山崎洋子著作を読もうと思って読んだ二冊目。
香港迷宮行 : 長編ミステリー (講談社): 1988|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
カバー折 著者のことば
香港はマジックランドです。とびっきり楽しくて怪しいところです。そこに、哀しくもおかしい人物を集めてみました。
とても楽しんで書いたミステリーです。書きおえて読み直して、自分で、あ、こういう話大好き、と思いました。
あなたにも、きっと楽しんでいただけると自信をもっています。
ブックデザイン=熊谷博人 カバーイラストレーション=かわぐちせいこ 本文イラストレーション=畑農照雄
もちろん作者のことばを額面どおり受け取る必要はなくて、著者はこういう話大好きでしょうけれど、当時の新書ノベルズ主力購買層である中年男性にとっては、序盤で、若いオネーチャンが主人公の、香港ツアーゆうもあミステリーかよ、と軽く見たところで足元を掬われる、その転倒浮遊感を楽しめるかどうか、という小説です。小娘語り部の手玉に取られる愉悦。
頁25、赤ちゃんの場合赤ちゃんの写真を親のパスポートに併記すれば渡航証明書代わりになる。それが数次旅券なら、当時は五年ですか、五歳の別の子を連れてても、写真の赤ちゃんと言い張って出国出来… という当時のまだまだな法令を逆手にとった箇所が早々に出てきます。もう一ヶ所、頁98、当時(1988年。天安門事件前)マカオの永住権を取るのは簡単で、政府指定の銀行に二万円半年預ければマカオ市民になれたんだそうです。これらの伏線がめくらましになれるのかなれたのか、目くらましだとすれば見落としはなんなのか。
ネタバレするとするなら、本書の真犯人はウヨサヨでいうとサヨです。額面上の目的は「かくめー」
裏表紙 著者紹介
昭和22年、京都府宮津市生まれ。コピーライター、童話作家、シナリオライターなどを経て、昭和61年、「花園の迷宮」で第32回江戸川乱歩賞を受賞。受賞作では今はない横浜黄金町の遊郭の日々を再現、「ヨコハマ幽霊ホテル」では中華街の過去と現在を哀切に響き合わせ、本書では混沌の都・香港を一瀉千里に描破するなど、その多彩な才能は今まさに大輪の花々を咲かせつつある。
同 あらすじ
四泊五日の香港ツアー中に、久里子を殺す。……大金と引きかえに殺人を引き受けた工藤麻砂美だが、なれぬことでドジばかり、ところが自分も何者かにナイフで狙われるハメに。もつれにもつれて殺しが起こる、もつれた糸が解けるとき、戦慄の真相が読者を襲う!話題の乱歩賞作家、書下ろし自信作。
ホントは画像の横に引用文載せたいのですが、そうすると引用を示すタテ線が画像にかんでしまうので、やむなく別枠。はてなブログも、いろいろ使い勝手で、今までのユーザー何してたん?というところがあります。
頁27、登場時、マドンナ(2018年還暦)のパパドンプリーチに合わせて踊りまくる香港人ガイド「陳安宝」の名前を、「ちぇんあんばお」と読ませてるのですが、陳は北京語ではチェンだけど、広東語ではチャンじゃなかったっけ?アグネス・チャンも陳美齢だし、とまず思えればよいのですが、私は初読時ここをスルーしました。
文庫本の表紙は、漫画家が描いたと思うのですが、名前が出ません。この女性のアゴのラインと、とっぽいガキをコミカルにデフォルトして描くかきかた、誰でしたか。
香港迷宮行:中古本・書籍:山崎洋子【著】:ブックオフオンライン
中文の発音をカタカナでなくひらがなでルビ振っていて、多くは広東語なのですが、ときどき北京語も顔を出します。頁52、好運粥窝窩はぉゆんじょうぐぉ(グォでなくウォーではないかと)、金牌及第粥ちんぺいじーていじょう、香滑豬肚粥しゃんふあじーどぅーじょう、魚丸肉丸粥ゆぃわんろうわんじょう、油条ようてやお、という北京語のメニューのある好運粥麺はおゆんじょうみえんという北京語読みの店名の店が信徳すんたくショッピングセンターという広東語読みのセンターの中にある。そうかと思うと、シェンジェンと北京語で読むのが当たり前的な深圳(しんせん)(中国東北の瀋陽人のゲツが中国嫁日記で暮らす町ですから、北京語でないほうがオカシイ)を頁28、広東省との境界、深圳河さむちゃんほうと広東語で読ませる。ここは新鮮でした。
台湾では漢語に訳されてたようです。上記。
獅子山と書いてライオンロックと読み、ここのトンネルの記述には、必ず「熊谷組」が作った、との形容が入ります。今世紀、マカオと香港を結ぶ港珠澳大橋には、どの日本のゼネコンが参加してるのでしょうか。マカオ新聞によると、一社だけ参加してるそうです。
