福音書に「信じる人々には次のようなしるしが伴う。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し(略)蛇をつかみ、たとい毒物を飲んでも害を受けず」と書いてあったりするので、信仰のあかしとしてそういうことをするんだとか。神を試してはならない、の一線ガー(ry

Snake handling in Christianity - Wikipedia

www.youtube.com

ヴァンスサンの祖母は、孫のヴァンスサンから、自分はゲイかもしれない、ゲイは地獄におちちゃう、どうしようと相談された時も、「おまえチンコをしゃぶりたいと思うかい?」と逆質問し、NOという返事をもらって、じゃあお前はゲイじゃないと判定してあげます。頁161。「それにもし、おまえがチンコをしゃぶりたくても、それはそれでいい。神さまはそれでも愛してくださるよ」

MIDDLETOWN HIGH SCHOOL COMMNUNITY

ミドルタウン高校。隣はミドルタウン中学。どちらも低層建築で、日本で考える学校のイメージと違います。日本で一階しかない学校だと、校庭が広くて木造で、みたいなイメージですが、アメリカの学校はコンクリの一階建てで、外からは見えにくい。外から中を狙っても、中から外を狙っても、銃を乱射しにくいです。その気にならないんじゃいか。

RESERVED PARKING ♿⇔ 1500 FINE MAXIMUM VAN ACCESIBLE RESERVED VISITOR PARKING ONLY

バンも停まれるよとか書いてある駐車場。送迎用の需要が大きいのか、駐車場は広いです。

広い高校駐車場。自分で車を運転して通学する高校生がいるのかどうかは知りません。低層高校、低層中学なのは、マイケル・ムーア監督の出世作、ランダム・シューティング映画「ボーリング・フォー・コロンバイン」の隣町、もしくは隣の隣町、隣の隣の隣町くらいだからかもれません。

MIDDLETOWN MIDDIES

ミド高生はミディーズと呼ばれる(らしい)ひらひら。

MIDDIES

ミディーズのマスコットはマダガスカルシーク教徒出身であるフレディ・マーキュリーみたいなのなので、ヴァンスサンはそれで自分がゲイかもしれないと思ったのかもしれませんが、分かりません。

下記は頁222、ディルマンというスーパーでバイトをしていた時の話。

頁222

 また、いかに多くの人が、生活保護制度を利用してうまくやっているのかを知ることもできた。そういう連中のなかには、フードスアンプで炭酸飲料を2ダース買い、それをディスカウントストアに売り払って金に換える人もいた。レジで別々に会計をして、食べものはフードスタンプで買い、ビールやワインやタバコは現金で買う人もいた。携帯電話で話をしながら会計をすませる客もよく見かけた。うちの生活はこんなに苦しいのに、連中か役所から気前よくお金をもらって暮らしている。そのうえ、どうして私が夢に見ることしかできないような、ぜいたく品を手に入れられるのか、まったく理解できなかった。
(略)
 2週間に一度、私はわずかな給料を小切手で受け取るのだが、かならず連邦政府と州の所得税が引かれている。そして同じくらいの頻度で、近所の薬物依存者がTボーン・ステーキを買っていく。私は自分では金がなくてステーキなど買えないのに、合衆国政府に税金を徴収され、私が払ったその税金で、他人がステーキを買っているのだ。
 これが17歳のときの私の考えだった。大人になったいまは、高校生のときと比べると怒りは収まってはいるものの、祖母が「労働者の政党」と呼んでいる民主党の政策が、さほど褒められたものでもないと、このころから思うようになった。

DOLLAR GENERAL®

このスーパーは現在ではディスカウントストア(日本では何故か絶滅した店舗形態。しいて言えば今あるのはドソキかな)のようなお店になっているようで、しかし店の位置が「閉業」できちんとグーグルマップ上に示されており、そこは過去のストビューも見れる場所なので、2013年5月にグーグルカーが撮った画像で、お店が確認出来ます。

Dillman FOODS

2014年1月に閉店したようで、個人経営のスーパーがそんな時点まで存続していたことに、逆に驚きを隠せません。アメリカのウォルマートは日本のジャスコ旋風ほどには荒っぽいやり方をしなかったのか。

Dillman Foods - Middletown Forum

(グーグル翻訳)

