頁12「序文 中国の夢」劉宇昆
中国の政治の現実と西側との不安定な関係を考慮すると、中国SFと出会う西側の読者にとって、中国の政治に関する西側の夢や希望やおとぎ話でできたレンズを通して見ようとするのは自然なことです。西側寄りの感覚での”政府転覆”を解釈上の支えにするかもしれません。たとえば、(略)陳楸帆チェン・チウファンの「鼠年」を中国の教育制度と労働市場への批判としてだけ読んだり、(略)
読者には、そのような誘惑に抵抗していただきたいのです。中国の作家の政治的関心が西側の読者の期待するものとおなじだと想像するのは、よく言って傲慢であり、悪く言えば危険なのです。中国の作家たちは、地球について、たんに中国だけではなく人類全体について、言葉を発しており、その観点から彼らの作品を理解しようとするほうがはるかに実りの多いアプローチである、とわたしは思います。(古沢嘉通訳)
教育制度と労働市場、という言い方がすでに腰が引けていて、本作で連想されるのは要するに下記です。
[B!] 中国の若者を「大就職氷河期」が襲う!体制派エコノミストが試算した、失業者数「5400万人」の衝撃(福島 香織) @moneygendai
[B! China] とうとう文化大革命に逆戻り~中国の大卒予定者1158万人、就職難で新たな就農運動へ(北村 豊) @gendai_biz
本作の若者就職難は、西側との貿易戦争にも遠因があることになっており、そうした若者を組織して農村に派遣し、工場から逃げ出した遺伝子改造ラットの駆除に従事させ、成績優秀者には優良な就職先の斡旋などもあり、というお話です。鼠は海外からの受注生産品として世界の工場、中国で作られ、その核心技術は特許というブラックボックスで西側コングロマリットが保持、生産工場からは見えなくなっている。しかしそれを《山寨iPhone》同様リバースエンジニアリングやソフトウェア改竄によって利益率の高い劣化コピーを製造する過程で什么什么什么什么。
OEM生産とODM生産の違い | 貿易・投資相談Q&A - 国・地域別に見る - ジェトロ
現代はチャイナリスクからの中国離れもある一方で、メンサでしたか、英才を集めて世界のトップ企業とタメ張るホワウェイのような官軍民一体コンツェルンも登場してるわけなので、ちょっと話が古いんでない、と思ったら、案の定2009年5月にサイエンスフィクションワールドという雑誌に発表された話だそうで、ということは《科幻世界》发表。英訳は2013年7月だそうです。
という話とは関係なく、頁35に出て来る〈黑椒牛柳〉という料理を食べたことがないので非常に気になりました。〈牛肉〉でも〈牛排〉でも〈牛肉丝〉でもない〈牛柳〉という切り分け方をそもそも私は知りません。
で、検索してみると、レシピはたくさん出るのですが、この料理名を供している日本の中華レストランが、ほとんどまったくといっていいほど出ず、気が狂いそうになりました。牛フィレ肉の黒胡椒炒め、といった趣の料理らしく、洋食を意識した中華のカジュアルコースでメインディッシュに出て来るイメージでしょうか。ということは香港広東系統で、だから無骨で粗野な北方からするとありえない〈柳〉の字を使ったりするのかと。全然関係ありませんが広西チワン族自治区、桂林のとなりだかどっかは棺桶の名産地で、柳の木が棺桶に最適とかなんとか。
季節のコース料理なんかでは〈黑椒牛柳〉を横浜中華街でも出したりするようですが、単品でフツーにメニューに載ってるかというと、フィレ肉焼いたの食べたければフレンチなりどこなりと西洋料理店に行けばいい日本ではまず中華料理のメニューに載ってないようです。で、食べログで、なぜか東京のペルー料理店のレビューで、ロモサルタード"Lomo Saltado"はペルーで現地料理化(チファ料理化)した〈黑椒牛柳〉ではないかと書いてあるのを見つけ、なるほど、醤油を使った炒めものだからチファ料理というだけでなく、原型となる中華菜も存在してるんだと納得しました。なるほどなあ。
しかしそれと関係なく、著者の英名のカナ表記を「チェン」と書いたのはマイナス五百点です。訳者の鳴庭真人サンが書いているように、香港ではないけれど、広東のスワトウ出身で広東語を能くするチンサンの英語名"Stanley Chan"は広東人の証であり、アグネス・チャンやフルーツ・チャンと同じ。スタンリー・チャンです。広東語では陳はチャン。チェンではない。チェン(捲舌音でなければツェン)と発音するのは北京語、國語。
だ
の
に
ど
う
し
て
スタンリー・チェンと書くのかな。
真是傻子。