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私の宮崎監督に対する最大の関心は、
「この人はいつニューヨークの王様*1を撮るのか?」です。
世界のクロサワだって、「こんな、夢を見た」みたいな凡作を撮った。
いかりや長介が鬼のかっこうで富士山の八合目とか歩いてる映画。
誰だって、晩年はそうなんじゃないか。千と千尋はまだだった、ポニョもまだだった、
コクリコはやっと老化が認められると思ったら息子だった。
(小林信彦が週刊文春だか新潮だかの連載で時代考証のおかしなところを列記している)
今作のネット評判を見て、やっと晩年の凡作を撮ったかと思って見に行ったら、
そうでもありませんでした。
まず、上の上映時間で、昨日今日は10:30からの回はないように読めるのに、
ダメもとで行ってみたらあったことがつまづきの始まりでした。
ウェブだとあったのに駅前の張り紙ではなくなっていて、劇場に行くとある。
スマホ買えよってことだと思うんですが、それでよいのかどうか。
朝の回なんかほとんどデジタルデバイドのお年寄り中心じゃん。
で、上の鈴木Pからのラブレターももらえなかった。どやさ。ブスの瞳に恋してる。
それは鈴木違い。で、疲れてたので、一瞬だけ寝ました。
でもその一瞬が永遠だと困るので、もう一度別の館に見に行って、手紙ももらい、
一時間寝ていたことが分かりました。ドイツのくだりまるまる寝てて、
おそらくパヤオ駿唯一の直筆であろう大型爆撃機見逃してた。
ストーリーとしては、貧しい日本東京の豊玉高校に通うすがめの少年が、
アニメーションを作るのにキャラクターどおりの動きが出来なくてもよいのでしょうか?
と悩み、夢を見、
まだ自由に海外旅行が出来なかった時代に欧州旅行して見聞とかいやな目にあったりし、
後年遊人のマンガに似顔絵が描かれたことが契機でヒゲをはやしたあたりはすっ飛ばして、
ボケ防止には老いらくの恋が一番とばかり、これまでの自作映画で一度も描いた事のない、
マウス2マウスのチッスシーンをふんだんに盛り込み
(これまではどんなに踏み込んでもほっぺにtu!*2止まりだったのに今作はヒジョーに大胆)、
性病結核病患者でもさかりがつくと大変なんや、という展開になります。
次作はベロチューやるか、おっぱい揉むか。
前世紀メディアである週刊誌がこぞって老人の性を特集し、
なぜかこの映画の観客層も老人ばかりなので、必要なことだと思います。
この二郎もね、マシマシとかやってるラーメンとは正反対の外見で、
魔女宅で博報堂が総力を結集してリサーチした、
女性に好感をもたれる少年像の集大成を成長させた姿であるにも関わらず、
中身が愛国戦隊大日本でお馴染みの庵野夫という、
非常に魅力あふれるスタイルで、監督も自己を120%投影させていたに違いありません。
ヤマト2199。
豊玉の人間なら絶対知ってるはずですが、
調布立川中心に展開された帝都防衛大航空戦の残骸、
グラマンやB29のジュラルミンは指で曲げられないのに、
紫電や雷電のは簡単にクニャッと曲げられる薄さだったんですよね。
この映画では、パイロットの生命保護を犠牲にしても機体を薄くした理由を、
エンジンの非力と武装要件に求めていますが、
私がむかし読んだサンケイの第二次世界大戦ブックスでは、
日本はプロペラ技術が欧米に比べて二十年劣っているからってことになってましたね。
パヤオ駿批判する前にサンケイ第二次世界大戦ブックス全巻復刊してくれないかな。
どうでもいい巻しか光人社NF文庫になってない気がする。
タラワやアッツの玉砕も、ドイツには白昼空爆日本には夜間空爆の人種差別的方針差も、
レイテの栗田中将謎の敵前回頭も、
なんもかんも全部サンケイの第二次世界大戦ブックスで読んだので、なんとかしてほしい。
こどもの小遣いで買って交換回し読み出来る金額であの内容、よかったなあ。
あれ読んでると左右のアレとか簡単にビヨ〜ンドじゃないですかね。サンケイ誇らしい。
⇒と書いて少し経ったあとで、プロペラ技術の後進性は軽量化でなく、
空気抵抗軽減と関係あったんじゃなかったかな、と思い出しました。
軽量化とは、直接どうだったかな… 推進力が足りない引き出せないってわけで…
やはり関係あったかな?
「そんなことないよ、顔色も今日はいいし」
「これ、ほお紅よ。
もうおしろいが肌にのらないの。
紅をさすのがせいいっぱい…」
上記の会話、なにで読んだかなあ、とても感動したのに、忘れてしまったさ。
そんなことを思いながら最後のほう見ました。
あれですよ、飛行機の残骸、ぱっと見ると、米軍機ばかりじゃないですか、
B29とミッチェルがまず目につく。
火の海空爆はハウルでもうやったので、趣向を変えたのか。
この映画は、すべての意味で、
わからない
ほかの人には わからない
映画になるはずだったのに、
豊玉高校卒業生によるニューヨークの王様になるはずだったのに、
みんなで寄ってたかって、電通博報堂ディズニー相乗りで、
そうはさせなかった映画だったと思います。
カリオストロ伯爵の顔で出てきた里見さんがすぐ違う顔になってしまったし、
初めて白人の顔、鼻をきちんと描いたことで、
伯爵からシャムスカまで全部東洋人だったのかってことになったし。
実在の里見さんについては、ハシシタでお馴染みの著者による下記が詳しいです。
別人かもしれませんけど。
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程さんと劉さんと馬さんと金さんとあともうひとりいたかな。
わからない
ほかの人には わからない
あとひとつ書くとすると、むかし、レンズマンが上映されたとき、
アウトかアニメックで、
米国のアニメはワンカットワンカットが切り取ってイラストとして成立出来るが、
日本のアニメのカットは映画的なので、
単体でイラストとして成立しない、無駄ゴマ?ならぬ
一連の動きのいちぶぶんとしてだけのカットが多い、と批評してたのを思い出しました。
どちらがいいということでなく、アニメ文化の違いとしてね。
で、風立ちぬは、関東大震災のくだりだけ、単体として成立しないコマがあり、
あとは全部イラストとして切り抜けるな〜、と思いながら見てました。
わからない
ほかの人には わからない
あまりにも
ただ思うだけ
しあわせ