『宇宙樹の森 北ビルマの自然と人間その生と死』読了

宇宙樹の森

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装幀 毛利一枝 カバー・本文の写真 吉田敏浩(著者)地図製作 大友洋 制作協力 岩田純子 

一作目のあと、現代書館の「マージナル」vol.9(1993年)と、富士ゼロックス「グラフィケーション」No.49(1990年)No.52(1990年)No.53(1991年)No.55(1991年)No.56(1991年)No.57(1991年)No.87(1996年)東海大の「望星」1997年4月~6月号掲載のエッセーを加筆修正して、書き下ろしを一篇加えて上梓してます。さいごの「望星」の連載は、次の単行本につながってると考えます。

「はじめに」「あとがき」あり。参考文献一覧あり。国名についての記載あり。三冊目は「ひと」がテーマでしたが、二冊目の本書は、雑学的なさまざまな事柄がテーマの11編です。ビルマ独立のために戦った、ではなく、ビルマ平地人政府に対し山岳民族側で戦った残留日本兵(しかもブラジル移民二世)の話なんかは三冊目。二冊目の本書は、旅の中で、その時点で言語化出来たことを順不同で書いてる感じです。通暁するのは、行軍のつらさ。政府軍に察知されたり待ち伏せされたりを防ぐため、歩く時間も、炊事も食事も、睡眠も制約があり、その中でひたすら距離を稼ぐ歩行、右足を出して左足を出せば前に進む、の繰り返しの記憶です。まだそれが勝っていたのだろうと。

頁33、マラリアの語源は、イタリア語のmal(悪い)とaria(空気)の合成語との説を紹介していて(ハマダラ蚊が原虫を媒介することが分かっていなかった時代)前にも書きましたが、ジョージ・ギッシングの南イタリア周遊記のカラブリアなどに、マラリアの記述があり、むかしはイタリアにもマラリアがあったんだなあと思ったのを思い出しました。あったどころか、語源がイタ語だとは。

頁42、狩りが好きな人のところを訪ねた時の話。以前は先込めの銃で鉛弾を撃っていた(自分で鉛を溶かして銃弾を作るイメージが私にはあります)のが、取材時点でもう、ライフルや自動小銃に切り替えていたそうで、そりゃ野生動物減るだろうなと思いました。自動小銃で狩りをしたら、もう。それが80年代の探検記。

頁62、土壌流出や森林破壊、地力の低下、連作障害を防ぐため、順番に焼畑してるのですが、その用地が12ヶ所あり、十一年待つことで、草木がまた生い茂って、伐り開くのにいい状態になるとか。ローテーションが干支と同じ12なのが面白いと思いました。

 頁116、シャン州北部山岳地帯に雲南から移住してきた中国人の村では、豆腐を発酵させた醃豆腐という食品を食べているそうで、その作り方が載っています。この名前で検索しましたが、やはり発酵食品であるにせよ、百度では山西省の「泡菜的一種」が出て来るだけで、しかし関連検索ワードが「泰国」で、泰国的醃豆腐真好吃! などのブログが出てくるので、ここに書かれた食品と関連がありそうにも思います。ここの「中国人」が、コーカン族を指すのか、別の移住集団を指すのかはよく分かりません。場所は同じシャン州北部ですが。コーカン族に関しては、頁169の歌垣の相聞歌の中に、コーカン族のそれが、そのまま漢語で書いてあります。

春茶苦口回味甜 不信試試小甜心 

你在果敢忘家郷 回到家郷想果敢

なんだか知りませんが、果敢茶はビルマ一の銘茶なんだそうで。作者によると、野性的な香ばしさと苦みと渋みがあり、特に、新芽の先の白毛を乾かした「白茶」は味わい深いとか。

果敢青山野花香 四山蜜峰来賀山

姉妹有恋来相会 海涸石砕不分離 

 ほんとにこんな歌うたってるのかなあ、どっか中国語の本に載ってるのを、そのまま使ってないかと思い、参考文献見ても、中文書はなかったです。

こんな調子で、竹細工の文様や、護身具になる猪の牙とか、楽器とか、赤米に草麹で作る酒は、シコクビエやハダカムギで作るチベットのチャンと同系列だとか、そういう雑学が詰まってます。作者の言う通り、どこから読んでもいい本。

行軍は政府軍を避けているので、当然交易の中心である大都市には寄れておらず、密支那と書いてミッチーナ、もしくはミトキーナなども迂回しています。日本の援蒋ルート寸断の作戦でも出てくるミトキーナの80年代の姿など、読んでみたかったですが、それはないものねだり。ラングーンやマンダレーも出てこないので。ひたすらタイから密境して、街道を避けてけもの道を歩き、帰路はまた山間をとおってタイへ抜ける。

以上です