『暗闇にひと突き』読了

アル中探偵マット・スカダーシリーズ第4弾。読んだのはハヤカワミステリ版です。

この巻で、突然崩れたな、と思いました。
目に見えない積み重ねが遂に堰を切って、どしゃどしゃっと溢れた感じ。
肝臓の話じゃない。手が震えるわけでもない。
自分は飲酒をコントロール出来ているとスカダーさんは考えているのですが、
時折整合性が合わない心理描写、
飲酒に対する説明づけ(逃避ではないとか、軽くやるだけとか)をして飲むシーンがあり、
それらがミルフィーユのように積み重なって、突如崩壊します。

酒飲みの女性と知り合って一夜を共にするのですが、
親密になるためのトークセッションで、別れた妻の元の息子たちと時折遊ぶと語ります。
酒飲みの女性にも別れた亭主と子どもたちがいるのですが、
彼女は、遠距離なので逢わなくてすんでほっとしていると語ります。
親としての義務を果たしているスカダーさんは道義的に彼女に優位に立つわけです。
酒浸りの原因の悲惨体験トラウマ自慢でも、スカダーさんは圧倒的に有利です。
彼はハメます。気分スッキリですが、仕事がスイスイ行くわけではないです。
…数日後の朝、スカダーさんに別れた妻から電話があり、
読者はスカダーさんがもうずいぶん子どもたちに会っていないことを知ります。
そして、元妻から電話でその件を指摘されてスカダーさんがいらつくさまを見ます。

頁117
 私はグラスをかかげて、朝から酒臭い息を漂わせてロンドンのオフィスを訪ねるのはどんなものかと思った。が、免許を持たない私立探偵の変わった行動として許してくれるだろうと思った。死んだ老犬バンディのことを思った。真剣にではないが。私にとって――たぶんアニタにとっても同じことだろう――バンディは私と彼女をつなぐ一本のほそい糸だった。私たちの結婚と同じように、バンディもおもむろに死んだのだ。
 私は酒を飲み干し、そこを出た。

ロンドンというのは彼のクライアントで、酒とは無関係にこの後、
スカダーさんはクィットされます。
が、スカダーさんは自主的捜査継続を旧クライアントに宣言します。
で、スカダーさんは推理の合間にバーに入り、一杯ずつ引っ掛けます。
一軒で一杯。寒いから店に入って一杯。風が強くなったのでまた入って一杯。
特に但し書きなしで店に入って一杯。四軒目。

頁126
 うっかり時間を忘れた。ふと時計を見ると、四時二十五分前だった。四時にリン・ロンドンに会うことになっていたのを思い出した。時間どおりには行けそうもなかった。が、彼女はチェルシーに住んでいる。今から行けばそれほど遅くはならないだろう――

彼は思考を口に出してバーテンに声をかけられ、
ひとりごとと答えて四時の約束をすっぽかしてもう一杯飲み、バーテンにもおごります。
その後くだんのセフレに電話します。話し中。
バーに行って飲み、セフレに電話して話し中。
またバーに戻って飲む。繰り返す。
(彼女の家まで行くかと思ったり、
 彼女はひとりになりたいのだと思ったり、
 彼女などどうでもいいと思ったり)

頁128
 外の空気は気持ちがよかった。そこでふと今日は朝から一日じゅう飲み続け、夜になってからもかなり飲んでいることに気づいた。が、酔っぱらってはいなかった。アルコールの影響はまったく感じられなかった。頭も心も冴えていて、眠くなるにはあと一時間はかかりそうだった。

人気のない道でマッチを貸してくれと言ってきた若い男と格闘して金を巻き上げます。

頁131
 気分は悪くなかった。自分が酔っぱらっていないことがわかったから。一日じゅう飲み続けていてもなんともなかったから。私は実に手際よくチンピラを撃退した。第六感も反射神経も鈍ってはいなかった。酒はなんの邪魔にもならなかった。むしろエネルギーになった。酒を飲み続けるということはタンクを満タンにしておくようなものだ。それは悪いことじゃない。



