『ばかもの』 (新潮文庫)読了

ばかもの (新潮文庫)

ばかもの (新潮文庫)

ばかもの

ばかもの

金子修介監督の検索をしてたら、2010年にアル中小説の映画化をしてるのに気付き、
(なぜ今まで気付かなかったのかは不明)まず原作を借りてみました。
Amazonの原作レビューだと、原作のほうがよいという声が多いいですが、はたして。
あらすじは、版元の内容紹介より、Wikipediaのあらすじのほうがいい感じです。

版元の内容紹介(Amazonはここを使ってます)
http://www.shinchosha.co.jp/book/130453/
高崎で気ままな大学生活を送るヒデは、勝気な年上女性・額子に夢中だ。だが突然、結婚を決意した彼女に捨てられてしまう。何とか大学を卒業し就職するが、ヒデはいつしかアルコール依存症になり、周囲から孤立。一方、額子も不慮の事故で大怪我を負い、離婚を経験する。全てを喪失し絶望の果て、男女は再会する。長い歳月を経て、ようやく二人にも静謐な時間が流れはじめる。傑作恋愛長編。

Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B0%E3%81%8B%E3%82%82%E3%81%AE#.E3.81.82.E3.82.89.E3.81.99.E3.81.98
ヒデは、群馬県に住む大学生。年上の額子との情事に溺れる日々を送り、留年してしまう。額子は、ヒデを公園の木にペニスを露出させたままの状態で縛りつけ、置き去りにして結婚してしまう。ヒデは「想像上の人物」に助けられてその窮地を切り抜け、何とか卒業し県内の家電品量販店に就職し、翔子という女と付き合い始めて結婚を前提とした関係になりつつあり、仕事もそこそこ順調で、まずまずの人生を送っているつもりだったが、なぜかアル中になってしまい、家族以外のすべてを失ってしまう。そして事態は思わぬ方向へ…

群馬県にはアル中始め依存症治療で有名な病院がありますが、
(以前検索した時には、盗癖治療で民放テレビに紹介されたとHPにありました)
だからというわけでもないでしょうが、
この小説の登場人物たちはみなアル中という病気に詳しいです。

頁96
アルコール依存症っていうのは病気なんだよ」
「そんなこた知ってらぁ。でも俺は違うぞ」
「じゃあさ、おまえ酒飲んだあとの記憶ってあるか?」
「そんなの、酔ったら忘れるに決まってんじゃねえか」
「朝から飲んだりするだろ」
「翔子がそんなことおまえに言ったか?」
「いや、翔子ちゃんはおまえのことが心配で仕方が無いんだよ。だから少しずつでいいから酒をやめさせてくれないかって」
「大きなお世話だ」
「でも、俺は翔子ちゃんに言ったんだ。アルコール依存症は病気だから断酒するしかないって。断酒することで生きていくか、周りの全員から嫌われて死ぬかどっちかだって」
「それがおまえの忠告か?」
「忠告というより、警告だな。俺だってこんなことおまえに言いたかないんだ。でも、おまえのことみんな心配してるから俺が言ってるだけだよ」
「俺ぁ自分のことは自分で考える。翔子がなんか不満あるなら直接聞くよ」
「そうやって、周りの人の話を聞く耳持たなくなるのも、アルコール依存症の症状なんだぞ、それで俺は……」

まずこの友人が詳しすぎる。詳しいが、久里浜式スクリーニングテストを出さないのは、
久里浜が神奈川県だからでしょうか(そんなわけはない)。

頁102
 騒いだ記憶はないが、死んだ方がましだとは毎日思っていた。しかしヒデは、翔子に捨てられるように入院させられるのはどうしても嫌だった。行けば断酒をさせられ、肝臓病と診断され、ひとたび酒を飲んだらとんでもなく苦しむ薬を投与されるに違いなかった。
「ごめんな翔子、迷惑ばっかりかけて。おまえに養ってもらってるのに」
「もうやめて!」
 翔子は叫んだ。
「ヒデくんだけじゃないの。私ももう壊れそうなの。ヒデくんは全部忘れちゃうからいいけど、私は自分がヒデくん甘やかしてることも辛いし、ヒデくんが私に言ったこと全部背負ってるのも辛いの。辛くてしょうがないの。お願いだから一緒に病院に行って」
「いやだ」

本人も結構詳しい。
下記は新興宗教にハマった友人から主人公への手紙の一部分ですが、この人も詳しい。

頁108
 大須君は宗教をアルコール依存から何の努力もせずに抜け出すための手段としか思っていない。私に言えば助かると思っている。
 それは、修行の浅い私にとっては耐え難いことです。私は無知で無力だけれど、全治神さまの教えを体現しようと、絶えず努力しているのです。それだけは知っていてほしいと思います。
 まず、病院に行ってください。それから、断酒会に入って下さい。あなたにはその方が向いていると思う。

