副題:「天安門事件」は再び起きるか
装丁 國枝達也 地図・図版 REPLAY 写真提供 佐伯加奈子(口絵・序章・第二章・終章)章扉写真 安田峰俊 カバー写真:天安門事件(1989年6月5日) ⒸAP/アフロ
図書館でたまたま借りて読んだ『和僑』という本が面白くて、作者の本でこれが評判よかったので借りました。しかしまあ、起きるか起きないかでいうと、ホンコンで起きるとしか言いようがない情勢になったと数日前まで思ってました。香港から涙ながらに訴えてくる日本向けスポークスマン(ママ)の女性活動家さんがテレビに映ってるの観てると、本書でもときどき登場するドキュメンタリー映画「天安門」の柴玲が白人記者に慟哭しながら、このままじゃ一生お先真っ暗の人生しかない、負けると分かっても、みんなを巻き込んでも、突き進むしかない、捕まって烙印おされての人生が待ってると考えるとこわい、と語ってるあの場面がありありと思い出され、反政府デモの日本向けスポークスマン(ママ)の女の子と二重写しになります。「どうせ比類なき超巨大暴力機関北京政府には衆寡敵せず、太刀打ち出来るわけもなく、首謀者だけ台湾に逃げておわりでしょ」と冷めた目でしか見れない自分がいるわけですが、それでも寝覚めが悪いです。と、思っていたら、終息したのか、ぱたっと報道を見なくなって。
今回の参加者が一律法改正で大陸送りの第一陣になる、というジョークで終わるとしか思えない今回の騒動で、何故今回の参加者の香港人たちがあれほどまでに大陸送りを拒むのか、畏怖するのか、に関して、タイに逃げて難民申請が通ったはずの政治亡命者がタイ警察に拘束されて中国に送還され、その後の行方がようとしてしれない箇所が参考になりました。頁156。香港ならこの手の情報はもっとたくさんあるはずで、拘禁に際して、タイ警察の横に北京語というかプートンホワぺらぺらの男がいたとか、ぞっとする記述があります。勿論在日知識人の個所では、インタビューはないですが、朱健栄帰国時拘束などの事例は書かれます。
関係ないですが、本書は柴玲を取材出来てませんが(ワンダンとウアルカイシは出来た)柴玲に「ツァイリン」とルビ振っていて、作者は私より明らかに中文能力が上ですので、そんな人が、「チャイリン」と書かず「ツァイリン」と書いているので、あっれぇ~、捲舌音じゃなったっけ、模造記憶でチャイリンと覚えてるだけで、正確なはっちょんはツァイリンなのかにゃ~、マッチ(火柴)も、HフオチャイじゃなくてHフオツァイが正しいのかしら、と素直に過去にベイした記憶を直そうとしましたが、念のため検索してみたら、私の記憶の「チャイリン」のほうが正しかったです。よかった。
もう一ヶ所、作者のカタカナ北京語に?と思ったのが、「革命」を「ゲェミン」と書いている箇所。これは、まあ、"e"音に対応するカタカナがないから仕方ないのかも。厳歌苓をイエン・グーリンと書かず、ゲリン・ヤンと書くようなもので。
私は「公盟」という名称も知りませんでしたし、王丹講演会があったことも知りませんでした。ですが、本書に書かれるネットの心理的作用というのは、分かります。よく摑んでるし、止めるべきはなんとか止めようとする作者の態度はごく良心的だと思います。香港の「本土派」も全然知りませんでした。北京語でジーナーズーナーいうところを、広東語で言ってるんですかね。本来仏典にも出てくる言葉であっても、例えば凍頂茶が武夷山を暗にライバルとして言ったのか、「支那茶に負けるな」なんて使い方をしてるという例が書かれた本を見たこともありますし(新書の『中国茶 風雅の裏側』だったと思います)漢民族じたいが現在進行形でどう使っているか迄、考慮しなければいけない時代になったとは。
以下後報
【後報】
本書は仮名だらけの本で、『サカナとヤクザ』もそうでしたが、こちらは切迫してます。本人が顔出しおkでも、作者が勘案して、それでも無事かどうかという人もいる。
