『ガンペラリヤ(変わりゆく村)』ගම්පෙරළිය "Gamperaliya (The Uprooted/Changing Village) " by Martin Wickramasinghe මාර්ටින් වික්‍රමසිංහ マーティン・ウィクラマシンハ Translated by Noguchi Tadashi & Nuida Kenichi 野口忠司 縫田健一訳 නොගුචි ටඩාෂි නුයිටා කෙනිචි 読了

スリランカの本を読んでゆくのも、この大作三部作でトリ、打ち止めと思っていたのですが、第一部を読んだかぎりでは、かなり肩透かしです。

(中国と韓国を除く)アジアの文藝翻訳は、この財団法人大同生命国際文化基金の「アジアの現代文芸」(非売品ですが、どこの図書館にもあります)シリーズか、井村文化事業社と勁草書房の東南アジアブックスが事実上のメインストリームなわけですが、後者は東南アジア限定で、しかももう終わったのかな? 的な感じなので、インド以西を読みたければ(特にパキスタンウルドゥー語文学)これしかないのですが、やっぱり国ごとに当たり外れがあり、アル中のムスリム作家マントーの文学などを果敢に翻訳してくるパキスタン(マントーの小説は、パキスタンでも路上のゾッキ本売りがアンオフィシャルなISBNのない本をこっそり売るような世界だそうで)や軍政による言論弾圧下で抵抗する出版物を細かく拾い集めて来るビルマもあれば、官製文学、大使館オヌヌメをただただ翻訳しますた的な毒にも薬にもならないのもあり、玉石混交もいいところなのですが、まさか長編三部作しか翻訳されてないスリランカがry後者ふじこ

変わりゆく村|アジアの現代文芸の翻訳出版|翻訳出版|事業紹介 | 公益財団法人大同生命国際文化基金

三部作のうち、二部と三部(三部の方が先に出版されたそうですが)は電子版があるのですが、第一部はまだありません。それだけツマラナナイ以下略からか。この本をスリランカ料理店のオヤジに見せると、「あーガンペラリヤ。ハリー・ポッターみたいな本だね」「ハリー・ポッタァァァァァ?????????????」「みんな知ってる、読んだことある意味ね。小学校の教科書に載ってるから、みんな読んでる」

教科書に載ってるからといって、ツマラナイ小説であるわけはないのですが、例えば日本文学にチャレンジする外国人が、三島の金閣寺や阿部公房の箱男のようなアヴァンギャルド、攻めの日本文学が読みたいのに、井上靖しろばんば』を出され、これがThis is日本文学やねん、おあがりなっせ、と言われたらちょっと鼻白むのではないでしょうか。ちゃうねん、せやないねん、カインの末裔とかどうでもええねん、舞姫ヰタ・セクスアリスを開いて中身が渋江抽斎やったら吃驚するやろ、そういうことやねん(ちがう)

表紙(部分)

巻頭に、著者四男による著者生前の思い出エッセー。研文選書の漢学者のエッセーなど読んでいると、どの漢学者も漢籍の暗記力、〈背〉する力とその脳内インデックス化ともいえる能力、必要な箇所をサクサク思い出せるチカラがズバ抜けていることに驚きますが(しかし邦人のその力はやはり漢語ネイティヴの漢族には遠く及ばないそうで、総目提要のたぐいを編纂する文化が強く根付いてる彼らの漢文情報処理能力のスピードにはなかなか追いつけないそうです。そしてさらに電子化の現代、中国はいちはやく文淵閣四庫全書の全文検索版を完成させましたし、台湾は永楽大典や四書五経二十四史を無料で公開。日本ももっと古典文学の電子版無料開放を進めた方がいいというのがかねてからの私の持論なのですが、それは閑話休題)ウィクラマシンハサンはシンハラ語パーリ語サンスクリット語に対してそういうレッスンを日々自分に課していたようです。西洋人の古典文学者がラテン語ギリシャ語、あとなんかもう一個に対してそういうことをやっていたら、対照になると思います。

ja.wikipedia.org

次が、財団法人日印協会事務局長青山鑛一サンによる野口忠司サン紹介。野口さんは1952年、八歳の時、来日した仏教僧ミリッセ・グナシリ師に偶然出会い、「カタツムリのような文字」シンハラ文字に魅入られ、1964年、二十歳の時、海外旅行自由化前ドル固定時代にセイロンへ渡航、仏教寺院に寄宿してシンハラ語を学び、のちにペーラーデニヤのセイロン大学に移ったそうです。地味にこういう人はときどきいて、日本山とかもそうだと思います。タミル・イーラム復讐の虎だかなんだかとの内戦時は、平和を訴えてタミル人実効支配地域に行った邦人のお坊さんがぬっ殺されたりもしているようです。

その次に明治大学名誉教授河村清一郎サンによる、野口ミーツ縫田物語。河村サンによると、此の三部作は、島崎藤村の『家』や『嵐』を連想する人もいるんじゃん、だそうです。私はドーソン読んでないので分かりません。

上も表紙(部分)装幀 山崎登

頁22、「イスコーレー・マハトゥマヤー(学校の先生)」ということばが出ます。スコレーでなくスコーレー。語頭に「イ」が入るのは、ストゥティーがボホマストゥティーになるのと同じだと思いました。

頁65、村の青年には髪を団子に結う者が多いそうで、スリランカは日本の現代を先取りしてると思いました。そして、ザンギリ頭はハイカラ青年で、いわゆるズボンを穿く派になるそうです。サロマ(腰巻)でなく。

巻末はまず訳注。野口サンによる解説「マーク・ウィクラマシンハについて」がその次。ここに、ウィキペディアにも書いてある、知日派サラッチャンドラとの論争、両巨頭のぶつかり合いによるスリランカ文學の停滞が書いてあります。なんともかんとも。その次の両氏連名「訳者あとがき」では、大同生命国際文化基金専務理事(当時)橋口隆サンからシンハラ文学もやってみいひん?と声をかけられたと書いてます。ウィクラマシンハ以外「脳裏に浮かぶ作品はなかった」「どの作家のどの作品を選択するかについては全く心に迷いはなかった」そうです。ここでその後の全てが決まってしまった。橋口隆顧問、細田敏昭専務理事、北迫晃事務局長、嵯峨山由紀りん、編集担当の日経新聞日経事業文化センター檜山千鶴子サン、装幀者イラストレーター、シンハラ語入力浮岳亮仁サンへの謝辞。その後、著者の主な作品、年譜。

「いいかい、英語の勉強は電報を読むためじゃなくて本を読むためだよ」

イラストは樹下龍児。映画のスチールを見ながら描いたような、上記他イラストが数枚あります。この絵は雨漏りする旧家の豪邸の場面なので、鹿の首の剥製が上にかかってるのですが、そこまで撮りませんでした。

”バンスクーラ”を僧に贈り、ジナダーサ(人名)を埋葬し、哀悼の意まで表したのは、すべてこのわたしの金でか!

これもイラスト。お伊勢参りスリランカ版みたいな巡礼の旅などは面白かったです。比較的。

Gamperaliya (novel) - Wikipedia

巻末の訳者紹介を見ていたら、例の世田谷のバーマダムと英国在住スリランカ人画家のラブゲームを描いたサラッチャンドラ『亡き人』も邦訳されてることを知ったので、三部作より先にそっちを読むかもしれません。以上