『ワインづくりの思想 銘醸地神話を超えて』 (中公新書)読了

ワインづくりの思想 (中公新書)

ワインづくりの思想 (中公新書)

ウスケ節全開。時間がないので要約すると、

・ワインのブランド信仰は銘醸地神話。産地信仰の面が強く、
 品種、製造法、職人の名声等は、特になかった。
・が、新世界産の素晴らしいワインが産地信仰の迷妄を破壊し、
 新品種、ブドウ育成の工夫改良、ビール他に啓発された製造法の進歩、
 型破りの職人、ワイナリー主の登場によって、産地=ランクの観念は崩された。
・だからといって、銘醸地ワインがまずくなったわけではない。
 彼等もまた、たゆまぬ努力を続けている。だから銘醸地が銘醸地たりえたのだ。
・背景には、神は人に大地を自由に作り替える自由をお与えになった、という思想がある。
 だから、銘醸地の分布は、気候その他自然要素では、まったく説明がつかないほど、
 デタラメに点在している。銘醸地は、人が手を加え続けている土地であり、
 樹木であり、ファクトリーであり、その作り手たる人もまた、
 進化し、彼のフィロソフィーは、常に前進している。

で、作者自身が深くかかわる、桔梗ヶ原メルローズ
欧米の、原料生産から醸造まで一括して行うワイナリー形式でなく、
生産者が納めた原料を加工業者が製品化する、
清酒や焼酎のやり方を踏襲した日本方式で、
どうしたらリスクヘッジを鑑みた上でよいワインが出荷できるのか、
まではこの本は語っていない。ウスケボーイズが答えなのか、
また、未読の千曲川ワインバレーはどうなのか、と思った。
以上です。肉付けは後報で。
【後報】
ニュージーランドのワイン造りは、北島に、ダルマチアレバノンから
 移住した人たちが始めた。(頁18)
 ウスケ先生が驚嘆したヴルティッチ氏のワインはクロアチア方式で仕込まれ、
 彼は弁護士だが、人を雇わず自分で毎日ブドウの面倒を見ている。(頁21)

頁233
 合理的に、すべてが割り切れたつくりのワインは、飲んでいて、どこか面白くないのである。

 ベンチャーキャピタルアントレプレナー礼賛の危険な思考は、
 ワイン作りが身上を潰すもの、ギャンブル要素があるものといえるのか、
 とも思いました。

頁230
 フローの商品を、もっとあざやかに、国際的に成功させたのがボジョレ・ヌーヴォーである。それは発売を世界同時解禁のお祭り騒ぎに仕立てあげるなど、多分にマーケティングの勝利と見えるが、その裏には、フローのかたちのワインをいかに洗練した商品に完成させるか、「技術の進歩」の支えがある。

日常消費大量生産のワインがフローのワインで、
高級小ロット芸術的ワインがストックのワイン、でしたか。
その違いを決めるのがミクロフローラであれば微生物学の出番で、
地形や気候、土質であれば、気象衛星からブルゴーニュボルドーといった銘醸地と、
同じ条件の土地を探し出して買占め、土地改良をすればいいということになる、
わけですが、それだけでは「おもしろくない」が筆者の立ち位置。コワいです。
・頁263、収穫期近い頃の雨は、根から過剰の水分を果実に吸い上げるため、裂果や成分の稀釈の原因となる。
 これを避ける為ビニルマルチを敷いて雨水の土中浸透を防ぐ創意工夫(vignes bâchées)が、
 「テロワールに反する」として、仏原産地呼称機構と生産者が対立した記事。
 作者は、造り手が、神が人に与えた、大地を望むように扱う自由を行使しただけ、
 として擁護します。これが、作者の、ワイン作りのフィロソフィーなのだと思いました。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/1c/La_Mare_Vineyards_J%C3%A8rri.jpg/1024px-La_Mare_Vineyards_J%C3%A8rri.jpg
Viticulture Les méthodes mixtes Jeune vigne plantée sous bâche
http://fr.wikipedia.org/wiki/Viticulture

ウスケ先生は読書家なので、この本でも、キラ星のように名著がてんこ盛りで
引用紹介されてました。下記です。

わいんー世界の酒遍歴

わいんー世界の酒遍歴

栄光のワイン―フランスぶどう酒の本 (1971年)

栄光のワイン―フランスぶどう酒の本 (1971年)

ジャンシス・ロビンソンの世界一ブリリアントなワイン講座(上)  (集英社文庫)

ジャンシス・ロビンソンの世界一ブリリアントなワイン講座(上) (集英社文庫)

ジャンシス・ロビンソンの世界一ブリリアントなワイン講座(下)  (集英社文庫)

ジャンシス・ロビンソンの世界一ブリリアントなワイン講座(下) (集英社文庫)

ワイン物語〈上〉―芳醇な味と香りの世界史 (平凡社ライブラリー)

ワイン物語〈上〉―芳醇な味と香りの世界史 (平凡社ライブラリー)

ワイン物語〈中〉―芳醇な味と香りの世界史 (平凡社ライブラリー)

ワイン物語〈中〉―芳醇な味と香りの世界史 (平凡社ライブラリー)

ワイン物語 下 (平凡社ライブラリー)

ワイン物語 下 (平凡社ライブラリー)

ワインと風土―歴史地理学的考察

ワインと風土―歴史地理学的考察

ワインの王様―バーガンディ・ワインのすべて

ワインの王様―バーガンディ・ワインのすべて

ワイン・テイスティングを楽しく

ワイン・テイスティングを楽しく

読むかといわれると、そのうちとしか、答えないです。

作者はかつて、「狐臭」と訳された、フォクシネスという匂いが、
ラブルスカ種のブドウから作るワインには発生するので、
テーブルワインには不向きという当時の常識を以て、
桔梗ヶ原の農家にコンコードからメルローへの作付け転換を指導します。
しかし、この「狐臭」は、

文字を見ただけで、われわれは動物の発散する臭気を想像してしまう。しかしこれはイメージのひとり歩きである。コンコードに代表されるこの匂いは、とても印象的な芳香である。

だから、現代では、日本人の嗜好と、フレッシュ&フルーティの技術が、
アロマティック・ワインとしてこれらのワインに市民権を与えているので、
かつての自分の断言は訂正或は撤回されねばならないと書いています。(頁120)
晩年のこのような顧みての潔い姿勢が、本書の真骨頂ではないかと思いました。以上
(2015/5/12)