『天国の囚人』 (角川文庫) 読了

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天国の囚人 (角川文庫)

天国の囚人 (角川文庫)

カバーデザイン/菊池千賀子
PHOTO/植村正春
キュウフォトインターナショナル

訳者あとがき有
図書館リクエスト本。「匿名者寄贈」のスタンプが押されていて、洒落が効いてると思いました。

Heaven's Prisoners (Dave Robicheaux)

Heaven's Prisoners (Dave Robicheaux)

2018-07-17『ネオン・レイン』(角川文庫)読了
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20180717/1531841341
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%AF#%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%93%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC_%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA
https://en.wikipedia.org/wiki/Dave_Robicheaux
キャロライン・ナップの本*1に、須賀田さんシリーズと並んで登場するので、借りてみたシリーズの二冊目。邦題『天国の囚人』はカルロス・ルイス・サフォンという人にも同じタイトルの小説がありましたが、あちらはスペイン語小説なので、原題が"El Prisionero del Cielo"

以下後報

【後報】
江湖の評が芳しくないので、何故だろうと訝しんでいましたが、迷わず読めよ、読めば判るさ、で、明快に三点誰が読んでもヘンだなあと思うです。多分。

頁64、この小説で唯一よい点を挙げよと言われればここかなあ、的な、主人公とライバルっぽく利害が対立もしながら、男の友情があるっちゃあるキャラが、大学時代バスケで有名で、“ダンク・ショットの巨人”と呼ばれていたとあります。角川文庫から本書が出た時点既にスラダンは連載開始されてましたし、バスケでもサッカーでも、「ショット」と言わず「シュート」と云うんじゃいかと思うのですが、本書訳では「ショット」です。

大久保寛さんはこのほか、オクラの南部料理のガンボスープのガンボを、ガンボーと語尾を伸ばしています。また、あとがきにて、このほかの南部ケイジャン料理を数点記しています。前書にも登場した微笑みの仏教国と同名のソーセージ、「ブータン*2「エトゥフェ」*3 *4「ダーティ松本ライス」*5あと、ニューオリンズのズージャ以外の伝統音楽を、「ザイデコ」という名前で紹介してます。吉田類ザデイナー*6

ディコ - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B3

本書には一ヶ所だけ訳注があり、それは、イタリア系マフィアの場面で、キアンティ(訳注=イタリア産の赤ぶどう酒)です。キャンティに註がついてるのに、ザイデコやブータン、ガンボはあとがきを読まないと分からない。

頁129、アル中自主治療協会。原文だと、多分、アルファベットの最初の一文字を二回書いて終わりだと思います。レイ・カーヴァーの小説がそうだったから。で、ハルキムラカミがカーヴァーを訳した時、それをこねくり回して訳したのと同じように、リー・バークの大久保訳でもこのように訳されていると。

頁129
「アル中自主治療協会で教わる大事な金言の一つは『のんびりやれ』だと、あなた、いつもわたしにいってるわ」
「責任を逃れてもいいという意味じゃない。犠牲者の役になってもいいという意味じゃない」

頁161
(略)デイヴ、あなたの話だと、アル中自主治療協会の集まりでは、神にすべてを譲り渡せと教わるそうね。そうすることはできないの? 譲り渡して、あなたの人生から切り離せないの? この世には、時間が解決してくれない問題はないわ」

ヘンだなあと思った第一のポイントは、主人公のデイヴ・ロビショーが、スリップした後、再度酒を断つまでが、前作同様なんですが、よく分からない点です。ローレンス・ブロックのマット・スカダーは、八百万の死にざま以降、スリップしなかったですが、八百万の死にざままでは、飲酒後はブラックアウトしてひどい状態で目が覚め、最後は病棟で目が覚める繰り返し、になります。それに比べると、ロビショーは、頁347、電話が鳴ってる幻聴が聴こえたりもしながら、働いて、車を運転し、性交渉を行ったりします。そのうちに、かつえた、強烈な飲酒欲求はそのままで、飲まないで暮らします。理屈じゃないのは理屈じゃないのですが、ヘンだなあと思います。アメリカは、自助グループが社会の隅々まで浸透してるので、高校のうちからその存在を知ってるかつての禁酒法の国の人々は、わりと風水みたいな、かたたがえみたいな感覚で、カジュアルに断酒してカジュアルにスリップするものもいるそうですが、主人公はわりとアル中という設定なので(少なくとも酒乱)、ヘンだなあと。あとまあ、外部には明かさないので、集まりがどういうものなのかの描写は一切ないです。マット・スカダーの須賀田さんがけっこう斬り込んだ描写をしてるのとは対照的。