投稿日: 2013年12月22日日曜日午前12時

ディルマンフーズ、1月4日までに閉店へ

ティーブ・ディルマンさんは、家族経営の食料品店をできるだけ長く営業し続けたと語った。

しかし、2000年以降、売上は半減し、経費は倍増したため、閉店に追い込まれたとディルマン氏は語った。そこで、ミドルタウンで87年間食料品店を営んできたディルマン家は、セントラル通りの最後の店舗を閉店することになった。61歳のディルマン氏は、在庫処分セールで商品がどれだけ早く売れるかにもよるが、火曜日から2014年1月4日までの間に閉店する予定だと語った。

「こんなことが起こるなんて思ってもみませんでした」と、食料品店を営む3代目のディルマンさんは言う。「悔しいです。いや、悲しいです。いつも、もっと違うことができたのではないかと考えています。」

ディルマン・フードの閉店は、ミドルタウンの家族経営の食料品店の最新の閉店となり、マギーズ、デイビーズ・キャリーアウト、ケリーズ・マーケットの閉店に続くものとなった。

ディルマン氏は、セントラルアベニューでの51年間を「素晴らしい日々、本当に喜び」と呼び、自分のビジネスを支えてくれた地域の人々に感謝した。

彼は建物の売却交渉中だが、潜在的な所有者の名前は明かさなかった。彼によると、この建物は小売業になるが、食料品店にはならないという。

(略)

また、2010年から2011年にかけての18か月間に、店舗内で3件の武装強盗事件が発生したという。セントラル通りのディルマンズで2件、ルーズベルト通りのセーブ・ア・ロットで1件だ。それ以前の20年間、店舗内で強盗は起きていないという。

彼は、従業員の頭に銃を突きつけられた強盗事件を

(略)

ディルマン氏は、この犯罪に対抗するため、自分の小さなオフィスから監視する監視カメラを購入し、夜間に勤務する武装警備員を雇った。警備員はこれまでに2件の強盗事件を阻止したほか、店に入ってきた人が警備員に気付き、何も買わずに店を出て行くケースも数多くあったという。

(略)

ディルマン一家は、事業が最盛期だったころ、ミドルタウンに3軒、ウェストキャロルトンに1軒の食料品店を所有していた。ミドルタウンの店舗のうち、ルーズベルト通りとユニバーシティ通りにある2軒をセーブ・ア・ロットに転換し、2011年に売却した。

(略)

「ごめんなさい」と彼女は言った。「感情的になってしまいました。」

(略)

一人っ子のディルマンさんは、店を閉めることで両親のロジャーさん(88歳)とバージニアさん(85歳)の世話をする時間が増えると語った。彼は監視カメラをもう一度見て、「新しい人生を始める時だ」と付け加えた。

大手スーパーより、小規模チェーンとの競合に負けたとの見解をオーナーは示しています。この店の情報が今でも見つけられるのは、2016年出版の本書の影響によるところ大かもしれません。本書でヴァンスサンは、この店の経営方針についても疑義を呈していて、富裕層には信用売りをして、貧困層にはツケを認めなかったと書いてます。店主さんはひょっとしたら読者の一部からその点をやいやい云われて、老後の生活が無風ではなかったかもしれません。ヴァンスサンとしても、閉店した店だから実名で書いたわけで、そういうことは想定してないでしょう。もしそういうことがあったとしたら、ベストセラーによるナントカスタンプ、ナントカスティグマはネットのそれより強力なのかもしれません。

TAHNK YOU FOR BEING OUR GUEST Pickup

大手スーパーの駐車場。「顧客でいてくれてありがとさん」みたいな文章でしょうか。何をどうしても入船駐車。人口三百人の街でも前向き駐車でしたが、そんな過疎地で後ろ向き駐車である必要はないです。

頁228

(略)ジミーおじさんのところへ行ったときには、近所の人の叫び声で目を覚ますなどということはなかった。ウィーおばさんとダンの家の近くには、すてきな家ばかりが建ち並び、芝生は手入れが行き届いていた。警察官は、やってきてもにっこりと笑って手を振るだけで、誰かの母親や父親をパトカーの後部座席に乗せて連れていく、などということはなかった。

 彼らは、私たちと何がちがうのだろうか。(略)