頁31、流浮山らうふぁうさん。鯉魚門わいゆうむんより安くてうまいという1988年当時のトラベル耳より情報。
頁33
足元も、海に突き出た桟橋も、びっしりとカキの殻で埋まっていた。
「ここは、昔からカキの養殖が盛んだった村ですよ。おいしいカキが食べられるでしょう」
小原が言った。ガイドブックの受け売りらしい。
「生ガキは駄目ね。危ないよ、海、汚れてるからね。ここのカキも、オイスターソースや干物にしますよ」
陳が首を横に振った。小原は赤くなってうつむき、そわそわと向きを変えた。
上記、赤ちゃんパスポート関連で、誘拐事件があるのですが、発生場所が神奈川県大和市(頁46)と明記されていて、なんでやねんと思いました。作者の土地勘は、港北とかの横浜だか川崎だか分かれへんあたりだと思っていたのですが。大和市のスナックで経営左前とか、なまなましすぎる。
頁58、咸蛋のルビが「ばいたん」で、えっと思いました。"鹹"はワカコ酒12の読書感想でも書きましたが北京語で「シエン」広東語も、鹹魚がハムユイだからハムであろうと。
久里子というのは大阪弁キャラなのですが、なんとなくなつかしい言い回しが多いです。作者の出身は京都府なので、食都オオサカを支えるはたらきもんたちの言い回しなのかなっと思いました。
頁72「頭痛い? たいしたことあらへんでしょ?」
頁73「わたし、あんたに聞きたいことがあんねやけど」
頁82
「まだ聞いてへんよ」
「え?」
「あんたがわたしを殺そうとした理由」
(中略)
「それが理由なら、なんでわたしを石段から突き落す前に警察へでも大使館へでも通報せなんだん?」
書き忘れましたが、本書は五章構成で、最初の一章は元モデルの若いチャンネーの一人称で始まりますが、場面が暗転すると、二章はこの関西弁の30代のおばはんの一人称になります。作者はカバー折で、あなたにも、きっと楽しんでいただけると、自信をもっています、と言い切っているので、ここは受けてあげないといけないと読者のオッサン連中は思ったのかもしれないなと思いました。そうやって受けると、第三章は、零落マザコンぼんぼん貧乏オタクいじめられ青年(職業:自称詩人のアルバイター)の一人語りになります。 またこれがうまいことなりきってる。その後いろいろあって、最後の章なんか12歳のヤクザの息子の、とっぽいけど親の威光がなければショボいガキの一人称を作者はきっちり書き切っていて、観察眼に敬服しました。30代のおばはんも、こどもは神奈川県大和市で関西弁がすっかりぬけてしまったと、さみしく感慨にふけったりします。
頁86、北京語で名前のルビが振られていた中国人ガイドが、自分は北京語話者で、北京語のほうが上品で尊敬されると言います。1988年に北京語話者の日本語ガイドが香港にいるというと、満州絡みの人が国共内戦で流れたケースかなと思いましたが、マドンナの曲で踊れる年齢(20代)なので、どういうことだと思うわけです。「潮州香ちうこんつぉん」というチムサーチョイの潮州料理店の場面なのですが、この店名の読み方も、香が、香港を読むときの、広東語のヒョンゴンのヒョンでなく北京語のシャンガンのシャンでもなく、ツォンて、何方言よと思いました。潮州方言だとツォンなんでしょうか。
頁102、マカオではマカオ人のガイドに交代となり、本場ポルトガル料理のホテルディナーと銘打って、ひとり一万五千円追加料金を日本で支払い済で、イカの輪切り煮二、三切れとひからびて端が黒ずんだキャベツとニンジンの千切り(調味料ナシ)のオードブル、魚料理がタラのフライの魚料理冷凍野菜添え、肉は硬いステーキにさめたフライドポテトつき、デザートはカチコチのアイスクリーム罐詰フルーツぶちまけ添えを食べさせられます。エッグタルトとか牛乳プリンとか、ニョニャ料理、はマラッカですが、そんなのとは、さよーならー、でおかしかったです。台湾人ツアー客に焦げた焼き鯖(冷凍)出す新華僑の店思い出した。
頁175、ワトソンズというお店が出て、現在でも健在でした。私は知りませんでした。
頁176、陸羽茶室。ペニンシュラのマフィンも出ますが。
でもここから、一銭ももたない12歳日本ヤンキーが地下鉄ただ乗り作戦をする展開になるとは。あの、棒が廻るゲート。
頁206、ガイドの陳が街はずれの廃墟でそのへんのオッサンに助けを求めようにも相手は広東語、自分は北京語で話が通じないと言う。さすがに、ユーモアミステリーだからそんな甘い設定アリで最後まで行くのかと読む方も覚悟決めるか、それとも話がおかしくないか、生活出来ないだろうと思ってウラを読むか、残り頁数も少ないしここは悩みどころでした。そして。
以上、ほかの作者の本ももう少し読んでみます、面白かった。