『わたしたちが光の速さで進めないなら』《우리가 빛의 속도로 갈 수 없다면》김초엽 "If we can't go at the speed of light" 読了

チョン・セラン『声をあげます』訳者解説で、2019年の韓国SF元年ベストセラーとして挙げられていた本。なんぼなんでも2019年が元年なんて遅すぎるべやと思いましたが、調べてません。

だいたい韓国SF作家連帯の会員だけでも60人いるのに、2019年が元年なわけなかろうと。

한국과학소설작가연대 회원작가 명단

で、おそろしいことに、何故か韓国SF作家連帯サイトは邦文版がありました。そんなことしなくてもいいのに。豊田有恒の意見を聞きたい気瓦斯。

sfwuk.org

このオネーサンがキム・チョヨプ。漢字で書くと金草葉。〈草〉は北京語でもcaoですし、〈葉〉はドニー・イェンが演じたイップマンのイップ、グロリア・イプのイプですので、蝸牛考的に、広東と韓国で似たはっちょんになってると考えれば吉かと。本名だったら、韓国の人名も面白くなってるなと。

族譜的に草と葉のどっちが名乗るべき一字なのか調べようとして、韓国語版ウィキペディアから飛んだ記事で、好きな海外作家はオクタヴィア・バトラーで、好きな作品はネンシー・クレスの"Beaker's Dozen"とありました。 草と葉、どっちの字かは分からず。

ja.wikipedia.org

黒人女性SF作家だそうです。

ja.wikipedia.org

"Beaker's Dozen"は《허공에서 춤추다》(Google訳:虚空で踊る)というタイトルでハングル訳が出てますが、邦訳はありまっせん。

www.aladin.co.kr

下記がその記事。

바이오센서 만들던 과학자, SF 소설집 내다 | 연합뉴스

下記は、早川が通常の10倍の金額で翻訳権獲得したんデスヨ、という記事。

https://www.mk.co.kr/news/culture/view/2020/05/476702/

下記は、デビューというか本書刊行時の記事。この時の写真が、邦訳のカバー著者紹介にも使われていて、ちっさいので、えーこんな韓流みたいなムスメサンがSF書くんデスカ、新井素子登場時のにほんSF界のてんやわんやのようだ、と思いましたが、大きな画像で見ると、目元などいじってるとも思います。

https://www.mk.co.kr/news/culture/view/2019/06/432079/

https://file.mk.co.kr/meet/neds/2020/05/image_readtop_2020_476702_15891186644193863.jpg賞を総なめ時の記事の画像。ナースのコスプレしてるわけでもないと思います。新井素子登場時も、すでにして栗本薫とかいろいろいらっさったし、上の韓国SF作家連帯も女流作家多数ですので、やはり元年はないだろうと。

韓国のSFは知りませんし、アニメも、例のテコンVとか知らないので、なんともです。平成ガメラの一作目は韓国人と見たのですが、その時SFの話になり、日本でまったくヒットしなかった米国製アニメ「レンズマン」が韓国ではそこそこウケたようで、カルチャーギャップを感じた思い出があります。アウトだかアニメックだかで、レンズマン公開時、あちらのアニメはワンカットワンカットそのままイラストになるような構図で描かれているが、日本はアニメの当初というか、アニメのもとになったまんがからして、手塚の『宝島』から映画のカット割をそのまま取り入れて、それで長いこときてるので、もうずいぶんと演出が違う、というクリティークがあったのを、さも自分の説のようにえらそうにぺらぺら韓国人にさべってました。悪い意味でのオタク気質。

김초엽 - 위키백과, 우리 모두의 백과사전

우리가 빛의 속도로 갈 수 없다면 - 위키백과, 우리 모두의 백과사전

https://file.mk.co.kr/meet/neds/2019/06/image_readtop_2019_432079_15608450183792943.jpg左が、邦訳にも使われてるデビュー時の画像。

翻訳者二名は、カン・バンファ女史が岡山生まれのイーファ女子院卒、コリョテハッキョの博士課程修了。ユン・ジヨンサンが、首爾生まれ、ヨンセを出て、東大院で博士號取得。

以下お話。

『巡礼者たちはなぜ帰らない』《순례자들은 왜 돌아오지 않는가》

カン・バンファ訳

巻頭はだいたいジャブなので、乙女というか、ポエマーというか、愛は勝つというか。要するにジャブのように見せてフェイント。

スペクトラム』《스펙트럼》

カン・バンファ訳

ファーストコンタクトもの。伝説巨神イデオンの小説版(富野御大直筆)で、バッフ・クラン、第六文明人と出会う前に、すでに別の植民星で人類は原人段階の霊長類に接触していたが、秘密裡にそれらを掃討絶滅させていた、というどうでもいい設定記述を思い出しましたが、ふつうは思い出しません。

