坂東眞砂子の批評に登場する映画と小説『カウガール・ブルース』を検索した時、この本も出てきたので読みました。
来月PHP文芸文庫から文庫化されるそうです。PHP文庫なら知ってましたが、PHP文芸文庫も出来たんですね。細分化の時代。
装幀 高柳雅人 装画 加藤健介
結論から云うと、カウガール・ブルースとはあんま関係ないです。オナヌーとセックルをめぐる親指Pの修業時代で、かつ「チンク」という名前の日系人が登場するというぶっとんだストーリーと関係があったら小路幸也は売れっ子作家になってない。頁83、ヒロインの雄姿を回想する主人公が、必殺仕事人的なイメージでカウガール・ブルースのユマ・サーマンを連想するので、このタイトルになるわけですが、カウガール・ブルースは名高達郎や渡辺徹ではないので、主人公も作者も映画見てないだろうと思いました。私も見てませんが、私は原作読んだデスヨ。
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その辺、言い訳が文庫版あとがきで出て来ないとも限らないのですが、まあいいや。で、しかし、この小説家がなぜ若者の支持を受けているかの一端は分かります。例えば。
頁213
「しょうがないわよ。フクちゃんだって万能じゃないんだし、警察のそういうところは伏魔殿だってのは知ってるし」
伏魔殿、っていうのはあれだ。陰謀や悪事が常に企てられているようなところっていう意味の比喩だ。
柄本明一択のオジサン(LGBTQ?)のセリフの後、何故か主人公が読者に対して伏魔殿の意味を解説する箇所。ggrks(ググレカス)とか言わない、やさしさ紙芝居(そして誰もが主人公)これが若者を強烈に惹きつけるのではないでしょうか。一見親切そうに見えて、「くわだてられている」を読者にルビなしで読ませて人生修業させる腹黒さも兼ね備えています。
私はLINEをやったことないんで、LINEの描写に感心しました。
頁35
店を出たときにふと気づいて、歩きながら西田さんにラインした。
【ひさしぶり】
【ハイ! キノピオ! ゲンキ?】
【元気元気。あのさ、唐突だけどさ】
【なになに】
【大鳥居駅のコンビニの女の子覚えてる?】
【おぼえてるお。シャープなビジーン】
【名前とか覚えてない?】
【いしがきさん】
【あ、覚えてたんだ!?】
【あったりめぇよ。いつか使えるかもって思ったからね】
【さすが。サンキュ】
【なに? なんか撮るの? それとも今さらナンパ?】
【ヒミツ】
【ヒミツを持つほどに成長したかキノピオ……】
【またね】
【ウッス!】
吹きだしワクの中に文字を入れることも出来たと思うのですが、PHPの技術力その他を加味して、大カッコを選択したのかなとか、歩きスマホだめだおとかも思いましたが、何より、自分だったらビジネスメールの慣習があるので、なるべく簡潔に一度のメールで全情報を送信しようと思うはずですので、この、即レス前提の、短文のやりとりが非常に新鮮でした。私はメールの返信は、三日から一週間以内にすればおkと思ってるくらいの人間ですので(逆に、時間を置くことで、即レスの脊髄反射、感情の揺らぎを抑制出来ると考えている)既読スルーを恐れる若者たちのこうしたやりとりが素晴らしいでした。「あのさ、唐突だけどさ」で文章切って送信しようとは私は夢にも思わない。
私が送信するとすれば下記になります。これで女性が対応してくれるとも思えない。
To:西田樣
from:木下
毎々お世話になっております。題記、大鳥居駅コンビニの女性のご芳名を存じておりましたら何卒ご教示願いたく。理由はご勘弁ください。ご高配賜れば幸いです。ではでは
キノピオは主人公。木下です。朴かどうかは知らない。作者はLINEをカタカナで「ライン」と表記してるのですが、そこも好感が持てました。以下は三人でのライン。
頁81
【マジですか!】
【スゴイ!】
【偶然でしょ】
【それは偶然なんてものじゃない! 運命じゃんキノピオ!】
【行こう行こう岡島さんに三人で会いに行こう!】
【ケーキ作っていこう!】
【あー、話したね。お菓子作り趣味なんだって。岡島さん甘いもの食べるって言ってたよね】
