『ハングルへの旅』 (朝日文庫) 読了

ハングルへの旅 (朝日文庫)

ハングルへの旅 (朝日文庫)

ほかの方のブログで拝見した本です。

読んだのは二刷。単行本も朝日新聞社刊。

表紙・扉 伊藤鑛治
装幀 菊池信義
表紙にローマ字で著者の名前が明記され、"Ibaraki"でなく"Ibaragi"だと分かります。

茨木のり子 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8C%A8%E6%9C%A8%E3%81%AE%E3%82%8A%E5%AD%90

あとがき、文庫あとがきに編集各氏への謝辞。
文庫化にあたっての人名誤記修正一ヶ所が文庫あとがきで報告。

五十代に入ってからの語学学習とのことで、岩波文庫金素雲編朝鮮民謡選がハングル学習のひとつのきっかけにあげられていて、まーほかにも近代詩とか、万葉仮名の例の類推とか理由は書かれているのですが、金素雲四方田犬彦のわれらが他者なる韓国で、マッチポンプとはこういうことさ、というくらい完璧に木っ端微塵に、持ち上げられて粉砕されてますので、どうしてもそれを思い出します。

朝鮮民謡選 (岩波文庫)

朝鮮民謡選 (岩波文庫)

朝日カルチャーセンターの、一期生ではないけれど、ごく創成期の学生となって学び始めたとの由。NHKハングル講座を始める前。頁42に、生徒には在日コリアンも多くて、「ひ」を「し」と発音する江戸っ子日本語を喋る二世もしくは三世青年に、「言語というものは、血よりも育った環境との密着度のほうがはるかに大きいのだと改めて合点がいった」と書いています。私はずっと、ひちょりの「稀哲」の「稀」は中国語ではシなので、ハングルでもシだろうと思ってましたが、いま検索して「ヒ」だと分かりました。故郷(グーシャン)がコヒャンになるのは知ってましたが、他でもそういう転訛があるのか。故郷は広東語だとグーヘンだったような。

頁48
 ある焼肉屋で、煙にむせながら、数人が習いたての韓国語をあやつり、ワァワァやっていた時、隣の席で食べていた在日韓国人の女性の一人が、
「ちょっと、あんたたち、日本人なんでしょう! 日本語で喋ったらどうなの! なにさ」
 と食ってかかったそうである。その場に居合わせなかったので、またぎぎだが、その話を聞いた時、うっ! ときた。稚気満々にあえて水をぶっかけなくてもいいのに。

(略)
 在日二世、三世の人で、母国語をよく喋れない苛立ちがある場合、日本人が流暢に喋ったりすると、なんとも腹にすえかねるということもある。

詩人くらいのお年になると軽々とこういうことも言える。というか、1986年から1989年の、ソウル五輪前後の空気もあったのだろうなと。
戦後日本でハングルを学ぶ人はどういう関係者か、という記述が頁50にあり、女性はその埒外と書いててやすらぎます。

頁51
 ある小さな町で、宿を紹介してもらおうと、観光案内所に行った時、一人きりの男性の所員は、こちらの韓国語のたどたどしさにたまりかねたように叫んだ。
「日本語で話しなさい、日本語で!」
 ダァー。その人の日本語は非常にうまかったが、敬語の「お」ひとつが抜け落ちているために、「行きなさい」「渡りなさい」となって、本人は敬語を使っているつもりが、すべて命令調にきこえてきて、いささかこちらの気持がざらついた。
(以下略)

頁55、八高線高麗川の高麗神社の来訪者名簿に太宰治の達筆があるとか。

頁61、作者は韓国のド田舎でも、すぐイルボンサラムと見破られるそうで、読んでて、なぜなんだろうと思いました。私はけっこう溶け込んでたので。草履でも履いてたのか。まさか。和服着てたのかな。

頁70、野上弥生子が以前、日本の漢字読みはなぜ中国音と似て非なるものになったのか誰に聞いても疑問が解消されない、と言ってたそうで、呉音漢音唐音宋音ナントカ音と、のれんからニーハオまで、各時代ごとに、変化する中国語の音を取り入れたからそうなった、で、私なぞは簡単に理解出来てるので、何を悩んでるんだろうと読んでて不思議でした。上古音、中古音、カールグレン、このくらいをわきまえていれば、別になんともという感じなので。

ベルンハルド・カールグレン - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%B3
カールグレンとは - コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%B3-47621

ある歴史家の生い立ち―古史弁自序 (岩波文庫)

ある歴史家の生い立ち―古史弁自序 (岩波文庫)