ただ、頁132の入院当初の離脱解説シーンで、不眠について説明不足だと思いました。
カラダが、アルコール血中濃度が高い状態を通常と誤認識してるから、
酒が醒めると眠りから覚めるということで、睡眠導入剤の処方の話になるわけですが、
薬物依存が出てくるとややっこしくなるからですかね。説明カットで流してる気がする。
ほかにも、頁112で地方競馬を出しながら、
どこの地方も大流行のパチンコやギャンブル依存には触れず、
頁123で、譫妄が出る程酒浸りなのに酒を抜いてカレーのような固形物がイキナリ食える。
摂食障害には、男なので進まないだろうとは思いましたが…

頁143
「正直言ってな、一番信用できないのはおまえのその自信たっぷりな態度だよ。酒さえやめれば今までのことは何もかもご破算になって、ほかに問題なんて一個もないみたいなさ」
「そうは言ってねえだろ。俺だってみんなに迷惑かけたと思ってるさあ」
 加藤は翔子のことを言いたいのだろう。翔子は加藤のかみさんの友達だった。
 どうすればいいのかわからないとは言えない。加藤は常にどうしたらいいのかを考えていて、ヒデのような気持ちになったことなどないだろう。
 加藤は言った。
「俺は思うんだけどさ、アル中なんてそう簡単に直らないんじゃねーか。酒を飲む機会なんていくらでもあるし、そのときにまた、ああ病気が始まったって苦労するのは周りの連中だぜ。実際、ひどい目に遭うのは本人より家族とか女だろ。だから俺だっておまえのこと信用したいけど、できないんだ」

主人公は断酒会に入りますが、バイトの時間帯の都合で、足が遠のきます。
この辺は、地方の事情もあると思います。
首都圏のように、毎日3回もうひとつの自助グループの集会に出れる環境とは違う。

かつての彼女は事故で片腕を失い、頁150
労災と保険金で一生働かなくても困らないだけの金を手に入れたとあります。
このへんも、生活保護や障害者年金ではストーリーが成立しにくいとの計算なのかな、
と思いました。
今検索して、障害者年金、私は受給額もっと多いいと誤解してました。

日本年金機構 Japan Pension Service 障害基礎年金の受給要件・支給開始時期・計算方法
http://www.nenkin.go.jp/n/www/service/detail.jsp?id=3226

申請サポートの広告もたくさんありましたね。

頁184
ヒデの脳裏に、酒という言葉が、甘やかなイメージを持って膨れあがる。飲酒欲求ってやつだとはわかっている。ヒデは思う。
 飲んじゃいけないことは百も承知だ。朝、ちゃんと抗酒剤も飲んでいるから、酒を口にしたらどんな目に遭うかも知っている。だけど、ネユキのことを、飲んで静かに考えてみたい。もしくは飲んで忘れたい。どちらにしても酒が欲しい。
 酒が飲みたい。匂いを嗅ぐだけでも気分が変わるかもしれない。口に含むだけで――どうせ一口しか飲めないんだ。一口飲んでくたばっちまうんだったらそれでいい。
「額子」
「ああ?」
「飲みたくなっちゃったよ」
「だめだよ」
「わかってるけど、でも本当に俺、酒でも飲まないとどうにかなりそうだ。今日だけ……」
 次の瞬間、一撃がヒデの頬を襲った。ヒデは座敷に叩きつけられそうになり、あやうくこらえた。
「ごめん」
 ひっぱたいた額子が言った。
「力入っちゃった」
「おめー、ほんと強えな」
 ヒデは呆れて頬をこする。
「おっかねえ女だなあ」
「ごめん、でも飲んじゃいけないんだよ」
「いや、俺が悪かったんだ」
 一撃とともに、飲酒欲求は確かにふっとんだ。酒が、再びヒデのなかでイメージを伴わない単語となった。

群馬県は本当に断酒に理解があると思いました。
ドライプリフェクチュアなのでしょうか。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/d5/Alcohol_control_in_the_United_States.svg/600px-Alcohol_control_in_the_United_States.svg.png
禁酒郡の分布を示す地図:赤は禁酒郡、黄は一部に禁酒地域を含む郡、青は酒類販売規制のない郡、灰色はデータなし[1]
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%81%E9%85%92%E9%83%A1
参考文献として、片腕生活についての本が二冊挙げられています。
アル中については挙げられていません。アノニマスなのか。

このところ80年代の文庫本ばかり読んでいたので、
ひさびさに21世紀の文庫本を読むと、活字が大きくて、薄くて、びっくりです。
この本もアマゾンレビューで長編小説として紹介されてたので、
構えてしまいましたが、図書館の開架の棚で拍子抜けしました。

なぜアル中になったのか、どれだけ飲酒量あったのか、飲酒の始まりは、
などは、アル中の自分語りでよく出てくる部分ですが、この小説にはそこはナシ。
周囲とのかかわりの部分は濃密に語られます。
その辺が、もうひとつの自助グループでなく、
家族ぐるみで参加する断酒会なのだなと思いました。
アラノンというのもありますが…
アラノンは確か、アル中本人は関われない(と聞きました)。家族だけ。

さて、この後は金子修介監督の映画版です。楽しみ。