『アンジェラの祈り』 (新潮クレスト・ブックス)読了

アンジェラの祈り (新潮クレスト・ブックス)

アンジェラの祈り (新潮クレスト・ブックス)

Tis: A Memoir (The Frank McCourt Memoirs) (English Edition)

Tis: A Memoir (The Frank McCourt Memoirs) (English Edition)

前作の読書感想
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20150729/1438128869
福田和也ほかの読書鼎談本*1で取り上げられてた本。

やっと読み終わりました頁569。前作のアイリッシュモリーの子どもが、
ニューヨークに上陸して苦役列車朝鮮戦争時西ドイツに兵役で赴き、
除隊後また苦役列車、大学で講義を受け乍ら苦役列車
職業訓練高校(日本の工業商業高校的なハイスクール?)を皮切りに教職の道を歩み、
父母が死ぬまでを描いた自伝です。詳しくは後報で書きますが、
まず、自伝なので、当然書けないことは書いてなくて、
銀行の事務職をクイットしてから大学卒業までの収入源がスルーされていること、
目が赤い眼病について、いつ治癒したのか明記してないこと、
教職初期の貧困アパート生活時代、階上の友人(変人)の部屋のコンセントから、
延長コードで電気を供給してもらう生活をしますが、その破綻と、
引っ越す友人から投げつけられた「卑劣漢」という言葉の背景が、
櫛が欠けたように、材料不足で、客観的にどっちが悪いか読者が判断出来ない。
そして、7歳の娘を残して、妻の元を去る、その具体的な軋轢。

訳者の腕だと思いますが、非常に面白い本で、とても楽しいので、
それだけに時々発生する不整合について、引っかかってしまうのが、
残念でした。あと、最後のほうの教師としての授業風景は、
林竹二路線かと思い、林竹二の授業風景の動画を探したのですが、
ニコ動にある?のかどうかはてなな状態で、
つべには見当たらないようでした。

林竹二 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%97%E7%AB%B9%E4%BA%8C

つづく

【後報】
<どうでもいい知識>
頁46スピック(スペイン系、とくにプエルトリコ人の蔑称)
頁48ミック(アイルランド人の蔑称)

頁99
おれの親父はドイツ人でな、第二次世界大戦中はいろんな我慢を強いられた。ザウアークラウトをリバティキャベツって呼んだ時代だからな。それが戦争ってもんだ。

頁193、港の倉庫会社の積荷卸しの仕事。昼食。
 アイルランド系は角の食堂でレバーソーセージとビールを買って食べ、
 イタリア系は家から弁当を持ってきて食べる。
 カルヴィーノの童話*2にも弁当のシーンがあるのを思い出しました。

頁253
 キュート!アイルランドじゃ、ずる賢くて油断がならないという意味だけど、ニューヨークに来ると、かわいいという意味になる。私もこっちの意味に早く慣れなくちゃならない。

<移民子弟に英語を教えるマコート先生>

頁342
 生徒たちは"We weren't up to no chapter"と言い、私は"no chapter"でなく"any chapter"だ、と訂正する。えっ、どの章もやってない?
 やってません。マッド先生は何も教えてくれてません。
 生徒たちは"Miss Mudd didn't teach us nothing"と言い、私は"nothing"でなく"anything"だ、と訂正する。
 先生、なんでいちいち文句つけるんだよ。どっちでもいいじゃないか。

頁343
 生徒たちは"We ain't got that book"と言い、私は"ain't got"ではなく"don't have"だ、と訂正する。
 また、そんなこと。
 正しい英語を話さなくちゃね。

頁345
 この生徒は"you was cute"と言った。でも、ここは大目に見ておこう。文法的な間違いを全部訂正していたら、いつまでたっても「経済と市民」に行きつかない。

頁347
 出欠は毎日とらなくていい、と生徒たちが言う。でも、一度やってみたら、これはやみつきになる。生徒のほとんどがイタリア系で、点呼にはちょっとしたオペラの雰囲気がある。私は毎日、アディノルフ、ブスカグリア、カッチャマーニ、ディファーツィオ、エスポジート、ガグリアルド、ミチェーリ……と呼ぶ。

頁347
 ホームルームでは教師が音頭をとり、クラス全体が国旗に向かって「忠誠の誓い」を唱え、国歌を斉唱しなくちゃならない。アメリカ合衆国とそれに象徴される国に、われ忠誠を誓う。神の下に一つにして分かつあたわざる国、万人に自由と平等をもたらす国……と言う。私は誓いの言葉をほとんど知らず、リードできない。生徒たちは立ち上がり、胸に手を当てて、自分勝手に誓いはじめる。アメリカ合体国旗とそれに象徴される一夜の情事に、われ忠誠を誓う。われの下に一人の女ありて二人は分かつあたわず、愛とキスを交換しあう……。国歌の斉唱でも、「星条旗」の歌詞の合間に「ハウンドドッグ」が聞こえてきたりする。

頁356
 八時限の高二英語の生徒たちはあらためて歓声をあげ、もうばかばかしい本はごめんです、と言う。"We don't want to read no dumb books"と言う。私は"no dumb books"じゃなくて"any dumb books"だ、と訂正する。
 えっ?
 いや、なんでもない。

頁486
 えっ、大学から放り出されないんですか?
 もちろん、そんなことはしません。婦人が安心したところで、私は"throwed out of college"ではなく、"thrown out of college"だ、と訂正する。

頁519
 当然、高校を卒業する必要があるんじゃないんですか?
 生徒は"graduate high school"と言い、私は訂正する。高校を卒業するは、"graduate from high school"だ。"from"を忘れるな。
 ああ、もう。"graduate from high school"の必要があるんじゃないんですか?

