カク・ケイホウサンの短編『ポジティヴ煉瓦』を小学館の横断アンソロジー『絶縁』で読んで、面白かったので、この人の代表作というと『折りたたみペキン』かなと思い、近隣の図書館に蔵書がないので(このクラスの蔵書がないのは珍しいとその時は思いました。今再度検索したところ、ペーパーバック版の在庫はありました)ブッコフで¥605税込で買いました。短編集でなくアンソロジーでしたが、まあそれはそれで。カクサンの長編をチョイスしなかったのは、①長いから②邦訳が『人之彼岸』や『流浪蒼穹』のように漢語直球のままのタイトルで、日本語にきちんと落とし込めてないのでないかとふと不安になった、からです。で、本書はアンソロジーなので、また、一個いっこ感想を書いてゆこうと思います。駱駝、否、楽だ。
本書は英語版からの重訳で、中国語のルビを、解説を書いた立原透耶サンが監修したそうです。上の著者名ラインナップに関しても、北京語読みのカタカナは、「シア・チア」でなく「シア・ジア」、「ハオ・チンファン」でなく「ハオ・ジンファン」、「チョン・チンポー」でなく「チョン・ジンボー」となっていて、朝日新聞方式ではなく読売新聞方式であることが分かります。立原透耶サンはピンイン表記により近い読売新聞方式を採用して、有気音無気音は清音濁音に非ずルールの朝日新聞方式を信奉しなかった。エライです。はっきり言って朝日新聞方式のルビの振り方は時代遅れ。ちなみに、産経新聞ルール、相互読み協定のない現状、中国が邦人名を北京語読みしているのに(私も中国語で話す時は自分の名前がピンイン読みになります)、扶桑の者だけがかの震旦人名を东瀛语で念ぜず震旦語で読むのは、お言葉ですが、の産経新聞ルールでいうと、「ちんしゅうはん」「かか」「ばはくよう」「かくけいほう」「とうひ」「ていせいは」「りゅうじきん」です。たぶん。
立原透耶サンの解説は下記でも読めます。
蛇足だが、2017年春にケン・リュウは横浜で開催されたSFコンベンション「はるこん」にゲスト・オブ・オナーとして訪日した。その際、筆者が中国SFの日本での普及に苦戦していると伝えると、「僕もそうだった。最初はどれだけ持ち込んでも誰も中国SFに興味を持ってくれなかった。わかるよ、最初は本当に大変なんだ。でも、諦めずに努力し続けてやっと中国SFが世界に認知されるようになった」と彼に中国語で励まされたのはいい思い出である。
中国科幻小説紹介の一人者といえば林久之サンですが、この人も頑張ってたんですね。漢語で会話したわけなので、リーユエントウイェと呼ばれていたことでしょう。リーは"L"ですが、英語の"L"、"R"の別とは無関係。
立原透耶サンの小説も読んでみようと思い、『チャイナタウン・ブルース』というのがそれっぽいのかなと思いましたが、アマゾンで古書が表示される以外、入手出来そうな感じはありませんでした。四冊出ているシリーズで、最初の『契』は¥2円から出品があります。
チャイナタウンに連続猟奇殺人事件が起きた。犯人は月に一度集中的に現われ、妊婦を殺害して胎児を持ち去るのだ。殺人現場を目撃したゲーム賭博師レイは、私立探偵のアレックスと共に事件を調査することになった。しかし犯人の足取りは一向につかめず、ついに馴染みの女が殺される。怒りに震えるレイの唯一の慰めは、事件直後に知り合ったセシリアという少女だった。孤独な心を癒すように、急速に接近するレイとセシリア。だが、その幸せのウラには邪悪な陰謀が渦巻いていた…。
次の『絆』は¥82から出品。
欲望と陰謀の渦巻く街、チャイナタウン。ケチなゲーム賭博師レイ・F・鳳は、ある夜親友のトニーに偶然出会う。再会を喜んだのも束の間、翌日レイのもとに届いたのは、トニーの転落死の知らせだった。“これは事故ではない、殺人だ”レイは仇を討つ決意をするが、事件を調べはじめた途端、命を狙われる。どうやらレイたちが昔いた孤児院に何らかのかかわりがあるらしい。絶体絶命のレイを救ったのは、美貌の私立探偵、アレックスだった…。男たちの友情を描いたハード・ロマン。
次の『掟』は、おそろしいことに¥33,242の出品がひとつあるだけ。三万円もするとわ。
虎和会はチャイナタウンの裏組織だが、仁義を貫くその姿勢で街の人々からも支持を集めていた。しかし、時代遅れの感は否めず、金もなければ人も少ない。その上、縄張りを狙って新興組織が勢力を伸ばしつつあった―。ふとしたことから虎和会の龍頭・老虎と知り合った美晴は「息子の嫁に」と望まれる。レイを恋人にしたてて紹介し、諦めさせようとするが、老虎は逆にレイを自分の家に住み込ませると言い出した。虎和会をめぐる妙な噂を耳にしていた美晴は、その提案を受け入れた。