頁299
「あなたは最高の女と寝られるチャンスを逃しちゃったのよ、お馬鹿さん。禁酒会の集まりで、せいぜいマスでもかくことね。あなたにはそれがお似合いだわ」

頁339
私はアルコール中毒の意味を理解しているわけではないし、アルコール中毒者がどういうものかをはっきり説明することはできない。私の知っている何人かは、独力で酒を断ったものの、心身の苦痛のため癇癪を起こして暴力をふるうようになり、最後にはアル中自主治療協会の集まりにやってきてひざまずくことになった。ある日きっぱり酒をやめ、灰色のくすんだ世界で、心からいっさいのとげを切りとった人間のように生きはじめた者もいたが、彼らは蛾ほどのエネルギーで動いているように見えた。私がアルコール中毒者について達した唯一の確かな結論は、自分もその一人だということだった。ほかの者が酒をどうしようと、私の人生には関係ない。彼らがそれをデイヴ・ロビショーに押しつけないかぎり。デイヴ・ロビショーは酒の犠牲者になっても一向にかまわないのだ。

これ、最後の一行が意味不明で、翻訳の問題なのか、まだ酒が抜けきってない状態での、狂った思考だからか、どちらだろうと思いました。

頁248
 しかし、それはただの二日酔いではなかった。このつまづきは私の禁酒の年月を吹き飛ばしてしまった。そして、健康と、陽光と、ウエート・トレーニングと、夕方遅くの数キロのジョギングの年月のうちに、私の体はアルコールに対する耐性を失っていた。私がアルコールを飲むのは、車の燃料タンクに二キロあまりの砂糖を入れ、エンジンを全開するのに等しかった。リングとバルブはあっというまにかすになってしまう。

その割にさしての連続でもなく、苦しみはしましたが入院するわけでもなく、社会復帰も何も仕事(保安官!)は継続して、銃も携帯し続けるわけです。なんなんだか。フリーズ!

頁246
「冷蔵庫に治療薬はないわよ、ハニー」ロビンがコンロからいった。彼女はそこで半熟卵をつくっているところだった。「今朝四時に、ビールを捨てちゃったの」
覚醒剤はあるか?」
「ママはもう麻薬をやってないっていったでしょ」ロビンははだしで、黒いショート・パンツにデニムのシャツを着ていた。シャツは、ブラジャーの上のところのボタンがかけられていなかった。
「PMS(訳注=月経前不快症状)の薬を少しくれ。頼む、ロビン、おれは麻薬中毒じゃない。ただの二日酔いだ」
「酒飲みがほかの酒飲みをだまそうったってそうはいかないわ。財布もとっちゃったわよ。あんたは寝てるあいだに身ぐるみはがされちゃったの、警部補」
 つらい朝になりそうだった。くろうとをだまそうとしてもだめだというロビンの指摘は正しかった。ふつう、アル中がごまかせるのは、酒飲み以外の人間なのだ。そして、ロビンは私が別の酒を得るために使うあらゆる策略を知っていた。

ここにも訳注があったの見落としてました。それはともかく、ここはフィクションで、ファンタジーなので、先行く断酒アル中が、自信満々に、ミイラ取りがミイラになって共依存の共倒れになることもあるかと存じます。蝮の毒は蝮でなければといいますが、蝮はスーパーマンじゃないよと。

で、この、ロビンちゃんが、二つ目の「ヘンだなあ」で、ご都合主義というか、最愛の女(と書いてひとと読む)を今回ロビショーは失うのですが、それはあらすじとかでなんとなく事前にインプットされてしまう情報で、その女性に代わって、アル中でヤク中だったのにさして努力を外に見せず断酒断薬に成功してソーバーのカタギ生活に入ってしまう若くて美女で巨乳で金髪の娼婦ロビンちゃんが、主人公の離脱の面倒見て、セクロスシーンも頻繁にある点が「ヘン」です。ごちそうさま、アホくさとしか言えない。なんだろうなあこのご都合主義は。

三つめは、本作も前作同様、エルサルバドルの内戦とか不法入国が背景にあるような感じで、万引き家族みたいにエルサルバドルの孤児になった少女を育てるのですが、実は、政治的なそれはあんまり… ということが最後に分かるという…(ねたばれすいません)政府の人間がちょこちょこ登場する理由はなんだったんだ、肩透かしやめてよ、と思いました。

以上三点がヘンだったので、なんとなく、ロビショーは須賀田さんの敵ではないなー、と思いました。須賀田さんの恋人も元娼婦でご都合主義なのですが、独立独歩で金儲けの才能があるという設定なので、本書とはやはり違うかなと。以上
(2018/8/23)