 この種の出来事には、独特のパターンがある。軽い叫び声の応酬が聞こえると、雨戸がわずかに開いたり、ブラインドの隙間から目がのぞいたりする。さらにエスカレートすると、近所の人たちが目を覚まして、寝室の明かりをつけ、騒ぎのようすをうかがいだす。どうにも手に負えなくなったら、警察が来て、誰かの酔っ払った父親や錯乱した母親を市庁舎へ連れていく。

 その建物には、税務署や水道局などの公益機関、それに小さな博物館まで入っていたが、近所の子どもたちはみんな、そこにミドルタウンの留置場があるということをちゃんと知っていた。

MIDDLETOWN CITY BUILDING MUNICIPAL COURT MIDDLETOWN CITY SCHOOLS ENTRANCE

市庁舎玄関。シティースクールというのは、市民学校みたいなものでしょうか。博物館は分かりません。今でも留置場があるのかどうかも調べてません。水道局などは本庁舎になく、別の場所の分舎にあるので、そっちにあるのかもしれません。

We Deliver For You. We Deliver

市庁舎の隣は郵便局。「私たちは配達します」とわざわざ書いてるのは、米国郵政の未着率の高さを勘案してのことなのか(考えすぎです)

RIGHT LANE MUST TURN RIGHT

市庁舎の前の道は市庁舎側だけ四車線で(反対車線は二車線)「右車線は必ず右折せよ」との標識がありました。右走行。アメリカの左折が日本の右折。歩道側の車線からセンタ―横切ってきたら危なくて迷惑ですね。

NO TURN ON RED NO TURN ON RED

赤信号時転回禁止、でしょうか。右折車両が来るからかな。

⤴ONLY

右折オンリーなので、左折禁止ってことでしょうか。直進もダメなのかな。一通の反対側にある逆走禁止の表示が、"WRONG WAY"で、そりゃグッドウェイじゃないですわねと思いました。でもその表示場所をロストして、撮れてません。

頁236

(略)子どものときから、2種類の考え方と社会的規範があるのはわかっていた。

 祖父母がその片方を体現していた。昔ながらで、つつましく誠実であり、自立していて、勤勉であるべきというものだ。母が体現していたのがもうひとつのほうで、コミュニティ全体がだんだんとそちらに向かっていった。そこでは、消費主義、孤立、怒り、不信感が中心に据えられている。

 祖父母と同じ規範にのっとって暮らしている人たちもたくさんいた。いまでもいる。ぱっと見ただけではわからないこともある。

 周りの家がすっかり朽ち果てているなかで、近所のおばあさんは、きちんと庭の手入れをしていた。母の幼馴染みの若い女性は、毎日実家に戻ってきては、年老いた母親の面倒を見ていた。なにも私の祖父母の生き方を理想化しようとしてこんなことを言っているのではない。祖父母の生活も(略)私たちのコミュニティでも、もがき苦しみながらもなんとかうまくやっている人たちがいた、と言っておきたいのだ。

ヴァンスサンは高校を出ると海兵隊に入り、家を出ます。そしてイラクへ。祖母の保険料が値上げになって払えなくなるとヴァンスサンがオンラインポーカーで稼いだカネで肩代わりし、祖母の臨終にはブートキャンプのあるサウスカロライナ州パリスアイランドからオハイオ州ミドルタウンまで時速150キロで飛ばしてウエスバージニア州で鼠捕りに捕まり、しかし理由を話すと警官がその先の鼠捕りポイントを教えてくれたので、その後は時速165キロで走り、13時間かかるところを11時間かからずたどりついて臨終に間に合ったとか。

https://maps.app.goo.gl/qGptZuKkafCNin4C9

しかしこのルートをグーグルマップで示すと、11時間6分で何事もなくたどり着けることになっています。多少は道もよくなっているのでしょうが、要するにグーグルマップは信用出来ない。グーグルマップを信用するな。それに尽きると思います。

EXIT 32 122 Middletown ↗

てきとうに撮ったミドルタウンへの高速出口ランプ。こっち方向からヴァンスサンが帰省したかどうか知りません。

頁263

 祖母も私も、映画『ターミネーター2』が大好きだった。5、6回は一緒に観たと思う。祖母に言わせると、アーノルド・シュワルツェネッガーは、アメリカン・ドリームを体現した人間だそうだ。たくましくて有能な移民が、頂点にのぼりつめる。私はこの映画を、自分自身の人生と重ねていた。