次の『誓』は¥864の出物から。
酒酔い運転のトラックが店に突っ込むという事故の現場に居合わせたレイ。美晴の話から、同じような事故がチャイナタウンで続発しており、しかも運転手はみな心臓麻痺で死亡していることを知る。そして背後には住民を無視して進められる街の再開発計画が―。チャイナタウンを守るために立ち上がる決意を固めたレイの前に現れたのは、美晴の従兄で大財閥の御曹司リオンだった。美晴に想いを寄せるリオンは、かつて彼女と暮らしていた頃のレイに、嫌がらせをし続けた男だった…。
ケン・リュウこと刘宇昆”liuyukun“サンの序文は「中国の夢チャイナ・ドリームズ」という題名で、キンペーチャンのスローガン、"CHINESE DREAM"にかけたものだそうです。いきなり同郷人登場。ケン・リウとキンペーチャンは、ともに甘粛省出身。ちなみに、陳舜臣がノックスの十戒のひとつ、中国人を出してはならないを破った画期的主人公、中華街探偵陶展文も甘粛省出身。そうでがんすよ。
のっけからいきなりキンペーチャンを出しておきながら、「地政学にだけ焦点を当てると、作品を大きく毀損することになります」(頁13)などとどの口が言うのか、とは思いませんでした(棒
頁12
文学的メタファーを使用することで、異議や批判を言葉にするのは、中国の長い伝統であるのは確かです。しかしながら、それは作家たちが文章を著し、読者が読む目的のひとつに過ぎません。
まあそうなんでしょうけれどもや。
頁11
これは、かなりまわりくどい言い方をするなら、”中国SF”の特徴を自信たっぷりに断言する人間は、(a)話題にしているものについてなにも知らない部外者であるか、(b)なにがしかは知っているものの、対象物の議論の余地のある性質を意図的に無視し、自分の意見を事実として表明する人間であるかのどちらかだとわたしが考えているということです。
つまり、わたしは自分を中国SFの専門家とみなしているのではない、ときっぱり言い切ります。自分がろくにわかっていないことをわかっている程度にわかっています。自分がもっと学ぶ必要がある――もっともっと学ぶ必要があるとわかっている程度にわかっています。そして、世の中には単純な答えなどないことをわかっている程度にわかっています。
古沢嘉通訳。半可通としておおいに納得する箇所ですが、何も無知の知を出さなくてもという。
自分でキンペーチャン出しといて、政治関係ないでんすとは、あんまりや( ノД`)シクシク…
卯金の刀の劉うっくんサン自身がそうなのかどうか分かりませんし、中国の人のネゴのクセなのか、人類の普遍的なテクニックなのか知りませんが、機先を制して相手に反則をするなと警告しながら自分はする、という技がここでも出てるような気がします。言ったもん勝ちというか、それで相手にブレーキかけて、相手は「自分はやってへんわい」「オノレのほうやろうがやっとんのは」のどっちを先に言ったものか頭脳が混乱するのでその隙を突くことも出来る。中国の報道官ウォッチャーなら日常的に見てる光景だと思うのですが、ここもそうと言っていいのかどうか。本職なら立て板に水でまごつかずぜんぶ反論しつくせるので、そういう相手だとまた展開が変わるのですが、さて。
ここのくだりを読んでいて、思い出したのが、前にも書いたか分かりませんが、河南省に留学していた柔道の心得がある人の件。ある邦人女性が中国人男性を弄んで、やっぱりないわーと思ったのでフッたのですが、案の定中国人男性は想いを募らせてストーカーになって、柔道家が女性に利用されて彼女を守る盾になりました。中国人男性は柔道家に決闘を申し込み、「必ず一人で来いよ。ただしこっちはおまえが本当に一人で来るか分からないから、見届け人を入れて複数で來る。いいな」と言ったそうで。でも結局中方は来なかったらしい。日方待ちぼうけ。
「中国ほど面白い国はない。これは数十カ国で撮影してきた私の素直な思いです」とは中国ナンバーワンインフルエンサー(微博調べ。今年一月時点)竹内亮サンのことばですが、もうあんまりこういうジャンルのおもしろさは求めてないなあと。平穏なのがいいです。香港の弾圧とか、対岸上陸作戦とか、そういうのぜんぜん面白くない。
帯。
デザイン上やってみたかったのでしょうが、表紙に簡体字の原題が載ってます。
さらに英語名もちいさく表紙に載ってます。
で、本文まで簡体字名に侵食されているかというと、"Don't worry, Hayakawa is using Japanese Chinese Characters."という。
以上