【いつがいい? 奈子さんに会いたい!】
【やっぱり土日でしょ】
【次の土日ならぜんぜんいいよ!】
【まずは岡島さんに訊いてからにしようよ。土日はどこかにでかける用事があるかもしれないから】
【じゃあ、僕が電話して訊いておく。それから奈子さんにメールしてみるよ】
【楽しみだ―。奈子さん】
【念のために言うけど】
【ん?】
【なに?】
【余計なことは言わないでね。会いたくてコンビニに行ったとかそういうのは】
【オッケーオッケー】
【言わない言わない】
【絶対に黙ってる】
ここで話してる主人公以外のふたりは入れ替え可能というか、実際に名前も、西田と東田という似たり寄ったりの名前で、容姿や性格の違いの記述もありません。上のラインは、だからどっちがどれを言ったか分からなくていいという文章。
ここまではいいんですが、さて。二人が会って三回目くらいでもうセックルするのも、まあ、なんだかなあという感じで、おじさんの寝てる部屋を借りてヤルんですが、まあそういうのは時代を超越するのかと思いつつも、実は人間核弾頭、リーサル・ウェポンな彼女なので、初めて入った部屋で、相手はカメラオタクだし、盗撮の用心とか警戒とかしないのかと思ってみたり(読者には、そういう心配はない旨、主人公から説明がありますが、彼女がそれを知る由もないので)あと、カレー食べたあとでやってるので、古典的ですが、カレー味のキスだろうとか、ラッキョウ喰わなくてよかったねとか思いました。おじさんの寝泊まりする古ビルは、中はこざっぱりして清潔とわざわざ書いてあるのですが、願わくは、それでもダニとかいて、やったあとでふたりとも湿疹出来てかいかいとかになればいいと。
そう思うくらいのここまでもまだいいのですが、ヒロインの描写が。
図書館本なのでビニルコーティングがテカってる表紙。表紙だとこういう、草木染というか、ナチュラルカラーなのですが、本文の黒木メイサばりの彼女服装は、黒ジャージ、白とピンクのトレーニングタイツ、淡いピンクのランニングジャケット、白いキャップ、ロングのウィッグという(頁11)、変装の意味合いもあるのかもしれませんが、深夜のドンキにいそうないでたちで、どうも表紙の自然派とは違います。
中表紙は同じ絵を、少し引いて全体入れたカット。これとドンキは、違うと思いました。
もっというと、冒頭の戦闘シーン。相手を破壊するための戦いなので、とにかく口を狙って、アゴや歯を折るというえげつない手を使うのですが、それをステゴロでやるので、自分の身体も擦り傷とか出来るだろう、感染症とかいろいろリスクあるよと思いました。相手が肝炎キャリアだったらとか思った。かといってえもので歯を狙うなどというのは、ちょっとこの小説の過激レベルを越えてしまうとも理解出来ます。
初出が「WEB文蔵」という媒体の2015年12月号~2017年2月号で、加筆修正を加えたとありますが、最小限のものではなかったかと。連載当初から終盤までで、キャラが動き出して初期設定と変わった部分など、連載のライブ感を大切にして、そのまま出してるのではないかと思いました。それで、冒頭のえげつないヒロインが、後半ああいうキャラになると。西田東田のてきとうさもそうですが、石橋という老人が、最後までセリフのあるキャラとして描かれないのもへーと思いました。しゃべらなくてよいキャラは、最後までそのまま。主人公が「あんたが彼女をこんなにしたんだっ、僕は、僕は、あなたを許さない」「フフフ…、青いな、小僧」みたいな場面はないです。
「東京」でなくてもよいのではとも思いましたが、大阪ベーブ・ルースにするわけにもいかないだろうし、困ったかなと思いました。仙台牛タンブルース。おじさんのお店が、渋谷でこんなブラック商会変奇郎はないなと思うです。中井のBガールがまだあったらこんなだったかも。大森は下記を読んだことがあったので、それで納得。
この本、2017年の刊行なんですが、私のあともリクエスト入ってるんですよね。さすが人気作家。国道食堂のほうが、安心して読めましたが、これはこれですらすら読めてよかったです。以上