『ターミネータ―2』は、スピルバーグ直系「強い母性」映画で、ジェームス・キャメロンアバターで全精力を使い果たして枯れてしまう前に撮った作品ですが、どうヴァンスサンの琴線に触れたのか分かりません。

頁269

 ところが、祖母の葬儀の後だけは、なつかしい思い出に浸ることはなかった。(略)母が言うには「あたしの母さんで、あんたたちのじゃないんだからね!」

 前にも後にも、誰に対しても何に対しても、このときほど腹が立ったことはない。私はそれまでずっと、母に理解を示してきたつもりだ。ドラッグの問題でも協力してきたし、依存症について書かれたバカみたいな本もたくさん読んだし、薬物依存患者会の会合にもついていった。父親役が次々と入れ替わり、それぞれにむなしい気持ちにさせられ、男性不信を植えつけられたにもかかわらず、我慢して、けっして文句を言わなかった。

 裁判で証言台に立ち、母が刑務所に入らないように嘘をついたこともある。母とマットと一緒に暮らし、それから母とケンと同じ家に住んだ。(略)

(略)だがリンジー(父親違いだったかの姉)が先に言った。「そうじゃないでしょ、母さん。おばあちゃんは、私たちのお母さんでもあったのよ」

ケンは血統は韓国人で、出生後養子縁組で米国に来て育てられた人間のようです。大麻を育ててました。裁判のことしかここでは書かれませんが、このママは薬物検査の検尿に際してヴァンスサンの尿をよこせと来たこともあります。その時は天の配剤でヴァンスサンが生まれて初めてアシッドをやった直後だったので、母親にののしられながらも、陽性出ちゃうから代尿断り通してます。ページ箇所忘れましたが、ここはおかしかった。

ヴァンスサンは軍に入るまで、ローンを組む際に相見積もりをとることなども知らず、信用組合の口座を初めて開いたのも軍隊ででした。海軍信用組合"Navy Federal"

Navy Federal Credit Union - Wikipedia

母や祖母や姉はほかの新兵の数倍の手紙を送ってよこしたとか。下記は母親からの手紙。

頁252

「マンディの旦那のテリーが保護観察中に捕まって、刑務所行きになったわ。そんなこんなでいつもどおり、みんな元気よ」

ヴァンスサンはイラクでは当初地域住民との連携をはかる任務に携わり、軍の保護が及ばない土地に危険を冒して足を踏み入れたりしたとか。その後は広報官の任務につき、イラクの文化を学ぶためにえんえんトレーニングを受けます。靴の底を人に向けてはならない(日本もそうです)ムスリムの伝統的なスカーフをかぶった女性に話しかけるときは、かならず男性の親族に声をかけてからにする。頁293。いろいろ自信をつけたヴァンスサンは除隊後オハイオ州立大学に入りますが、虐殺をしているとか知的水準が低いとか、左巻きっぽい学生から云われなき米兵批判を受けて、愕然とします。

そうしたことに猛奮起したのと、一刻も早くこの環境から逃げたいという切実な思いから、ヴァンスサンは二年足らずでオハイオ州立大学を最優秀の成績で卒業します。そしてイェール大学のロースクールに入学。御三家のほかの大学のうち、スタンフォードオハイオ州立大学学長からの推薦状が必要だったのでなんとなく遠慮して、やめ。ハーバードも考えていたそうですが、イェールのほうが小さいのでアットホームだと考えイェールへ。

結果的にこれが大成功となります。ヴァンスサンの人生の転機。イェールは学生同士がお互い知り合いになってしまう環境で、だいたいふつうは似たような階層の人間しかいませんので、そこで人生のパートナー、生涯の伴侶も見つけてしまいますし、「社会関係資本」(頁333)と呼ばれる、上流同士の交友関係、何かあった時に連絡の取れる関係を多く築くことが出来るからです。『愛と誠』の誠がチャンスの前髪を逃さず、子供じみた反発はやめて利己的な態度をとってガリ勉に邁進して皇族と以下略みたいな話でしょうか。

ソーシャル・キャピタル - Wikipedia

但し、こういう環境にビンボー人のこせがれが背伸びして入学したばやい、ほかの学生と文化資本も異なるので、プライドを保つためなんとなく疎遠になって孤立したりしがちですが、ヴァンスサンはそういうこともなく、なんとか乗り切ります。「母親が外科医で父親がエンジニアは中流」と言われてもハーソーナンデスカで、大卒一年目の年収16万ドルはふつう、むしろ少ないという価値観もハーソーナンデスカ。頁318。そうしていれば、就職でも一流どころからの面接から始められ、「スタートラインにすら立てない人生」でない人生が開けます。頁340。