上記は全然関係ない顧頡剛の本。

頁144、テグで、否、慶州の佛國寺で、例によって速攻子どもたちに日本人と見破られ、掘った芋いじくるな今何時ですかと聞かれ、ハングルは時計の数字読みがかなりムズいそうで、瞬間、試されてると感じ、詩人は必死に考えて回答するのですが、子どもたちはそれを聞いて、本当にその時何時か知りたかっただけで、時間を確認できてにこにこしながら帰ってゆくという場面があります。その後、ひとり残ってもじもじしてた女の子とのやりとりもよかった。

頁150、著者は科挙否定派で、中世で機会均等を実現した先進性より、なぜそのモノサシが、詩文作成の上手下手なのか、まったく実学ではないではないか、と当たり前の批判を行っています。それで官僚選抜して何ができんねやと。

頁154、豈はからんやのアニは、朝鮮語の否定語아니から来てるそうで(古語辞典にそうあったとか)へーと思いました。アニヨシロヨ。

頁155、女性が嫁ぐ際帯行する「粧刀」についての記事があり、姑の嫁いびりが凄惨でも我慢のため腿を刺してその痛みで耐えろ、幼い婿に年上の花嫁が多いので、良人はオサーンになると若い愛人を作りがちだが、その嫉妬にも腿を刺して堪えろ、とあり、ひえーと思って検索しましたが、ぱっとそんな記事とかウィキペディアは出ませんでした。詩人は、日本の懐剣の、操を守るため喉を突く用途と、如何に違うことよ烈しいことよと書いています。

頁162、韓国の既婚男性は男同士乾杯する時、「마누라 몰래!(女房にこっそり)」が合図の文句だとか。そうなんですか。

頁178
白馬江のほとり、河に張り出した鄙びた川魚料理屋で、鰻のかばやきを食べたことがあった。天然ものらしく、味も調理法も同じだったが、かばやきの上に生にんにくをスライスしたものが、薬味のようにこんもりふりかけてあって、いささかギョッ! だったが、食べてみると風味、意外によく合っておいしかった。

これは試してみたいと思いました。これだけのために韓国行ってみてもいいかと。中国の日式マンユィーファンはこういう独自アレンジしないと思う。よくこんなアレンジしようと思うなーとビックリです。韓国人は日式というととりあえずワサビ持ってこいですりおろした生ワサビかけるイメージでしたが、生ニンニクを甘ダレのウナギにかける… どうなるんだろ。

頁184、韓国の神仙炉は、中華の火鍋とおなじ鍋で、詩人によるとどう見ても中国伝来なのに、韓国の料理の先生の中には、いやいや、これはインド伝来と頑張っている人もいるとか。

神仙炉(しんせんろ)とは - コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E7%A5%9E%E4%BB%99%E7%82%89-1344009

コトバンクに写真はありませんが、写真を見ると、火鍋とは汁の量とか味つけとか、そりゃまあ全然違う感じでした。鍋の形はいっしょですが。タジン鍋ではないと。

頁188
「お茶を飲む日本人の習慣っていいですね」
 と、ある在日韓国人に言われ、
「えっ? 韓国ではお茶を飲まないんですか?」
 とびっくりしたのだが、行ってみると確かに煎茶は飲まない。春夏秋冬、麦茶だった。

(中略)
 カフェインを欲する時、韓国ではたいてい커피(鼻血珈琲)になるようだった。

トウモロコシのお茶とか、いろいろあるとは思ってましたが、お茶ッ葉のお茶がないというのは、言われるまで私も盲点でした。詩人によると、日本の喫茶の風習は、團茶抹茶ともに中国直輸入で、江戸末期に煎茶の習慣が全土に行き渡ったのだそう。で、詩人は、智異山という韓国の緑茶の産地に赴き、韓国の緑茶、雀舌茶にトライしています。

智異山 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%BA%E7%95%B0%E5%B1%B1

頁230、浅川巧の個所で、バジチョゴリを愛用し、ロバの背にゆられていた彼は、ローカルとよく間違えられ、「ヨボ(おい)どけ!」と日本人から怒鳴られていたそうで(黙って静かにどいていたとか)ヨボは、ヨボセヨを覚えた明治期の日本人が使った言葉で、「おい」の意味ではないと、以前津田左右吉の本などで知ったですが、作者も知りつつ、あえてこう書いてると思います。

浅川巧 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E5%B7%9D%E5%B7%A7

頁243、尹東柱のくだりは、本書のヤマ場と思います。検索してみると、今は岩波文庫に入っているようで、読んでみます。が、本書が力こぶを入れた伊吹郷訳でなく、キムシジョン訳で、伊吹郷版の何がすごいかというと、福岡刑務所や元特高刑事にまで取材してその足跡を調べた記述にあるみたいなので、詩自体より私もルポのほうが好きな邪道ですから、キムシジョン版は詩の味わい中心だろうからどうだろうなと思っています。

尹東柱詩集 空と風と星と詩 (岩波文庫)

尹東柱詩集 空と風と星と詩 (岩波文庫)

以上