『共生仮説』《공생 가설》

カン・バンファ訳

ネタバレですが、『ミトコンドリア・イブ』、私ならこない料理しますねん、という話。この辺で、おや、これは…という感じになります。

『わたしたちが光の速さで進めないなら』《우리가 빛의 속도로 갈 수 없다면》

ユン・ジヨン訳 カン・バンファ監修

淵野辺から登戸に行くバスというか、横川の釜めしというか。

このお話、一貫して「老人」と書かれる人物が「アンナ」という名前で、女性なのに、なぜ「老人」と書かれるんだろうと思いました。

原書に当たったわけではないのですが、「老人」のハングル表記である「로인」、いやそれは北傀の書き方「노인」と書いてあるので、それをそのまま使ったのではないかと思われます。私はハングル分からないのですが、検索から考えるに、あちらは、他人のオバーサンであっても、ハルモニとかハンメとかを普段使いで言えてしまう反面、距離を取りたいときに使う表現がないのかしら、と思いました。あるいは、男性形女性形のない中性的な「老人」をわざと使ってきたか。著者の意図がどちらかは分かりませんが、邦訳が「老女」でなく「老人」なのは、あえての意味もありそうと思ってます。

で、そうした意図を知ってか知らずか、早川の本書公式はこんな。

www.hayakawa-online.co.jp

廃止予定の宇宙停留所には家族の住む星へ帰るため長年出航を待ち続ける老婆がいた……冷凍睡眠による別れを描き韓国科学文学賞佳作を受賞した表題作、同賞中短編大賞受賞の「館内紛失」など、疎外されるマイノリティに寄り添った女性視点の心温まるSF7篇!

なんで女性視点なのに「老人」を「老婆」にするねんと。せめて「老女」にしよし。知っててやってるんなら日本のSFに潜む男根主義の病痾の根は深い、とはもちろん思いません。豊田有恒の意見を聞きたいです。

『感情の物性』《감정의 물성》

ユン・ジヨン訳 カン・バンファ監修

ランボーの原作者、デイヴィッド・マレルが、自書のあとがきかなんかで、読者からのおたよりを引用しつつ、あまりに悲惨、あまりにショックな精神状態の時は、かえって恐怖、ホラー小説やホラー映画を見るほうが、かえって心が落ち着くというか、そうしたものが必要と書いてました。それを思い出します。ヴァーチャル自裁サイトとまでは言いませんが、何か、そういったことまで言いたかったのではないか。

草葉サンは私のようにグレッグ・イーガンで離れていたSFに回帰して、それ以降また離れた読者のツボをつくなと思いました。これも、『幸せの理由』を、こうしてみましてん、てな感じで、読ませます。カッカッ、小さなセマウル号事件。

この話はギョーカイが舞台なので、そういうカタカナがよく出ます。韓国もそうなんですね。

ローンチとは - コトバンク

バイラル・マーケティング - Wikipedia

ヒップスターとは - コトバンク

キダルト(訳注:「キッズ」と「アダルト」をかけ合わせた言葉で、子どものような心を持った大人の意)

頁174

 もともと犯罪を犯す心算だった奴らが、酔っぱらって心神喪失状態にあったとあとから言い逃れをするのと同じだ。

私が作者なら、主人公は彼女であるポヒョンと別れて、後輩のユジン(原書でも舌っ足らずな語尾なのでしょうか)と結婚して爾来幾星霜、ある日偶然街でポヒョンを見かけて…というふうにしてしまうと思いますが、作者はそういうふうにしない。

『館内紛失』《관내분실》

ユン・ジヨン訳 カン・バンファ監修

これもイーガンの『ディアスポラ』にまっこう勝負、というわけでもないのでしょうが… マタニティ・ブルーと母娘の相克にこういう素材を絡ませてくるとは… 頁214、会社の上司の喋り方が女性の語尾なのですが、原文もそうなのでしょうか? 特に性別を書いた説明文がないので、何となく気になりました。それでなくてもハングルの人名は男女の区別が、ネイティヴでない、部外者にはつきにくいですし(英語だと、マイケルという女性はいるが、ビクトリアという男性はいないなど、まだしも外部からも分かれそうなルールがある)

『わたしのスペースヒーローについて』《나의 우주 영웅에 관하여》

カン・バンファ訳

あっ原文だと「宇宙英雄」だッ、 まだ読んでません。これから読みます。すいません。⇒以下、20220306追記。これ、主人公のガユンが男性か女性か、かなり分かってません。どっちなんだろ。映画「沈没家族」とはちょっと違いますが、シンママ同士が、育児シェアして育った子という設定で、一ヶ所だけくらい、語尾が女性形なのですが、だから女性かというと、分からないです。あと、ガユンの宇宙英雄であるジェギョンの生死も、最後まで分かってないです。作者もあとがきで、今も深海でジェギョンが泳いでいる気がすると書いてる(フィクションでしょうに)ように、生きてるかもしれないし死んだかもしれない。ナゾ。追記ここまで。

装画:カシワイ 装幀 早川書房デザイン室 日本語版への序文あり。 著者あとがきあり。イン・アヨンという文芸評論家の、ネタバレを含む解説「美しい存在たちの居場所を探して」を収めてます。それも未読 ではでは

⇒以下、20220306追記。解説は、よくある、エスエフをテーマ小説として解説する、例のアレというふうに判断してます。ちがってたら、すいません。以上