頁344

以下、イェールのロースクールに入学した時点で、私が知らなかったことを列挙してみよう。

・仕事の面接に行くときには、スーツを着る必要がある。

(略)

・テーブルの上のバターナイフは、たんなる飾りではない。(とはいえ(略)スプーンや人さし指を使ったほうが(略)

・合成皮革と本革は、ちがう素材である。

・靴とベルトは、色と素材を合わせる必要がある。

(略)

・よい大学に進学することには、「自慢ができる」以外にもメリットがある。

(略)

 私の祖母は、ヒルビリーに対するステレオタイプな見方、つまり、「全員がよだれをたらした間抜けだ」という考え方に、いつも怒っていた。だが現に、私は、成功するにはどうすればいいのか、まったくわかっていなかった。

また、金銭面でもとてもじゅうようなことを学びます。自分でハードルを下げて近場のそこそこの大学に行ってしまうと、学費はぜんぜんまけてくれないが、場違いなエスタブリッシュ校に成績優秀で行くと、スカラシップ奨学金が夢のようなので、かえってオトクだということです。周りに合わせてその辺に行くな、上に行くと、珍しいので差し伸べられる手がハンパないぞと。頁310。

残念なことに、イェール大学に行くと、前向き駐車の日々は終わりを告げ、縦列駐車をマスターしないと生きていけなくなります。これだけで高学歴社会はおそろしいと言えるのかも。運転手付きの人もいるでしょうから、みんながみんな縦列駐車が出来るわけではむろんないと思います。階層が上流という共通点(ヴァンスサンとジャミルというアラブ人学生のふたりだけが例外)を除けば、イェールはかなりコスモポリタンなキャンパスで、巻末の謝辞に出てくるクラスメート、ラクシュミというインド移民女性などはたぶん運転手付きの人じゃいかなと。

ジャミル - Wikipedia

NO PARKING

イェールの路チュー。

エイミー・チュアという指導教授は、やり手だと思いました。どう転んでもいい人生が待ってそうな環境にいきなり転がり込んだヴァンスサンが、そこで溺れて、努力を怠って、自滅しないよう的確にアドヴァイスをしている。頁337。

本来ならイェールカップルは似た者同士の家庭環境と保護者の所得額になるはずですが、ヴァンスサンはそうではなく、さらにいえばヴァンスサンはふつうにアダルトチルドレンなので、ヴァンスサンはパートナーとの生活の中で、いやおうなく「逆境的児童期体験(ACE)」によって形成された自分という人格と向かい合うことになります。

逆境的小児期体験 - Wikipedia

頁186、CATハウス「シンシナティ依存症治療センター」(Center for Addiction Treatment)でのグループ活動、家族向けトレーニング、ディスカッションの場面が出ます。母親。

頁189には、匿名断薬会(ナツコナルコティクス・アノニマス)のミーティングの話が出ます。母親。

CENTER F(FOR ADDICTION TREATMENT

CATハウス「シンシナティ依存症治療センター」

catsober.org

ヴァンスサン一家はここを「キャットハウス」と呼んでたそうですが(頁183)公式はさらにそれにソーバーをくっつけてます。「ねこのソブラエティ」

CENTER FOR ADDICTION TREATMENT Spaulding recovery and family care building

頁188
 数か月後に、母がうちに帰ってきたときには、新しい習慣も一緒だった。母が「ニーバーの祈り」を唱えるようになったのだ。依存症患者の集まりのなかでは定番の祈りで、信仰に忠実な者たちが神に対して「変えられないものを受け入れる心の平穏」を与えてくれるよう求める祈りだ。

確かに12ステップミーティングなどのプログラムが施設の公式に見えます。でもまあ、これは、信仰は問わないよう工夫されたりしているので、何処まで忠実かも「自分で決められる」気がします。私はかつて「スポンサーがいなくても出来てる人は出来てるもので、あんたは以下略」と言われたことがありますが、不安な時は不安で、人はそれくらいでいいと思ってます。また、「変えられないものを受け入れる落ち着き」だけでなく、「変えられるものは変えていく勇気」「その二つを見分ける賢さ」を三点セットで与えてくれるよう求める祈りだと私は思っています。息子さんが母親のプログラムをそのようにしか理解してないほどの、その後の展開なので、ひとつしか書いてないのかな。