アイルランド

頁342
 手があがる。
 はい?
 先生は、スコットランド人か何かですか。
 いや、アイルランド人だ。
 えっ、ほんとに? アイルランド人って酒飲みですよね。ウイスキーがぶがぶ。先生もパディの日に行くんですか。
 聖パトリックの日だからって、学校は休まないよ。
 えっ、酔っ払ってパレードで吐くとか、普通のアイルランド人みたいにしないんですか?

頁420
 飲んでたんじゃないんですか?
 もちろん、飲んでたさ。アイルランド人が飲まんわけがなかろう。だが、線路に入って電車を待つアイルランド人なんて、あんまり聞いたことがないぞ。それにな、あのパディは、いつも国に帰るって言ってたんだ。金ためて、本国で余生を送るんだってな。何があったんだか……。おれには一つ理論があるが、聞きたいか?
 ええ。
 生まれた場所から動かんほうがいい人間もいるってことじゃないのかな。そういう人間は、この国に来ると頭がおかしくなる。ここで生まれた人間だって、おかしくなるのがいるくらいだからな。ところで、おまえはなぜおかしくならん? それとも、もうなってるのか?
 さあ。
 なあ、おまえ。おれはイタリア系とギリシャ系で、やっぱりそれなりの問題もあるが、若いアイルランド人にはぜひ忠告しておきたいことがある。酒に近づくな、これだ。酒さえ飲まなきゃ、線路で電車を待たずにすむ。わかるか?
 はい。

頁451
アイルランドの歴史を隅から隅まで調べたって、吊るし首になった魔女は一人だけだし、その魔女もたぶんイギリス人だから、吊るし首になっておかしくない。ニューイングランドで最初に吊るされた魔女がアイルランド人だったって、知ってたか? その理由が、お祈りをラテン語で言ってやめようとしなかったから、ってんだから聞いてあきれる……。

<酒>

頁457
 用事で出かけていた私は、夜になって母のアパートに行く。でも、父は留守だった。マラキに連れられて、断酒会の集まりに行った、と言う。お茶を飲みながら待つ私に、ほんとに、どうしていいかわからない、と母が繰り返す。やっぱり酒好きは以前のまま。生まれ変わったなんて大嘘だった。三週間滞在の往復切符でよかった……。そう言う母の目は暗く、普通の家庭への強い憧れが見てとれる。夫がいて、息子たちがニューヨークじゅうから孫を連れて会いにくる――そういう家庭をほしがっている。
 二人が断酒会から戻る。大柄で赤鬚のマラキと、老いて縮んだ父。マラキも酒が問題だったけど、いまはしらふを通している。テーブルでお茶を飲む。父は、アッハ、いらん、と言い、長椅子に横になる。両手を組んで枕にする。マラキはお茶を飲みかけたまま、長椅子のわきに行き、父を見下ろしながら説教をする。アル中を認めなくちゃ。それが第一歩なんだよ。
 父は首を横に振る。
 なぜ? パパは間違いなくアル中なんだ。まずそれを認めなよ。
 アッハ、違うぞ。わしがアル中なものか。集会にいたあの哀れな連中とは違う。わしは灯油なぞ飲まんからな。
 マラキはお手上げのしぐさをし、テーブルに戻ってお茶の残りを飲む。長椅子に寝そべるこの男は、母の夫で、私たちの父だ。でも、同じ部屋にいても、互いに何を話していいのかわからない。

頁459
それにしても暑い夜だ。どこかその辺の一軒に入って、この暑さをやり過ごすのもアイデアじゃないか?
 もう飲まないんじゃなかったのかい?
 ああ。酒はもうやめた。
 じゃ、船でのことは? 運び降ろされたんだって?
 アッハ、船酔いでな。じゃ、ここで冷たいのを一杯いこう。

頁460
 つぎの朝、母から電話がある。あの人は狂ったよ、完全に狂った、と言う。
 何があったの?
 おまえ、ぐでんぐでんに酔っ払わせて連れて帰ったろう?
 いや、そんなに酔っていなかったよ。ビール二、三杯だから。
 いいや、そんなもんじゃなかった。

アル中に酒を供給する人をイネーブラーって言うんだったな、と思い出しました。負の連鎖。
以上
(2015/10/9)