冒頭、北京の出版業界の人と2011年にビジネスで歓談した際、ふとその話になり、その人の語り口があけっぴろげで、こんなに"开朗"でインカ帝国という感じだったのが、その後、その人のゆくえがようとして知れなくなり(連絡がつかなくなる)レクイエムとして本書は書き出されたとあります。北京の出版業界の人というと、北京五輪花火監督の"张艺谋"の"Keep Cool""有话好好说"の羌文もとい姜文の役柄を思い出しますが、あんなんではないのかな。
次に、現役の在日中国人活動家がやはり仮名。「民主主義は正しいから最後に必ず勝つ、民主主義が負けるのは間違っている」式の思考で、天安門を永遠に振り返り続けるってことはどうなんだ? という。先細りにつぐ先細りの現状。限られたパイの奪い合い。ちいさな組織って、少なからずそういうことがありますね。今当時の日本のデモの画像を見ると、あの人も映ってるこの人も映ってる、で、習近平(レビューの幾つかで、周近平と表記されていて噴き出しました)時代の現在、皆戦々恐々ではないか? 日本と違って資料を残す国の、悪い意味での凄みが続くという。
作者としては、産経新聞編『総括せよ! さらば革命的世代』の天安門版を目指したそうです。日大全共闘議長だった秋田明大さんが二十歳年下の中国人と再婚したという情報が引用の中で読めてお得でした。
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『和僑』では、作者は中国の故事の引用から始めてましたが、本書は、本場の碩学も登場するからか、あるいは天安門事件は、西洋を知らない若者の西洋崇拝が引き起こした一面もあったからか、ポール・ニザンの引用から入っています。
« J'avais vingt ans. Je ne laisserai personne dire que c’est le plus bel âge de la vie. »
上はグーグル翻訳。"生命中最美好的時代"なんて表現は思いつきませんでした。
次は、実名の人。中国ジャスミン革命の失敗を経て、五十歳から民主化活動に身を投じる。公盟。あらゆる通信を盗聴され、外出時は尾行がつき、しょっちゅう拘束されてるとか。
活動家は正常な仕事や家庭生活をおくることがほぼ不可能になるが、逆に、こうしたことに関心を持たなければ、それなりに人生の幸福を享受して生きていくことも可能、と作者はしめくくっています。かつて台湾で台独活動家がそういう状況だった時、その一人の邱永漢が日本の学生運動や左翼活動の安全さをなじったことを思い出しますが、それと極◯冒険主義はまた別、と返されそうw
次は当時警察のタマゴで、警備の側に動員された人で、その後日本留学、日本の商社への就職、日本との結婚と日本づくしの人。仮名。
頁74
八九六四の時代、中国の庶民は平板車ピンバンチェーという三輪のリヤカー付き自転車で移動していた。タクシーの運賃は非常に高価で、数も少ない。運転手は人々から「師傅シーフ(先生)」と呼ばれ、若い女性が理想の結婚相手に求める商業のナンバーワンだった。そんな社会で自動車の助手席に乗れるのは、相当な権力か財力を持つ人間だけだった。
「大学一年のときの思い出がある。僕は市内の中央音楽学院に遊びに行って、帰りにバスを待っていた。そうしたら、中国人なのに外国人みたいな恰好をした垢抜けた人が、なんと手を挙げてタクシーを停めた。颯爽と乗り込む彼の姿がものすごくカッコよかったんだ。それで思ったんだよ。いつか僕もタクシーに乗れる人間になりたい、この人生で一回でもいいから乗ってみたいって。もちろん座るのは助手席だ。そんな想像をするだけで頭がクラクラした」
現代の中国で、タクシー運転手は低賃金労働者の職業になっている。 垢抜けた都市住民はマナーや安全性への不安からあまりタクシーに乗りたがらず、スマホのアプリでシェアライドをしたり自家用車に乗ったり、さらに金持ちならば運転手付きの車で移動する。いまや投資会社の幹部におさまっている(以下略)
