『ババヤガの夜』"Baba Yaga no Yoru" (Baba Yaga Night) by OUTANI Akira 王谷晶 読了

済東鉄腸サンの本に出て来た本の中の一冊。どういう文脈で出て来たのか、もうまったく忘れてます。が、読みました。

読んだのは単行本。2021年1月の二刷。装丁 山影麻奈 カバー・表紙装画 寺田克也

39字×15行で180ページの本ですが、「文藝」2020年秋季号に一括掲載との由。

単行本と文庫本は同じ表紙イラストですが、レイアウトを変えてあります。

分割して連載しなかったのは、ラストのどんでん返しの前に、SNSなどで「暴対法があるのに、こんなヤクザありえねー」など拡散されたらおえんと誰かが思ったのかもしれません。最後まで読んでもらわないと。

タイトルのババヤガはスラブ民話に登場する、山姥みたいな魔女だそうで、映画ジョン・ウィックで主人公がそう呼ばれたりするそうなので、それでか、とくに作中でその名はありません。また、本編中に説明もない。

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最近亡くなった妻からの最後の贈り物である子犬を殺した男たちに復讐するために引退から復帰した凄腕の殺し屋ジョン・ウィックの復讐劇を描く。

どちらもわんちゃんが絡むようなので、そこもかけてるのかも知れません。馳星周とかけてるかは、知らない。

「ありえねー」と思う時の判断要素のひとつに、スマホが出るかどうかがありますが、本作はほかにもちゃんとあちこちに。

頁37

 送迎用の車としてキーを渡されたのは、真新しいがコンパクトで平凡な国産車だった。服装といい、地味好みのお嬢様らしい。

 庭は昨日の乱闘の跡がきれいに洗い流されていて、血痕一つ見えない。大きなガレージの前で車を洗ったり庭を掃除している白シャツたちは、やはり新道に突き刺すように剣呑な視線を投げてくる。治まっていない空腹もあいまって、また衝動が湧き上がってくる。拳ダコのできた手が、獲物を求めて勝手にみしみしと鳴る。

 その時、石塀の門が開いて数台の車が敷地に入っていく。シビックに寄りかかる新道の横をすり抜け(以下略)

車名書かないのかと思ったら書いていて、シビックとはまた… と思ったです。ほかに車名がちゃんと出るのは、ラストのアルファードのみ。あとは、ワゴン社名のフォードとか、車種のセダンとか軽トラとかしか書かれない。日本車は、どうしてモデルチェンジというにはまったく異なる車にしてしまっても、同じ名前を付ける時があるのか。シビック=コンパクトで違和感がない人は黙とう。

頁118

 尚子の見つめる先は、ギターケースを背負った髪の長い男たちや、早稲田あたりのいきがった男子学生、早くもゲロを吐いている若いサラリーマンや道いっぱいに広がってさんざめく派手な女たちが尚子と新道の存在になど気付きもせずに歩き、通り過ぎて行っている。いつもの新宿の、どうでもいい、ごちゃごちゃした風景だ。(以下略)

そんなに早大生が高田馬場から漏れ出して、新宿まで来るかなあと思いながら読んだことで、「ギターケースを背負った髪の長い男たち」など、そういえば、と思うのを忘れました。

都内のパーキングについての箇所も、考えようによっては布石の一部かも。矢作俊彦が書いた小説「その後の傷だらけの天使たち」で、大久保の明治通り沿いの絶滅危惧種の駐車場付きファミレスを大事に扱わないひどい場面があるのを思い出しました。こういうトラブルが頻発したから駐車場付きのファミレスが都内から消えた(こないだ練馬で見ましたが…)

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頁100

「おい、違うって。そんなおっかねえ顔するなよ。俺もお仲間だ。まあ、お前と違って見た目じゃ分からんが」

 オールバックの髪を気障ったらしく掻き上げ、柳は懐から名刺を一枚取り出して見せた。仰々しい代紋の下に、柳永沫、とでかい字で書かれている。

「やなぎ……えいしゅ」

「お前らにはそう呼ばせといてるが、本当は違う。知りたいか」

「別に」

「教えてやってもいいぞ。俺の女になるなら」

ユ・ヨンス、と、すぐ分かりました。が、少しあとで、ユ・サンチョルのユと読むのでなく、リュと読むのかも、と考えました。が、あとのほうで、最近往来する船が就航したらしいので、祖国に連れて帰ってもいい、と言うセリフの後のくにが、伊集院静さんと同じ山口県だったので(柳サンは下関なので、市は違います)関釜フェリーだろう、帰還船は新潟だもんな、時代も古すぎるし。でもそれだと、などなど思いました。福岡からのジェットフォイルとどこかでごっちゃになってるのだろうか、それにしても、などなど、思うことはあるのですが、リュではなくユでFAのほうに思いが行って、あまりそこは突き詰めなかったです。その辺も小説上の技巧かな。柳㍉、否柳サンはケーセッキだけハングルで言ったりしますが、パルゲンイやテノム(垢奴)とは言いません。残念閔子騫

組長のからだのスケールも、冒頭の描写にないので、ちょっとどうなんというところがあります。

中表紙も同じイラスト(一部)

組長の邸宅が、今のチビシーご時世だとちょっと大きすぎると思ったのですが、柳㍉、否柳はんの説明的科白で、いくらしのいでもオヤジが湯水のように使ってしまう、というのがあり、それで、アクション小説だし、深く考えず流しました。また、睡眠薬もしくは鎮静剤の悪用場面があって、昔もプルトップを開けてから突き出された缶入り飲料には口をつけるなという鉄則があったりしましたので、ないことはないかったのですが、現代は蔓延がひどいので、それで納得してしまったところもあります。

冒頭で、甲州街道を走って、世田谷の閑静な住宅街に入った、というくだりで、甲州街道って世田谷区通ったっけ? と思いましたが、千歳烏山などは世田谷だった。世田谷文学館に行ったこともあるのに忘れてました。

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ヤクザの喋り方を書くのがやけにうまいのですが、その割に最初の一行など、「日暮れ始めた甲州街道を走る白いセダンは、煙草と血の匂いで満ちていた」とあり、「白いセダンは、煙草と血の匂いで満ちていた」で行替えして、「甲州街道は日暮れ始めていて、~」にすればいいのに、形容は最小限にって、ステイーヴン・キングも言ってるのに、などと小賢しい感想を抱いてしまったのですが、それこそが孔明の罠だったのかもしれません。せりふ回しが立て板に水なのは、ヤクザ映画をよく見たのか、それとも。

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バイレンス・アクション小説は最後まで一気に読むが吉、と思いました。ミミズクくんのお作法で行くと、『この世にたやすい仕事はない』を読み終えた後これを読むべきだったのですが、なんとなく手元にあったので一気呵成に読みました。おもしろかったです。

王谷晶 - Wikipedia

以上