 私はいきなり目覚めた。眠りから眼が覚めるまであいだがなかった。トランジスター・ラジオがつくように瞬時に目覚めた。
 私はホテルのベッドで、枕に頭を乗せてベッド・カヴァーの上に寝ていた。服は脱いで椅子の上に重ねてあったが、下着のまま寝ていた。乾いた口の中に饐えた味覚が残り、ひどい頭痛がした。
 私は起き上がった。気分は最悪だった。自分の運命が宙に浮き、すばやく振り返ると死神の眼をのぞき込んでしまいそうな気がした。
 飲みたくはなかった。が、この破滅的な気分を消し去るには酒が必要だった。

記憶をなくしていました。シャワーを浴びて外出、
店に行かないつもりが店の前で気が変わり、
一杯飲みます。そして教会のベンチに座ります。

頁133
 私はゆうべ酔っていたのに、そのことが自分ではわからなかった。昨日は日が早いうちから私は酔っていたにちがいなかった。その証拠に、ブルックリンを歩いた記憶がところどころ抜けていた。マンハッタンへ地下鉄で帰って来たところなどは、まったく覚えていなかった。そのことについて言えば、そもそもほんとうに地下鉄に乗ったのかどうかもあやしかった。もしかしたらタクシーを使ったのかもしれなかった。
 ブルックリンのバーでひとりごとを言ったのを思い出した。その時にはもう酔っていたにちがいない。素面でひとりごとを言うくせは私にはないから。
 少なくとも今までのところは。
 よかろう、それでも生きて行けなくはない。ただ飲みすぎた。それを続けていると、酔いたくないのに酔ってしまう時がやがて来る。しかし、今度のようなことは初めてではなかったし、またこれが最後でもないだろう。こうしたことは周期的に起こる。

前の小説でも暴力飲酒がありましたが、このチンピラボコった場面も、
強盗を返り討ちにしたのか、ただ声をかけてきた男娼か何かをボコったのか、
分からなくなりました。

暗闇にひと突き (ハヤカワ・ミステリ文庫)

暗闇にひと突き (ハヤカワ・ミステリ文庫)

スカダーさんの彼女も酒で人格が変わることに悩んでおり、
自分はアル中だと考えています。スカダーさんはそうは考えていない。

頁92
「私は呑んべえだが、アル中とはちがう」
「どこがちがうの?」
「私はいつでもやめたい時に酒がやめられる」
「だったらどうしてやめないの?」
「どうしてやめなきゃならない?」

頁93
「アル中かどうかは自分で決める問題だって言うわね」
「そう、で、私は自分はそうじゃないと決めてる」
「わたしはそうだと決めたのね

A Stab in the Dark (Matthew Scudder Mysteries Book 4) (English Edition)

A Stab in the Dark (Matthew Scudder Mysteries Book 4) (English Edition)

彼女は自助グループに通って、酒をやめようとしています。
彼女はスカダーさんと会うと酒を飲んでセックスします。
スカダーさんは彼女に、彼女と会う時は酒抜きを誓います。
彼女は、それでもスカダーさんは彼女にとって飲酒欲求を誘発させる存在だから、
逢うべきでないと答えます。スカダーさんは承知します。
スカダーさんは彼女といる時はスコッチを飲み、
スコッチはいつも飲むバーボンと違って二日酔いにならないという、
経験的ひとりよがり発見をしますが、
物語の最後、ひとりでブランデーを飲み、やはりバーボンに戻ろうと考えます。次の作品、『八百万の死にざま』を読み始めましたが、
イキナリ退院して入院費や生活費の支払いショートに脅えつつ、自助グループに通い、
断酒を試みるスカダーさんが出てきます。彼に一体何が。
で、もともと悲惨な事件で酒にすがるようになったスカダーさんなので、
この小説前半でひどい、テリブルで悲しい事件が起こり、
彼が再飲酒するところまで読みました。

突然この二冊で、本格アル中小説になった。
背筋がぞくぞくしています。

【後報】
a stab in the darkの意味 - 英和辞書 - goo辞書
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/ej3/80726/m0u/
What does "A Stab In The Dark" mean?
http://answers.yahoo.com/question/index?qid=20090813032542AAJVCcG

(2013/10/23)