次は、当時の日本人留学生。仮名。本書の写真の多くは彼女の手になります。この時、日本大使館は邦人のすべてに帰国指示を出したが、ジャルが正規料金をとったので、物価の安い国に留学してる留学生は借りたりなんだり苦労したとか、マスコミが取材フィルムを持ち帰るのにいろいろチェックとかあったので、ノーチェックの留学生が運び屋に使われ、いいアルバイトになったとか、私は聞いたことがあるのですが、本書にも、彼女のインタビューにも、1㍉もそんな話は出ません。
五月二十日以降、趙紫陽失脚以降、事態がカタストロフィに向かう以外ないと分かった頃からの人心のすさみ具合などが語られます。急にアオカンが増えたとか。日本で2012年王丹の講演会があったが、その感想を作者と交換する場面で、作者は、若い中国人聴衆からの質問に王丹が答えに詰まる場面が印象的だったのだが、この人は、王丹の当時の総括における危険度の認識の低さ、甘さへのいらだちと、いまだ残る怨嗟を語ります。
次の人(仮名)とは、中国の士大夫、文人の役割と天安門事件におけるその発現について。その次の人は、仮名ですが、日本のテレビによく出てくる中国人だとか。誰だろう。友人として話すとのこと。彼がその後考えを変えた契機は、まずひとつが1991年8月19日のソ連崩壊、ゴルバチョフ失脚とエリツィン政権奪取。国家が分裂したら社会は大混乱する。それは避けねばならないと。もうひとつが、ドイツ留学で見た、旧西独人の旧東独人への蔑視。東欧諸国民もいちようにそう見られていたとか。自分たちはそうは見られたくない。バカにされたくない。国家が滅びるというのはこういうことかと。
東西冷戦はアジアでは熱戦だった、という言い方があって、これは「熱戦」を熱核戦争と考えるのではなく、実弾が飛び交う実戦と考えて言ってるわけですが(朝鮮戦争やベトナム戦争を指す)、同様に、冷戦の終結で、欧州は共産圏が崩壊したが、アジアでは中国も北朝鮮も健在で、前者は資本主義圏の香港もマカオも条約にのっとって抱合し、後者は韓国がなぜ同一民族の南北統一の悲願をえんえん先延ばしにするのか、ちょっと私には理解出来ない状況です。脱北者や朝鮮族の扱いを見ても、南が北の人をどう扱うかさっしがつくわけで、それすらしたくないという皮膚感覚、主婦の台所からの政治感覚がこわいです。
深圳で、よい日本人とたまたま知り合えたので日本びいきになった、礼儀正しく清潔な中国人(仮名)が、あまりに無邪気なネットの世界での民主支持者なので、作者は警鐘を鳴らすとともに、ネトウヨ含め、ダーイシュ(IS)含め、扇動者は行動者のしかばねになんら責任を取らないことなどを考察します。その次はタイに政治亡命して認められたのに強制送還された活動家。下記の人は、この強制送還の活動家からの紹介だったとか。送還後、裁判前なのに、あやまちを認める供述のさらしもの動画が、ジョンヤンディエンシータイで中国全土に放送されたとか。まったく生気がないので、下記の人は、眠らせてもらえず、殴打された後だと推測したそうです。タイで交通費にも事欠く生活を経て、これか。GDP世界二位の国は、歯向かうものに厳しい。一路一帯。
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その次は、在日活動家。回族。日本の各団体の離合集散が図で示されますが、覚えられません。吹けば飛ぶよな将棋のコマが。ここで、富坂聡のデビュー作『龍の伝人たち』が登場します。私も未読ですが、デビュー作を出してくるとは、作者もかゆくない所に手が届く人だ。
あと、知識人のあたりで、麻生晴一郎というチャイナウォッチのジャーナリストが出ます。知りませんでした。
次の人は、北京で今も文員としてひっそりと生きる書虫。仮名。芯が通った人生を送るのは、上の在日漢人とも共通しますが、難しい。特に中国人社会で人気があるタイプは、旗幟鮮明というか、旗の色をしょっちゅう変える調子のいいタイプで、インプロビゼーション、即興性で勝負して成功するタイプなので、それの正反対の、カタブツである市井の人々は、難しいなあと。前に出てきた、行動を制限されたり拘束されたりしてる二人の活動家は、どちらも人情派の、べらんめえタイプ。