頁347

(略)私はこれまでの人生で、母に悪者のレッテルを貼ってきた。だが、今度は自分が同じことをしているのだ。自分の身近に隠れている怪物に、自分自身がなることほど、恐ろしいことはなかった。

パートナーのウシャサンから見ると、ヴァンスサンは、相手を傷つけることを恐れて、「逃げる」タチだそうです。

頁347

 私はウシャから逃げようとした。だが、彼女はそれを許さなかった。関係を終わりにしようと思ったことも何度もある。ところが彼女は「ばかなことを言わないで。私のことなんてどうでもいいというのなら別だけど」と言う。私は叫び、怒鳴った。(略)

ヴァンスサンは、謝るとかさにかかってくる母親とのそれが体に染みついているので、恋人とのあいだでも再現されるのではと本能的に恐れます。

頁349

(略)素直に謝るのは、負けを認めたのと同じだ。相手が降参したら、ふつうならとどめを刺しにかかるだろう。

 だが、ウシャはそんなことには興味がなかった。彼女は涙を流しながら、穏やかな口調で言ったのだ。「心配だからもう逃げたりしないで。それに、ちゃんと話をしてほしい」そして私を抱きしめると、「許してあげる、あなたが無事でよかった」とも言った。それで終わりだった。

うそくさい。…と思ってすみません。感動的ですね。

頁357

(略)親類の顔を一人ひとり思い浮かべてみても、幸せな家庭を築いていたのは、ウィーおばさん、リンジー、それに遠い親戚のゲイルだけだ。3人とも、私たちが暮らす小さな文化圏の外で配偶者を見つけたのは、偶然ではなさそうだ。

ヒルビリー文化の外で配偶者を見つけたという意味でいいのですが、別にだから相手も白人である必要はなく、たしかゲイルのパートナーは黒人です。頁372。いや、それは彼女を妊娠させた相手で、彼女が落ち着いた二度目のパートナー、アランのエスニシティーは書かれてませんでした。検索しても分からない。残念閔子騫デス。ひとつ言えるのは、違う文化、ちがう階層の人と結婚したからこれらの人たちは幸せになったわけでなく、ヴァンスサンの例を引いても、本人たちの自助努力が大きかったと思います。世の中には、ちがう世界の人と結ばれて、お互い傷ついて終わって、その後似た者同士でくっついてその後の人生を過ごす人もいます。医学書院の「シリーズ ケアをひらく」などにも出てくる話。www.latimes.com

私はウシャサンはスラブ系か何かで、それもトラソプとヴァンスサン意気投合の原因かなと思ってましたが、そうではなく、ウシャサンはインド移民二世だそうです。そうだったのか!! インド人とカリビアンの区別がつかない人が多いとしたら、もろくそカマラ・ハリスサンとかぶってると思いました。民主党の色の青着てるのも、カブってる感マシマシ。

www.nytimes.com

カマラサン、否、ウシャサンが共和党の赤着たら今度はヴァンスサンが青を着ますと。

トラソプサンも高齢ですから、崩御後考えたら、ヴァンス共和党に入れたいという人が多くても不思議はないなと。カマラ・ハリスサンがとんでもない奴だという風評を日本でも結構信じてる人は多いですが、だとしたらやはり有色人種女性のウシャサンを妻に持つヴァンスサンには追い風が吹いてるんだろうな、「こっちはいい奴じゃん」みたいな。

というわけで、本書は、貧困境遇から抜け出すための具体的な方法が二つも書かれた本です。①軍隊に入る。②いい大学に行く。どちらも「知ってるよ」「でもやらんけど」「しんどいやん」でしょうが、具体的に書くと、読んでその気になる人もいるのがミソ。まあこれを読んで民主党をそれでも支持する人は少ないと思うので、でもトラソプは嫌だという人向けに、まんがいちがあったら副大統領が地滑りですやん、というささやきで、万全だなあと。(たぶんトラソプサンは、就任したら先手を打って、"J.D, You're fired!"ドーン!やるでしょう。なんか政権の失策があったら責任おしつけ~)

https://ja.forvo.com/word/you%E2%80%99re_fired%21/#en

以上