ここで作者は、若山牧水の「白鳥はかなしからずや~」を出してきてます。
その次は、香港。雨傘運動は何故失敗したか。民主派の停滞、本土派(中国人は自分たち香港人とは違う、英領での発展と歴史を無視して、炎黄の子孫とか中華とかで彼我をひとくくりにするな、というファナティックな主張)の台頭がよく分かります。それとともに、親中派のひっきりなしの妨害。まえにチベットの映画観た時も、アメリカでのデモの場面で、エールを送る白人は映してるのですが、中国人の容赦ないブーイング、もしくは黙殺も絶対あったはずなので、それも映せばよかったのに、でも肖像権とかめんどいのかなと思ったことがあります。思い出した。
どこだったかなあ、もうひとつの、華人国家(多数派という意味で)かつ管理社会で成功してる、シンガポールからの眼差しを、リー・クアンユーのセリフ引用で語る個所があり、つねに多眼的であれ、とは私も思う所ですので、おおっと思ったのですが、どこだか忘れました。内容も忘れた。
香港の親中派のインタビューでは、ジャッキー・チェンやアグネス・チャンも、時として北京チックな発言をするとの連想が書かれます。で、親中派に、もしあなたが大陸戸口だったら、という質問を投げかけた時だけ、いつもの大陸礼賛が停止し、それはまっぴらごめん、となる本音を引き出しています。
最後は、まとめで、ウアルカイシや王丹のような大物から(王丹が台湾に居た時、彼の民主関係のサークルに来てたのは大陸からの留学生ばかりだったとか。習近平前だからありえたんですかね、それでもありえないと思ってたので、その自由度は意外でした。勿論南京等、歴史を巡る日本との視点ではそんなふうにはならないと思います)それから、これまで見聞きした、地方で天安門の余波に巻き込まれた人の話を、本人聞き取りもあり、伝聞で、こういう人もいたよ、もありで、書いています。チベット人の話なんか、いれることに意味があるのかなあ。
で、最後が石平です。作者が逢った石平は、伝統的な中国文人の悠揚迫らざる態度を保持したターレンだったそうです。私はつねづね石平のパワーの源がなぞで、石平が必死にネトウヨネトウヨたらんとするそのアピールはどっから来てるのか、黄文雄の地位を奪いたいのか、と不思議なのですが、そのなぞは解けないままです。黄文雄と石平とオソンファの鼎談が四冊も新書になっていて、歴史談義も活発に行われてるみたいですが、読む気力がない。ケント・ギルバートも入れてカルテット座談会を今度やったらいいと思います。ブリガムヤング大学とソルトレークシティのホンイキが問われる。石平と劉燕子の共著があるとは知りませんでした。
「天安門の最後の記録」と煽ってますが、習近平が強権弾圧だとして、また変わることもあるでしょうから、楽観視しましょうと思います。私はすぐ拘束とかされないだろうので…
以上
(2019/8/25)
【後報】
香港の本土派の人と話す時、相手は英語で話したがっていたのですが、作者は普通話(北京語)のほうが拿手なので、これはプートンホワでなく、台湾の國語で話してると思ってくれ、と相手に頼みこんで、相手が、うまいこというねあんた、ニヤリという場面があります。逆に、天安門は過去のことで、耳障りの悪いことだが、それでも言わねばならない、日本人のあんたには耳が痛いだろうが、日本軍の犯罪と同じ(に言い続けなければいけない)んだ、という場面もあります。やはりこの本は面白い。
頁79の写真の大字報、一ヶ所読めなかったのですが、ネイティヴに教えてもらったので写します。読めなかった箇所はアンダーライン引きました。
同学们 关键的时刻已来临
学生运动发展到今天这个地步。有人说已经取得了很大的胜利。我们应该圆满的收场?但是六月来的风々雨々我们所希望的任何最起码的要求都没有达到而带来的是即将来临的白色恐怖。是老人党,保守派的全面统治和专政。是李鹏政府的上台。诚然
中文は繰り返し記号使わないと思ってましたが、使ってますね。まだこの時代は使ってたのかも。和風で。
(2019/8/29)